ごめんな、この飯は一人分なんだ
メケメケ団本拠地、宇宙船内生活和室にて。
彼らの住処であり要にて、その場に似つかわしくない少女が食に精を出していた。
「もぐもぐっ、悪いなご馳走してもらって。もぐっ、ああ美味え! この味噌汁作ったの誰?」
「……私よ」
「え、まじホイップちゃん? いやー悪い悪い。何分まともな飯って久しぶりだからさ。あー味噌汁が節々に沁み渡るぅ……」
「……まるで獣ね。おかわりだってあるんだから、食事くらいは落ち着きな……ちゃんをつけるな!」
ちゃぶ台に軽く拳を打つ青肌の悪魔──ホイップちゃんをよそに、鈴野は食事に没頭。
そして卓に置かれた皿はあっという間に空へと変わっていき、四人分あったはずの食事は姿を消してしまう。
「うそ、嘘だろ……? こんなガキだってのにどんな腹してやがる……?」
「わ、わいらの飯は……? ほっかほかの白い作物は?」
「あー食った食ったー! ごちなお前ら! おかげで生き返ったわ!」
やがて最後の一粒に至るまでを食い尽くし、空の食卓の前で満足気に腹を擦る鈴野。
その食い様にここに住まう四者はそれぞれ異なる反応を顔に貼り付ける。
豹のように、細く引き締まった獣人は少女の食量に驚愕を。
青肌の筋骨隆々な男は今宵の食事の消失に呆然を。
この場で唯一少女の暴を知る女は最早何とも言えぬ呆れを。
そして唯一鈴野の襲来に動じることなく、正面にて座り続けた三ツ目でやはり青肌の男は、神妙な顔でじっと少女を眺めるのみ。
「あー待たせたな。じゃあ始めっか。対話か、暴力かを」
「……その前に、ご飯粒、付いてるぞ」
「ん? ああ、まじか。わりいわりい、格好付かねえなこれじゃ」
低く圧があり、けれども不思議と通る男の声。
子供が聞けばそれだけで泣きそうな声に鈴野は軽く礼を言いつつ、指で頬を触って取れた米を口へと放り込んだ。
「……ホイップ、お茶を」
「は、はい。……お一つで?」
「仮にも客、二つだ。……ソルト、ソー、すまぬが夕食はしばし待て」
「御意に」
ホイップは三ツ目の男へ向けて一礼し、鈴野を少し睨んだ後にお茶の準備をし出す。
残る二人も三ツ目の男の背後に立ち、ホイップ同様に、違うとすれば隠すことなく睨む。
だがその視線を鈴野は一切無視しつつ、目の前の男をじっと見つめ、確かな関心を抱いていた。
昏く、熱く、淀みなく発される力の表面。それはさながら黒い業火のよう。
……へえ、こいつは強い。私が現役であった頃でも手を焼くだろうさ。
自業自得とはいえ、それでもつい喧嘩を売った若者共を哀れんでちまね。今の奴らを知らないから何とも言えんが、果たしてこのレベルと相対出来んのかね?
