二
焔の残り香が村に漂っていた。
風に舞う灰が、まるで亡霊のようにリアの肩に降り積もる。
戦いは終わった。
だがそれは、魔族の勝利ではなかった。
突如現れた人間の騎士団が村の包囲を破り、魔王軍の部隊は撤退を余儀なくされた。
リアもまた、撤退命令に従って森の奥へと身を隠す。
だが——彼女の心は、仲間と共に戻ることを拒んでいた。
「……なぜ、私だけ……」
手のひらを見る。
あのとき、あの子を斬れなかった。
人間の子供を前にした瞬間、手が動かなかった。
恐怖ではない。
それは、**理屈ではない“感情”**だった。
魔族は、弱き者を躊躇なく殺す。
それが「自然」であり、「正義」と教えられてきた。
けれどリアは、知ってしまった。
命が失われる瞬間に宿る、痛みと悲しみを。
背後に気配を感じた。
「……誰だ。」
「剣を捨てろ、魔族。……今のお前に戦う意志はないはずだ。」
声の主は、一人の青年だった。
銀の甲冑を纏い、剣を鞘に納めている。
それは——村を守るために駆けつけた、人間の騎士団の一人。
「私を殺さないのか?」
「剣を抜けば殺す。だが、お前は抜いていない。」
リアは一瞬、目を伏せた。
命を賭けて戦った仲間たちの顔が浮かぶ。
だが同時に、焼かれた村の子供たちの泣き声も、胸の奥でこだまする。
「……私は、魔族だ。」
「そうだな。だが、お前は“殺さなかった”。」
青年はリアに背を向け、森の奥へと歩き出す。
「追ってくるな」とも、「来い」とも言わなかった。
ただ、彼は選択肢を残した。
リアは、その背中を見つめながら立ち尽くす。
魔族としての道に戻るのか。
それとも、理解できぬ者たちの側に、あえて踏み込むのか。
夜の帳が降りる中、リアは一歩、足を踏み出す。
それは、生まれて初めて自分の意志で選んだ一歩だった。