第4話 シャブーレの攻防
国境付近に2千の援軍がようやく到着した。まだエイナールに増援がバレていないようだ。新月の夜を待ち、闇夜に乗じて素早く国境警備隊を音一つ立てずに始末した。
シャブーレは国境からすぐ近くにある。国境を超え森を抜けるとシャブーレの街はすぐだ。夜明け頃には気づかれずにシャブーレの目前まで近づいていた。3百の兵が城壁の前まで進軍していた。残りは後方の森に潜んでいる。構成は以下の通り。
百の騎兵
2百の歩兵
2百の歩兵の内、大盾を持つものと攻城用の破城槌や雲梯を持つものがいる。大盾を持つ者は城兵から破城槌や雲梯を持つ無防備の兵を守るためにフォーメーションを組んでいる。
敏捷性を重視するため騎兵も歩兵もほとんど鎧を付けていない。
シャブーレの街では鐘が鳴り響いていた。敵襲の合図だ。城壁を守る兵は約50名。駐屯地がすぐ近くにあるのですぐに増援が来た。
ボコール兵が攻撃を仕掛ける頃には城壁を守る兵の数は10倍の5百名ほどに増えてきた。今日の当直士官はハバ大佐だ。ハバは今日の襲撃を神に感謝した。どうやら武功を上げるチャンスに恵まれたようだ。この素晴らしい日をありがとう。
だが下っ端の一兵卒は自分達の不幸を呪った。生きて帰れる保証はない。
戦端の幕はボコールの騎兵によって切って落とされた。ボコールの騎兵は城壁と平行に走りながら城壁の兵に向かって弧を描くように弓を引いた。
シャブーレ守備兵が持っているピストルは最新式だ。最新式と言っても現在の地球で使われている銃の性能には遠く及ばない。
まずシャブーレのピストルの銃身にはライフリングが施されていない。滑空砲のピストルだ。なので命中精度はそれほど高くない。弾丸の装填も面倒だ。装填以前に弾丸を作るのも面倒。
まだカートリッジ式の弾は発明されていない。なので銃手自身が弾丸を作る必要がある。
弾丸のシェルは紙で作る。紙薬莢を作るには薄くて丈夫な紙が必要だ。紙薬莢を作るには2枚の紙が必要だ。
円柱を作る紙と円柱の底になる紙だ。
まずは紙を適当な大きさに切る。1枚目の紙の端に糊を付け、形取り器にしっかりと巻く。
そして余分な部分をカッターなどを使って切り落とす。これをすることによって同じ大きさの直径と高さの円柱の紙を作ることができる。
次に2枚目の紙にコインを置き、コインに沿って円を描く。そして円に沿って紙を切る。
2枚目の紙を別の型取り器の上に置く。
1枚目の紙の縁にまた糊をつける。1枚目の紙が巻いてある形取り器を2枚目の形取り器の穴に入れる。糊が付いたら円柱の紙薬莢の出来上がりだ。
出来上がった紙薬莢にロートを使い適量の火薬を入れる。
鉄球に糊付けしてから紙薬莢の上に乗せて軽く押し付ける。
型取り器から紙薬莢を慎重に外す。最後に鉄球の上に溶けた蜜蝋を塗ったら紙薬莢の弾丸の出来上がりだ。これを何千発も作る。
次にピストルへ弾を装填をする。シャブーレ兵の使っているピストルはリボルバー式だ。6発の連射が可能なピストルだ。
弾丸は銃身側のシリンダーから装填する
。シリンダーはハンマーを引かなければ回らない。だからハンマーを半分だけ引く。シリンダーが自由に回るので銃身側から弾丸を装填する。
ローディング・ロッドで弾丸をシリンダー内にしっかりと押し込む。これを後5回繰り返すと全弾装填が完了する。
これでもまだピストルは撃てる状態ではない。
最後に仕上げにパーカッション・キャップを付ける必要がある。このキャップを付けることでハンマーに当たったキャップに火花が発生して紙薬莢内の火薬に火が付く。