「そう昂ぶるな。対話を望んだのは貴殿の方であろう?」
「ああ、重ねて謝る。だが許してくれ、箱を突いたら想像以上の大物だったんだからよ」
「……まあ、共感できなくもない。貴殿は今までの尖兵とは比較にならん、ぶつかれば我とて無事では……いや、勝てないだろうな」
幹部の一人に素で接している以上、何ら口調を変えることなく、プライベートのような自然さで話す鈴野。
そんな無礼な態度を気にすることなく、男はその三ツ目で鈴野を見据えながら確かな賞賛を口にする。
「さて、我はスパイス。メケメケ団現総帥、貴殿らにとっては討ち滅ぼすべき賊の首魁であろう」
「それは今次第だぜ? 私はベル、世代遅れの魔法少女だ。よろしくな」
鈴野が手を差し出せば、三ツ目の青肌男──スパイスは躊躇うことなく握り返す。
「へえ、握手を知ってるのか? 余所の星にもそういう文化はあるのかい?」
「意味は親愛とは真逆だがな。この星に滞在するため、言語含めある程度情報は集めたのだ」
「理知的だねぇ。嫌いじゃないぜ、そういう配慮は」
からからと、鈴野は笑いながら握手を放し、畳へと膝をついて頭を下げる。
その態度にホイップは驚き、危うく湯飲みを載せた盆を落としそうになってしまう。
ホイップからすれば、目の前の魔法少女は自分を二回も彼方へ飛ばした怪物でしかなく。
その上自身の上司が強者と認めた敵が、こうして頭を下げるとは思わなかったのだから。
「この度はうちの若いのが大変な無礼を働いた。被害が出ている以上受け入れがたいとは思うが、当人がこちらへ出向けないこと含めた謝罪をさせていただきたい」
「……謹んで受け入れよう。後先など問題にあらず。我らも貴殿らの同胞を害したのだから」
「……感謝する」
やがてスパイスが目を閉じ、再び言葉を吐いた後、鈴野もゆっくりと頭を上げる。
「はー良かった。場合によっちゃここで決裂だったからな。肝が冷えたよ、まじで」
「互いにだ。さて、それではベル殿。此度、どのような趣旨でこちらへといらしたのだ?」
「ああ、和解と提案……いや、交渉だな」
どっこいせと、わざわざ声に出して胡坐で座り直した鈴野。
そんな二人の間にホイップは湯気の立つ湯飲みをそれぞれの前に置き、スパイスへと一礼してから二人いる部下と同じく背後へと立った。
「提案とは? 呑めねば或いは……というやつか?」
「場合による。ただ、私の雇い主は物騒な末路を求めちゃいねえってのは確かだ」
「それは我らとて同じこと。……良かろう。単身こちらへ頭を下げに来た貴殿の話であれば、聞くに値するはずだ」
「ありがたい。しかしその前に尋ねたい。貴方方がこの星へと降りたのは理由を」
鈴野の質問に、スパイスは額についた三つ目の目を細めつつ首を傾げる。
「侵略か移住か、或いは漫遊か。それ次第で提案とやらは変わるのか?」
「いや? ただ提案か、勧告か、それとも脅迫かで変わるだけさ」
「……ふむ。善き星であるが定住は望めぬ、か。ならばせめて、土産は多く積み込まねばな」
断言はせず、けれども鈴野は暗に来訪者の否定を告げる。
それを理解したスパイスは心なしか全ての目を沈ませながら、残念そうに首を振ってくる。
……はあ、嫌な仕事だ。私共の身勝手なんぞ押しつけるのは。
別に人類の総意ってわけじゃねえ。ただ、最初に会った人間が私達だったというだけの話だからな。
ま、現代の人類に宙からの来訪者の応対を穏便に済ますのなんざ不可能に近いだろう。どちらにしても、碌な結末になっちゃいなさそうだな。
「承知した。所詮は我らも不時着した身であれば。準備ができ次第、速やかに退去すると約束しよう」
「……そうか、感謝する」
「ただベル殿、しばらくの滞在は許容してもらいたい。船の修復は済んだものの、航海に必要なエネルギーがまだ溜まりきっていないのだ。それがなければ、我らとて星を発つことは叶わぬ」
そう言った後、スパイスは湯飲みを手に取りずずずと喉へと流し込む。
「エネルギー?」
「然り。この星はエーデラ……貴殿らの言う魔力の質が我らの望むものと異なるのだが、それ故にこの船にて使用するには変換しなくてはならん。過程と量を鑑みて、やはり時間が必要だ」
「……具体的にはどれくらいだ?」
