突撃晩ご飯 あんパン牛乳を携えて
次の日、何だかんだ熟睡し、起床が十一時になってしまった鈴野。
やばいと思いつつも、デスクの上に置かれた封筒が消えていないことに安堵しつつ、けれどもやっぱり億劫になりながらも支度を調え、現在は外へと趣いていた。
「あー面倒い。大体どこを捜せばいるってんだ、誰だよ金に釣られた馬鹿は……?」
青空の下、適当にぶらぶらしながら昨日の自分にぼやく鈴野。
大金を持つ癖がなく、結局置いてきてしまった十五枚に後悔を馳せつつ、一応は感覚を凝らしてみているのだが、やはり結果は芳しくなく。
足の疲労と煙草の浪費だけを嵩ませながら、気がつけば空の色は青から茜へと移り変わろうとしていた。
「……あいつ、はっ付けた伝言見たかなぁ」
横を通り過ぎる子供を見て、ふと黒髪の少女のことを思い出す鈴野。
一応不在と今日は休日、そして明日からやることなどを書いた紙は扉にくっつけてきたし問題はないはず。
けどやっぱり不安だなぁ。あいつちょっと思い詰めすぎだし、昨日の今日で文面のみの休みだと変な捉え方をしちまいそうで怖い。
……あーまったく、近頃のガキってのは。私であれば、休みと言われればそれはもう喜んだ……いや、昔はそんな真っ当な感性してなかったか。
こんなことなら電話番号か魔伝のやり方くらいは教えておくべきだったか。現代っ娘ってのはスマホ常備らしいしな。
「やめやめ、くだんねえ。飯でも買って帰ろ」
無愛想で、けれども確かな想いを抱いた小娘のことなど休日まで考える気にはならず。
思考を手振りまで使って振り払い、今宵の食事を考えながら商店街へ立ち寄る。
普段はこんな所通らないが、今は幸いにして懐にも春が来ている。
ちょっとくらいはましなおかずを、その後コンビニで白米でも買ってちと豪華にいっても罰は当たらない。
なに、今日は言われたとおり捜索をしてやったのだ。正当な報酬の使用など、それこそ神にだって咎められる筋合いはないだろうよ。
「コロッケ、刺身、煮物。うーん迷う、いざ金が入っても感性が死んでちゃ困るよなぁ」
下町の、所々はシャッターで閉まっているが、それでも活気のある一本通り。
ぼんやりと、けれども確かに鼻と目で食欲をそそられながら歩いていると、鈴野の視線はふと、八百屋で野菜を吟味している女性に定まってしまう。
……何だあの主婦。気配が少しばかり揺らいでんな、隠蔽でもしてやがんのか?
暴かず暴かれずと、結月に言ってしまった手前あれではあるのだが。
それでもまさかと希望的観測を抱きながら、鈴野はこっそり目に魔力を集め、少し目を凝らしてみる。
すると瞬く間に主婦であった女性の肌は青く、そして尾と翼を生やして只人から逸脱してしまう。
「うーんビンゴ。しかし良いのかぁ? そんなんで」
あまりに拍子抜けする発見に、捜していた鈴野でさえ手で目を覆ってしまう。
まあ、別に隠蔽が杜撰というわけではなかったからなぁ。
この場はもう普通なら見抜けず、私だから気づけたってことにしておこうか。うん。
今日はもう帰りたかったが、それでも見つけてしまったものは仕方がないと。
夕食のことはひとまず後回しにし、主婦に擬態していた彼女──メケメケ団のホイップを追跡するために適当な距離を保つ。
大根を選び終わったホイップは、盗むことなくしっかりと購入して八百屋から動き始める。
その後も肉や魚、果ては日用品など。
宇宙人とは思えないほど首尾良く、そして楽しそうに買い物を進め、ほくほく顔で商店街を後にするホイップ。
その姿を見ていると、どうにも昨日かち合った相手とは思えず。
日常と非日常が別なのは身に染みているとはいえ、それでも別人なのではないかとすら思えてしまう。
はー困るわ。実は裏ありまくりの畜生とかだったら処理だけで終われるってのにさ。
無防備すぎる宇宙人に鈴野はため息を吐き、最近ため息だらけだと気付いて更に一回零れてしまう。
それでも現実は慰めてくれず。応えてくれるのは、夕暮れにお似合いな鴉の鳴き声だけ。
……駄目だこれじゃ。せめてテンションだけは上げる努力をしよう。
鈴野はちょうどそこにあったコンビニに飛び込み、爆速であんパンと紙パックの牛乳を購入して追跡を再開する。
うーんばっちり。こいつらが手にあるだけでモチベがまるで違えや。
やっぱ張り込みには牛乳とあんパンが定番だからなぁ。……あれ、追跡だったら邪魔なだけか?
