0-2 冷たいコーヒーと、熱いアイディア
吉祥寺から国分寺までは電車で15分ほど。
時間のロスもあまりなく気分転換できるので高原は少しこの移動時間が嬉しい。
国分寺駅はJR中央線だけでなく西武国分寺線、西武多摩湖線というローカル路線も乗り入れる沿線沿いでも乗降者数が多い駅だ。
最近では北口の再開発が落ち着き、駅前はきれいさっぱりとし近代化したがその雰囲気にまだ慣れない高原だった。整理された区画から少し東に歩き、昔の面影を残した区画に足を向ける。
アスファルトを焼くような強烈な梅雨明けの日差しがじりじりと首筋をあぶる。
駅前の大規模開発に便乗できれば新しいテナントとしてスタートできたかもしれないが、奇跡的にというか運が無いというか、開発エリアからは道一本隔てて外れてしまった。
結果として1982年の創業から若干リニューアルはされているものの時間が止まったかのように店舗は存在していた。
外の熱気から逃げるように空調のきいた店内に足を進める。
「いらっしゃいませ」
入り口すぐ横にある会計カウンターから、アルバイトの森川みきの声が聞こえた。
高校生の時期からシフトに入ってくれているベテランの現役大学生だ。
「お疲れさん。入りはどう?」
「さっぱりですよ。これだけ天気がいいと暑過ぎて外に出たくないんじゃないですか?夕方からは少しずつ増えると思うんですけどね。おじいちゃんとか熱中症で倒れちゃっても困るから、それくらいでいいんじゃないですか。」
みきは冗談めかして現状を報告してくれる。
人が来ないのは困るが気遣ってくれるのは少し嬉しい。
「そうか、さっぱりか。うん、しょうがないな。しょうがない。じゃあ、カフェは空いてるかな?少し仕事をさせてほしいんだけど。」
高原は自分を納得させる言葉を吐きつつカフェの状況を尋ねる。
「今は空いてるからいいんじゃないですかね。混んできたらどいてもらったら大丈夫です!」
「わかったよ。混むまでな。オレここの代表なんだけどな。」
「だって社長がいても利益にならないじゃないですか!お客さんファーストがうちのモットーですからね!」
苦笑しながら、お客さんファースト、4年前から言っている高原の信念がアルバイトにまで浸透しているのを確認し、嬉しく感じつつカフェスペースに向かう。
6年前、結果的に父の最後の大仕事として改装したカフェスペース。
古臭い昭和の純喫茶風のカフェをシアトル系のカフェへと思い切って転換させた。
書籍を持ち込みできるカフェのアイディアは高原が出した。
夜の食卓でたまたま父から尋ねられ答えたら、それで行こうと決断したらしい。
今思うと主導権を握らせて代表の引き継ぎから逃げなくさせる策だったのではないかと高原は今更になってだが勘繰っている。
案の定、その週末にシアトル系の有名コーヒーチェーンに連れて行かれ内装やメニューなどを調査したものだ。
海外では書籍店とカフェが併設したお店も珍しくなかった。
客の滞在時間が増え回転率が下がるため日本では敬遠されがちだが、顧客単価と利益は確実に上がる。
飲食や本の購入ではなく、場所を目指してお客さんは来店するので、飲食の値段が上がってもそれほど気にしないのだ。また、読みかけの本は続きが読みたくなり購入率は高くなる。
よって総合的に見ると利益率が良くなるのだ。
しかし、客層に合わせた、読みたいであろう本のラインナップが肝であり、読みたくなるPOPを配置するのも重要だ。従来の書籍を棚出しすれば売れるという大雑把な商売ではなく繊細なセンスが必要になる。
マーケティングの基本である顧客理解を店全体で行なっていかなければいけない。
そこで見えてくるのがお客さんファーストの精神というわけだ。
高原はそんな事を改めて考えつつカフェの一番奥まった電源が取れる席にどかっと腰掛け荷物を置いた。
タンブラーを手にしながらコーヒーカウンターでアイスコーヒーを注文する。
味が薄まらないように氷を少なめにしてもらいカウンターで待つ。
席にはお姉様グループがおしゃべりを楽しみ、大学生と思しき数人が黙々とヘッドフォンをつけ勉強をしている。席数は20席ほどだがテーブル席とカウンター席があり利用用途で住み分けができている。
タンブラーを受け取りパソコンと睨めっこをする前に高原はふと店内を一周ぶらつく事にした。
幼いころから絵本から小説、雑誌、大きくなってからはビジネスや歴史小説など、本に囲まれて育ってきただけに落ち着くしワクワクする。
そこここにPOPが張り出してあり、店員のおススメやレビューシステムで書き込みがあったレビューも張り出されている。レコメンド機能がリアルの店舗にあり、歩いているだけで楽しい。
気になった本を取り上げて立ち読みする。
新しい解釈の徳川家康像を描写した歴史小説のようだ。高原の歴史好きは社内でも有名だ。
高原の眉間が険しくなる。
何かアイディアを閃いた時の癖だ。
思考にドップリと浸かるため難しい顔をする。
これだけある書籍の中から自分に合ったものを探すのは苦労する。
実際、Amazonが一番投資している部門はレコメンドAIと言われている。
数多ある書籍から勝手に自分にあった一冊を紹介してもらうのはどうだろう?