「恐らく三十日ほどかかるだろう。或いは星の尖兵達からの回収効率を強引に上げるとすれば……いや、どちらにせよ叶わぬこと。貴殿らは強い。強行の果て、双方に死者が出ることを我は望まん」
強引な搾取はないと、その一言で鈴野は胸の内で少しだけほっと息を吐く。
もしも強行手段を執ると、そう口にされたら私はこの場で拳を握らなくてはならなかった。
断言出来る。この場で決裂して殺し合ったら、苦戦はすれども私が勝つ。
目の前の男は手を抜けるようなやつではないが、それでも負けはないし他三人は数えるに値しない。
けれど、だからこそ私は安心してしまう。
こいつらはまだ死者を出していない。そして飯もご馳走してもらったし、言うほど悪い奴らじゃない。話し合い次第では、まだ手を取り合える。
……こういう甘っちょろい解決策は、それこそ現役時代じゃ考えられなかったことだ。
そもそもの話、私達の時代ではこんなヒトと相対することなんてなかった。
本来の仕事と同僚の小競り合い、後はくだらない駆除と隠滅ばっかりだったもんな。令和ウケしない血生臭さだ。
「なら回収の手間を省けば? 変換に費やす時間だけならどうなる?」
「……そうだな、一時間もあれば可能だろう。懸念すべきはやはり量なのだ。それだけはどうにもならん」
思考による無意識か、顎を触りながらそう口にするスパイス。
鈴野は少し悩む素振りを見せているが、すぐに頭間に疑問を過ぎらせる。
「なあスパイスさん。確認なんだけど、あんたが手ずから補給すればそれで解決じゃないの?」
「無論、不可能ではない。ただ我がそれだけの魔力を注げばこの船、および我々の隠蔽はないも同然になる。我が側近を信じないわけではないが、やはり相応の危険は生じてしまうだろう」
「……なるほどね。ま、そいつらじゃ限度があるわな」
ちらりと視線を動かし、歯噛みするように口を歪める後ろの三人を眺める。
青肌二人と獣人。……青肌がこいつらの従来だとして、獣は何なんだろうか。
まあそれは置いておいて、見た感じ、ホイップちゃんと他二人にそれほど差はなさそうで弱くはない。
だが今の魔法少女と少し異なるとはいえ、新米の結月に息を荒くするホイップちゃん。そんなのと同等ないし少し上程度では、魔法少女の集団と本気でかち合って無事で済むかは微妙だろう。
まあでも、それなら話は早い。……いや待て? この状況、実は使えるんじゃないか?
「ふふっ、ひひひっ! なるほどなるほど、悪くねえなァ?」
「……うわっ」
後ろのホイップがつい声を上げてしまうが、鈴野は一切耳に入れずに考えを纏めていく。
「なあスパイスさん。エネルギーはどうやって回収してるんだ?」
「方法はいくつかある。直接注入、回収機による徴集、空気中から浚うなどだな」
「ふーん? そのエネルギーってのは魔法少女……あんたらが言う星の尖兵なら誰でもいいのか?」
「……よほどの淀み、濁りがなければ可能だろう。今のところ、そのような例に当たったことはない」
訝しげな表情を見せるも、律儀に質問に答えていくスパイス。
鈴野はその回答を加味しつつ、先ほど思いついた案が可能かを思考し結論を出す。
「じゃあさ、こういうのは可能か?」
「……ふむ?」
提案があるとちゃぶ台に身体を乗り出し、軽く指で誘う鈴野。
その誘いにスパイスは、後ろの部下の制止を耳にしつつも、ゆっくりとちゃぶ台へ手を付き耳を近づけていく。
「ごにょごにょごにょ……」
「……ほう」
三人の部下の緊張が増しながらも、鈴野は暢気に自身の案を伝えていく。
その案を聞き終えたスパイスは、三つの目をちらりとぅ名津、「ほう」と小さく唸ってみせる。
「確かにそれ自体は不可能ではない。しかし確実性がないな」
「なーに、そん時は私が代理と補填を務める。私が補給であんたが隠蔽、最悪それで確実だろ?」
「……確かに、それならば。しかし良いのか? 二度を経て、最早勝敗など火を見るよりも明らかだと思うが」
「構わねえさ。あいつにとっても貴重な機会、利用させてもらうぜ」
「……師心か。ふむ、この星では獅子は我が子を谷へと落とすというのは事実らしいな」
スパイスの確かめに、鈴野は不敵に笑うのみ。