まあ、そんな細かいことはどうでもいいと。
自分の中で少し盛り上がってきた鈴野の追跡はその後も続き、なんと電車に乗ってしばらく揺られ、生活圏内から離れた聞き覚えのない駅で降りてから歩き始めてしまう。
進んでいくのは遮蔽物が少なく、地味に追跡が難しい田舎道。
とっくのとうに相棒の二品も失い、鈴野が奮い立たせたやる気もいよいよ尽きてしまっていた頃、ホイップは何故だか山へと入っていく。
「……山だよな。こんな所に、なんの用が」
誰かの所有地なのか、或いは手つかずの自然なのか。
出来れば法に触れるのは、カタギの地主相手にマジカルパワーでごり押すのは勘弁だと、鈴野は意を決して彼女の入った山へと足を踏み入れる。
しかしジャージで山登りとは、社会だけじゃなく自然まで舐めた二十代だこと。
枝やら何やらで服が解れると面倒いんだよな。安物のジャージも安くねえんだぞ?
それにしても虫が多くて嫌になる。バレるの怖いし魔力で散らせねえし、虫除けも買っちまえば良かったぜ。
「……ん?」
煙草も吸えない、ただただストレスの溜まるだけの山道。
鈴野のニコチン不足の脳みそが本気で苛立ち始め、山ごと更地にしてやろうかとバイオレンスな発想を抱き始めた頃。
ホイップが長かった歩みを止めたと思えば、何かを小声で唱えると瞬く間に姿を消してしまう。
「あ? んー?」
直ぐさま消えた場所へと駆け寄り、ホイップの痕跡を探すが足跡以外は見つからず。
強いて言えば、小さく地面から突き出た石に軽く紋様が刻まれているくらいか。
ま、仮にも潜伏している連中なんだ。尾けられてもどうにか誤魔化せる程度の対策は仕込んでおくか。
むしろ安心した。これでこってこての宇宙船でも剥き出しであったら魔法少女との対立以前の問題になっちまうからな。流石に御免だぜ、お国と揉めるのは。
……さて。気を紛らわすのはここまでにして、とっとと開けて入っちまうか。
別にこの場で決着とは限らないし、そもそも気負う必要なんてどこにもない。
ああでも待って。一服、一本だけ吸わせて欲しい。
このままの脳でキャンキャン喚かれたら、それこそ平和的とはいかねえかもしれないから。あ、後ついでに変身もしねえとな。
「変身。……よし、んじゃお邪魔しましょうかね」
変身し、桜色髪の魔法少女となった鈴野は人差し指に少しの魔力を宿らせる。
自らの髪と同じ、淡い桜色の魔力。
まるで月に照らされた夜桜のような光の灯った指を石の前に翳し、絵でも描くかのように動かせばあら不思議。鈴野は次の瞬間には、先ほどまでとはまったく異なる場所に立っていた。
「おーSF。映画の中に入ったみたいでテンション上がるなー」
先ほどまでとはまるで違う、文明の凝縮みたいな壁と廊下に鈴野は小さくにやついてしまう。
きっとここにある全てが、現代の地球文明じゃ束になろうが叶わないのだろう。
そういう意味では魔法少女と同じく、不確かの中にいる存在か。
他の魔法少女に言えば憤慨するのかもしれないが、或いは彼らこそが真の同胞なのかもと思ってしまう。
……まあ最初の接触に失敗するのは、合理を気取った獣である人間らしいと言えばそうなんだろうがね。
柄にもない感傷を抱きつつ、鈴野は廊下を真っ直ぐと進み、一つの扉の前で立ち止まる。
尋ね人の魔力はこの先から。入れば恐らく、対話の場を用意すべく戦闘が発生するだろう。
しかし進入から到着までの間、警報の一つもないのは残念というか何というか。
仮にも外の技術、感知する術くらいはあると思っていたが見込み違いだったか。
この分なら適当に挨拶してからここまで来ても良かったと。
若干の後悔を抱きつつ扉に触れると、二つに分かれ綺麗にスライドして部屋への道が開いた。
「ちわーっす。和平申請に来た魔法少女で──」
「し、侵入者ッ!? って、お前はあのッ!?」
バイト初日くらいの挨拶を鈴野が言い切る前に室内へ響く、聞き覚えのある女の声。
だが鈴野はそれを無視しながら状況を確認していく。
中は想像していたよりも狭く、けれど鈴野の部屋よりは確実に広く感じる畳張り。
だが鈴野の目を惹いたのは場違いな畳でもなく、現在臨戦態勢へと切り替わった四人でもなく。
鈴野が注目したのは畳の上に置かれたちゃぶ台。そしてそこに並ぶ、湯気の立つ食事達。
炊きたてであろう艶のある白米。
食欲をそそる、味噌と出汁の合わさった鼻を幸せにする匂い。
焦げ目が絶妙な、油の乗った魚の切り身。そして簡素ながら確かにあるお新香。
どれも一日をあんパンと牛乳、そしてヤニのみで過ごした鈴野には劇薬でしかなく。
故に戦闘前という緊張すら置き去りに、腹の虫がそれを訴えるのは抗いようのない必然であり。
「……あーごめん。とりまご飯恵んでくれない?」
こうして戦いは始まる前に終結する。
不作法にも人の住みかへ押し入り、その上勝手に空腹を訴えてきた侵入者の手によって。
読んでくださった方へ。
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