そこで発生したガスの圧で弾が発射される。
このキャップを装着する位置はハンマー側のシリンダーにあるのでそこに付ける。これで本当に弾丸の装填が完了して戦闘可能な状態になる。
シャブーレの守備兵は長距離用と短距離用の武器を使い分ける。
長距離用には弓と従来の単発の長銃身のマスケット銃。
短距離用はピストルだ。
リボルバー式の長銃身の銃の開発はされなかった。と言うかうまくいかなかった。撃つ時にハンマーが目の近くにありすぎて危険と判断されたためだ。
ボコールの騎兵に動き出てきたのでシャブーレの守備兵は行動を開始した。まずは長距離用の武器で対処した。
パン、パン、パン・・・と複数の銃声が鳴り響き、シュー、シュー、シュー・・・と弓矢の風切音が城壁から聞こえていた。だがなかなか当たらない。
『当たれ、当たれ』と念じながら銃手は引き金を引く。同じく弓兵もそう念じながら弓は放つ。
「クソ、全然当たらない。あいつらの動きが速すぎる」
シャブーレの守備兵たち口々に愚痴った。ボコールの騎兵達たちは単純に一直線で走ることがなかった。
その上、適度にお互いに距離を離していた。そのように動く標的は当てにくい。
ドン、ドン、ドン
3回、森の奥の方から何かの破裂音をした。大砲の音か?だけどどこから?それらしい大砲の存在は報告されていない。
それにしても何だか異常なサイズの弾丸が城壁めがけて飛んでくる。
「何だ、あのでかい飛行物体は?」
1人の兵が上空を見上げならが叫んだ。それは遠くからでも目視できるほどでかかった。少なくとも1メーター以上ある投射物だ。実際はもっとでかいだろう。それはボコール軍の特殊臼砲からの物だった。
臼砲とは迫撃砲とも呼ばれる。攻城用の兵器だ。
今回、ボコール軍が使った臼砲は新型の臼砲で実戦初投入の新兵器だ。
どこが特殊かと言うと普通の臼砲では弾を砲内部に装填する。でもこの特殊臼砲は砲に被さるように弾を装填する。メリットは主に2つある。
1つ目は弾径33センチもある巨砲であるにも関わらず軽いことだ。普通、このサイズの臼砲だと重さが20倍以上になる。しかも運ぶ時に分解でき、人力のみで輸送が可能だ。馬も牽引車も不要だ。
2つ目は巨砲にも関わらず小さいので敵に見つかりにくいことだ。
発射座は長さ2メーターほどの正方形と小さく、標的に向けて床面が45度になるように土手を堀ってその上に発射座を設置する。発射座に鉄製の発射筒を固定すれば準備完了だ。
設置には30分ほどしかかからない。奇襲作戦ではもってこいの兵器だ。
デメリットはないかと言えばそうでもない。主に3つほどある。
1つ目は射程距離が短いことだ。射程距離は弾丸に詰める装薬量の重さによって決まる。最大装薬量で発射しても1キロ強しか飛ばない。かなり敵に近づく必要がある。
2つ目は固定式なので一旦固定すると動かせないことだ。発射筒は上下左右8度くらいしか可動しない。
3つ目はすぐに壊れることだ。小さな発射システムで巨大な弾丸を発射するので10発も撃たない内に壊れてしまう。
ボコール軍の後方部隊はこの特殊臼砲を森が切り開かれた場所に素早く設置した。騎兵が攻撃を始めたことを確認すると砲撃を開始した。
ドカン、ドカン、ドカン
特殊臼砲の弾頭が着弾した。どうやら城壁の後方の街の区画に着弾したようだ。
あたりは巨大な爆煙に覆われた。1画が瓦礫の山と化し、爆風と熱風が城壁のいる守備兵を襲った。爆風と共に瓦礫も飛んできた。
「イテー!」
悲鳴があちこちから聞こえた。何人かの兵が怪我を負ったようだ。あまりの威力に守備兵は恐怖に慄いた。
