三
冷たい視線が、全身に突き刺さる。
リアは、かつて「敵」と呼ばれた者たちの街を歩いていた。
人間たちは彼女を睨み、警戒し、武器に手を伸ばそうとする者さえいる。
それも当然だった。
魔族は、人間の天敵。
災厄の象徴であり、恐怖そのものとして語られてきた。
「足を止めるな。目を合わせるな。余計なことは口にするな。」
隣を歩く青年騎士が、低く囁いた。
彼の名はユーリス。前回リアを見逃した人間の騎士だ。
その行動に対し、上層部は当然激怒したが、彼は言った。
「この女は斬らなかった。それがすべてだ。」
リアには、それがどういう意味か、まだわからなかった。
騎士団の本拠地、城塞都市エルヴァイン。
彼女はそこで「監視付き」の滞在を許された。
処刑ではなく、保留。
まるで、人間たちもまた——判断に迷っているかのように。
⸻
「君は、敵に同情する魔族なのか?」
その夜、部屋に訪れたのは、ユーリスとは違う男だった。
年若く、だが目の奥に鋭さを持つ兵士。名はクラウス。
どうやら彼は、リアの存在を認めていないらしい。
「同情……ではない。ただ、殺す理由がわからなかった。」
「理由ならあるだろう。魔族は、人間を殺し、奪い、焼き尽くす存在だ。」
「……それは、人間も同じじゃないの?」
クラウスは黙り込んだ。
その隙に、リアは小さく言葉を重ねる。
「私は、何者か知りたい。魔族として生まれた。でも、魔族のやり方にはついていけなかった。」
「裏切り者の言い訳だ。」
「そうかもね。でも、あなたは私をまだ斬っていない。」
言葉の応酬は、やがて沈黙に変わる。
リアもまた、自分の居場所がここではないと理解していた。
だが、魔界に戻る選択肢も——もう、なかった。
夜、窓から月を見上げる。
ジオヘルナの月。それは魔界でも人間界でも同じだった。
「私は……どこに帰ればいいの?」
⸻
そして数日後。
リアの処遇を決めるため、騎士団の上層部が集められた。
人間の中で、魔族を生かすという決断。
それは、信仰と憎しみの歴史に逆らう行為だった。
その議場の前に立たされたリアは、逃げなかった。
その場で、初めて人間に対し、自分の言葉で語る決意をした。
「私は、ただ——争いの理由を知りたいだけ。」
彼女の声が、石造りの広間に静かに響いた。