それを購入するのではなく送られてきたものがレンタルで読める、気に入ったら購入できる。
そしてそれがサブスクリプションで読み放題だったら。
今の仕組みを使って専門家がお勧めする一冊を届けられたらニーズはないか。
「あ、社長来てたんですね!」
店長の佐々木綾の声を遠くに聞きながら先ほどの席に取って返す。
社内説明用の資料なのでそれほど拘らなくていいものの、プログラマー連中に説明するにはそれなりの体裁を整えないと納得して手を動かしてくれない。
逆に狙いや仕様が明確になっていればさまざまなアイディアを言ってくれる。
言ってしまえば、使う頭が違うのだ。
プログラマーたちは客のニーズや人間の本音などにはサッパリ頭が働かないが、納得できるロジックがあれば本気になってくれる。そのロジックを説明してどう儲けるかまで突っ込んで資料化しないと動かないことは代理店時代で嫌と言うほど経験をした。
意識を集中して一気呵成に資料化していく。
気がつくと19時を少し回るくらいの時間になっていた。
骨子は描き切ったのでもう少し修正をすれば明日にはプログラマー陣に話ができるだろう。
「ふー」
高原は固まった首と肩を少し上下左右に動かして店内を見る。
くらっと立ちくらみのような感覚がある。
暑い外と寒いくらいの店内で体が追いつかず、少し体調を崩しているのか違和感がある。
ちょっと早いが家に帰ろう。
そう思い、高原は荷物をまとめてバッグに入れる。
店を出る際に会計カウンターを覗くと佐々木がいた。
さっきは挨拶も早々に席に向かったので声をかける。
「お疲れさま。さっきは話もせずすまなかったね。何か問題はあったかな?」
「お疲れさまです。今朝のチャットでもお伝えしていたんですが、今度テレビの取材が入る予定です!POPで埋め尽くされた本屋、みたいな企画だそうです。これ企画書と制作会社の担当者さんの名刺です。」
「埋め尽くされてはいないけどな。まあ、確かに多くはあるね。」
POPを強化し始めてから定期的にテレビや雑誌の取材が入るようになっている。
それほど大きな反響は昔ほどないが、スタッフのモチベーションや新規顧客の集客には多少効果があるようだ。
「社長にもインタビューしたいと言っておりますので、撮影日には参加願いますね。」
「ああ、わかったよ。あんまり人前に出るのは得意じゃないんだが頑張ってみるわ。」
綾が苦笑しながら言ってくる。
高原が人前に出るのが苦手なことをわかっているからだ。
「それじゃあ、今日は上がらせてもらうよ。戸締りや金庫の管理よろしくね」
高原がそう言うと、はーいと綾が返事をして軽く手を挙げてくる。
手を挙げ返しつつ自動ドアをくぐる。
むわっとした夏の熱気にたじろぐ。
一歩を踏み出し自宅のある西荻窪に向けて歩き出した。
少し立ちくらみがするがじきに収まるだろう。
そう少しぼうっとする頭の片隅で考えながら駅に向かった。