緒戦は少しシャブーレに不利なようだった。砲撃と騎兵の弓矢に苦戦していた。
だがボコールの歩兵の方はもっと苦戦していた。なにしろ動きが遅い上、シャブーレは重力を利用して一方的に攻撃してくる。
ボコールの歩兵は門を破って都市の雪崩込むか、雲梯を使って城壁を超えない限り何もできない。騎兵と砲撃の援護でなんとかこらえていた。
ただ、騎兵の放つ矢が尽き、砲撃も止まると成すすべがなくなった。発射座が壊れて砲弾を発射できなくなったのだ。
「撤退」
命令が放たれるとボコールの歩兵は破城槌と雲梯を捨てて脱兎のごとく森の方へ逃げた。城壁では安堵のため息が至る所で聞かれた。
だがしばらくするとほっと胸を撫で下ろす者よりも気が大きくなる者が多くなった。なぜなら騎兵の活躍よりも歩兵のヘボさが目立ったからだ。
しばらくするとシャブーレ守備兵の中からボコール兵を罵る者も出てきた。
「よぉ、お嬢さん方。家に帰ってママゴトしてな」
「よぉ、ションベン臭いひよっ子どもはさっさと自軍陣地に帰って早くオムツの交換してもらいなよ」
などなど至る所から罵声が聞こえた。と同時にせせら笑う声があたりに響いた。だがボコール兵は我関せずだ。これは罠なのだから。俗に言う戦術的撤退というやつだ。
守備隊司令官のハバ大佐は初戦を切り抜けたことに驕らず守備を固めることを決めた。
砲撃はめちゃくちゃ凄まじかったが、明らかに攻撃の規模が小さすぎる。何か裏があるのではと警戒した。
ハバ大佐はしばらく様子見することにして城壁守備兵に指示を出した。
「全軍、各々の持ち場に待機。銃の弾薬と弓矢の補充を十分にしておけ。それから長期戦に備えて食料と水も準備しておけ」
ハバ大佐は双眼鏡を使ってボコール軍が撤退した方向を確認した。だが不穏な動きは自軍の方から出た。なんと城門が勝手に開いたのだった。
「どこの間抜けが城門を開いた!」
ハバ大佐は怒りで声を荒らげた。だが門を開けた兵達はお構いなしだ。
「ボコールの腰抜け共に今こそ鉄槌を下せ」
「ボコールの弱兵など恐るるに足らず。今こそ粉砕してくれるわ」
「手柄を上げたい者は我に続け」
馬に乗った騎兵達は次々と声を上げると敵陣に突撃しにいった。それに遅れじと我も我もと他の騎兵が続く。そして彼らは森の中に消えていった。
カキン、カキン、カキン⋯⋯
森の奥から金属が擦れ合う音が聞こえた。激しい戦闘が繰り広げられていることが窺える。しばらくすると音が止んだ。
「速やかに撤退せよ!」
敵陣に突撃した騎兵の1人が血相を変えて戻って来た。彼に続き出撃した約半数の騎兵も戻って来ている。
たった半数しか戻って来ていない。これはほぼ殲滅させられたということを意味している。
「これは強く折檻しなければな」
ハバ大佐は呟いた。これは厳重処罰だ。銃殺刑もあり得る。
「開門」
ハバ大佐は命じた。シャブーレの敗残兵がどっと城内へなだれ込んだ。だが奴らは何を血迷ったのか城門付近の味方を攻撃しだした。
「おい、貴様ら、何をしている!」
ハバ大佐は目を剥いて敗残兵を見た。だが何か違和感がある。奴らは敗残兵のはずなのになぜか目がギラギラしている。それに何となく見たことのない顔だ。
あっ!と気付いた。こいつら、我が軍の兵ではない。偽装兵か!!
今更気付いた所でもう手遅れだ。偽装兵は弓を引くとハバ大佐の胸に向けて矢を放った。
読んでいただきありがとうございます。
面白ければ「☆☆☆☆☆」から評価の方をよろしくお願いします。
ブックマークの登録もできればよろしくお願いします。