その態度にスパイスはしばし逡巡し、そしてちらりと背後に──より正確に言えばホイップへと何かを伺うかのような視線を送る。
そして見つめられたホイップは、その青肌の頬を少し赤く染め、少し照れくさそうに目を逸らしてしまう。
「え、えーっとスパイス様? 私の顔に何かついて……?」
「ホイップ、君に問いたい。先日報告にあった星の尖兵、ブルームーンと再戦してもらえるか?」
「は、はあ? それが我らが主、スパイス様のご意向であらせられれば。このホイップ、不可能すら可能へと変えてみせますが……」
「……では決まりだ。諸君、これより我らは星の尖兵からの動力回収を中断し、巨大回収装置の制作へかかる。そして明日より十日後、我が部下ホイップとベル殿のお弟子、ブルームーンとの交流試合を行うっ!!」
確かに告げられたスパイスの決定。
その決定を聞いた部下三人は、それぞれ異なるも似たような困惑と驚愕を露わにし出す。
「な、どういうことです……!? 失礼ながらスパイス様、どうか説明を……!!」
「お気を確かに! そやつは所詮敵、信用なさるおつもりで……!?」
「落ち着きな二人とも。スパイス様の言葉を全部聞いてから異議を申し立てるべきだよ」
その決定の意味が分からないと、声を荒げて騒ぐ二人を強い口調で窘めるホイップ。
そんな彼女にスパイスは小さく礼を言いつつ、身体をその二人へと向き直す。
「ベル殿について我が信頼した。故、もしもがあれば我が命に替えても始末をつける。それでひとまず溜飲を下げてもらえないだろうか」
「あ、頭をお上げくださいスパイス様っ! 主にそこまで仰られてしまえば我ら三幹部、一切の異論などございませぬともっ!」
深々と頭を下げるスパイスに、獣人の方の部下が手を動かして精一杯に制止する。
部下にも頭を下げるか。いやはや、真似は出来ないが見習いたいねえその心意気。
……いやしかし、こいつらってどっちがソルトでどっちがソーなんだっけか。そこなスパイスさんとしか自己紹介なんてし合ってねえし、部下はホイップちゃんとそれ以外でしか区別できねえや。
「まとまったな。んじゃせつめいすっぞー、こっちもはよ帰りたんだわ」
「……そうだな、こちらとしても食事を再開したい所だ」
「……あの、スパイス様。今日の夕食は、そこの女に全部食べられてしまいましたが」
「…………さて、話を続けよう」
本気で声を沈ませるスパイスに、いくら鈴野といえども少しばかり罪悪感を抱いてしまう。
……まじでごめんね。本当にお腹が減ってたんだ。今度お詫びに何か持ってくるからさ。
「親善試合にて散るであろう魔力をこの星を発つエネルギーへと変換し、不足分と星の尖兵の対処についてはベル殿が補う。殺しはなしの一対一だが行けそうか、ホイップ?」
「……えっと、スパイス様。それならば、今ここでこいつに補給してもらえばもう解決するのでは──」
「嫌だね。この状況は私にとっても都合が良いんだ。それによ、お前らも旅立ちの準備に時間が欲しいだろ?」
ホイップの言葉をにべもなく切り捨て、鈴野はどっこいしょと声を出して立ち上がる。
「んじゃ、話は終わったしとりま今日はお暇するよ。ああ、この船の気配は覚えたから逃げても無駄だし、その場合は決裂と見なして潰しに来るからなー」
「あ、この……!! 言いたいことだけ言いやがって! このクソ女めッ!!」
ホイップの怒号を背中で受けつつ、鈴野は振り向くことなく手を振って部屋から出ていく。
やりたい放題していった少女を追う者などおらず。扉が閉まった後、静寂に包まれた部屋で彼らはほとんど空になった食卓に視線を落とすばかり。
「……とりあえず、何か食べ物ないかホイップ」
「え、っと……今から作ると結構な時間が掛かりますが……」
「……はあ」
実に申し訳なさそうに視線を下げるホイップに、スパイスは額に手を当てため息を零してしまう。
かくして行われた、魔法少女とメケメケ団の突発的な最初の会合。
多少緊張と彼らの一食という犠牲はあったものの、それでも無事終わりを迎えたのだった。
読んでくださった方へ。
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