新世代ミカンガール
突如現れた魔法少女、ミカンオレンジなる者の参戦。
それはこの場の誰にとっても予想外で、宴もたけなわだった戦いの場に一波立てるものであった。
「私のフレッシュレーダーがビビビーッ!! ってざわめいてるの!! つまりあんたが悪であの娘が正義! そうでしょう青肌女ッ!!」
ミカンオレンジは誰に同意を求めるわけでもなく、自信のままに断言しながら魔力を昂ぶらせる。
その魔力の量もさることながら、淀みなく行使される力。
結構な手練れであろうと推測しつつ、鈴野はふわりと電柱から飛び降り、ふらふらながらに立ち上がろうとしている結月の側へと着地する。
「お、おねえさん……。ごめん、なさい……。私……」
「謝るのは私の方だろ。立派に戦ったぜ、お前は」
罵倒を吐かれるのではなく、まるで自分が悪いと言わんばかりの謝罪。
そんな一声を予想外だと思いながら軽く慰めつつ、この場をどう収めようか考えた鈴野は、弱った結月を抱き留めて勢いよく拳を地面へと振り降ろす。
「えっ」
「んぐっ」
叩き落とされた拳に跳ね、再びくるりと裏返る世界。
転移と呼ぶにはあまりに雑な力業に、一触即発であった空の二人はたじろいでしまう。
「うっそでしょ、今のって鏡界移動……!? 何て雑で強引な……!!」
「というわけでホイップちゃーん。出番終わったし帰って良いぞー、はいお疲れー」
彼女らの困惑が戦闘の開始を食い止める、そのほんの一瞬。
その間を縫い潜るかのように鈴野は結月を放しつつ、拳で強く空を叩いて衝撃を起こす。
直後、弾かれるように発生した衝撃は吹き抜ける強烈な風となり、飛んでいるホイップのみを吹き飛ばしてしまう。
「まーたーでーすーかーっ!!!」
「おーじゃーなー。機会あったらまたよろしくー」
断末魔を上げながら、きらんと綺麗な星になったホイップ。
そんな光景に邪魔者は消え去ったと満足気に手を振り、鈴野は次の問題へと気持ちを切り替える。
ごほんと軽く喉を鳴らし、改めて目を向けた先にいる、絶賛警戒中な橙髪の少女。
先ほど吠えた名の通りにミカンを思わせる短髪。艶やかな橙の手袋に、袖はなく腹も出した魔法少女にしては冒険的な服装は、どこかのきわどい地下アイドルのよう。
……若いってのは強いよな。齢二十三で魔法少女コスしている私が言えたもんじゃないけどさ。
「……あんた、何者? 魔法少女よね?」
「あーごほん……そうだよ♥ ベルはベルって言うの♥ よろしくね、ミカンオレンジさん♥」
聴いているだけで胸焼けしそうな、蜂蜜を塗りたくったような甘ったるい声。
鈴野は直ぐさまベルとしての配信用テンションという究極の猫かぶりへと切り替えながら挨拶し始めたので、後ろにいた結月は小さくながらも吹きだしそうになってしまう。
「ええ、よろし……じゃない! あんた、あいつのこと逃がしたわね!? 今のやつ、メケメケ団のホイップでしょ!?」
「えー何のことー? ベルぅ、ムーンちゃんを守らなきゃぃいけなくて必死だったんだー♥」
鈴野は適当に宣いながら、結月の腹を軽く抓ってから擦り傷を優しく手を当てる。
すると一瞬、痛みに顔を歪ませるが、光を帯びた手はあれよという間に傷がなくなってしまう。
「……随分と熟れた治癒魔法。さては結構ベテランでしょ、似合わないわよそのぶりっこ」
「お姉ちゃんひどーい♥ ベルぅ、必死で頑張っていただけなのにぃ……よよよっ♥」
「はっ、胡散臭っ」
ひたすらに煙に巻く鈴野にいらつきを見せるミカンオレンジ。
剣呑な雰囲気。敵はいなくなったはずなのに、場には先ほどよりも遙かに濃い緊張が辺りを覆ってしまっている。
だが張り詰めた風船のような空気の中、多少慌てながらも二人の間に入った結月がミカンオレンジへと頭を下げた。
「あ、あの! た、助けてくれてありかがとうございます!」
結月の態度に毒気を抜かれたのか、ミカンオレンジは多少ながら警戒を解く。
「私は……魔法少女ブルームーンです! あの、ミカンオレンジさんで合ってますよね?」
「そうよ! ふん! あんなの当然だけど、別に感謝されてあげてもいいんだからねっ! だって私、魔法少女ミカンオレンジだもの!」
先ほどまでの尖った声色とは異なり、顔を逸らしながら照れくさそうにするミカンオレンジ。
そんな様に鈴野は難は越えたと安堵しながら、二人の会話に混じることなく、あくびをかきながら一方後ろへと下がる。
「ブルームーンだっけ? あんた中々やるわね! メケメケ団の三幹部を中々ガッツ見せたじゃない! 」
「え、えっと……三……幹部? 所属……?」
「あれ、知らない? もしかして統括会の通達見てない? 情報収集は怠っちゃ駄目よ? それであなた、どこの所属よ?」
「オイル……油? 所属……? すみません、まだそういうのがよく分からなくて……」
「え、やだ、もしかして新人!? うそでしょ、それで戦えたなら相当の逸材じゃないっ!!」
きゃー、と耳鳴りでもしそうなほほど女子らしい叫びで勝手に盛り上がるミカンオレンジ。
そんな少女達をよそに声も発さず、こちらをじっと見続けてくるウサギを鬱陶しく思いながら、鈴野は大きくため息を吐く。
……楽しそうだな若者同士。いい加減ヤニも摂りてえし、もう飽きてきたぜ。ふわぁ。
にしても随分と視てくるな。相当に育んだのか、或いはこいつを通して視ているのか、だ。
「そうよ、魔伝の交換しましょ! ……ってあなた、マスコットは?」
「マスコット? えっと、魔伝というのは……」
「あ、もうこんな時間♥ はいはいおしまいムーンちゃん♥ お塾の時間だから帰ろっか♥」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
適当に話を切り上げ、結月の手を引っ張って飛び上がる鈴野。
「ねえムーン! せめてあなたの連絡先を──」
「はいこれ♥ これをマスコットに食わせれば登録されるから♥ じゃあね♥ 後始末よろしく、ミカンお姉さん♥」
「えっ、ととっ。何よこれ、名刺……って違う! あんたのじゃないっつーの!」
最後に軽くウィンクしつつ、この場を離れていく鈴野達
地団駄を踏むミカンオレンジの黄色い声を無視し、ふわふわとしばらく空を移動していく。
「ふうっ。まったく、女ってのはどうしてこう話し始めると長いんだ」
「……女ですよね、お姉さんも」
「私は特別。かったるい人付き合いは苦手なんだっつーの」
しばらく追ってこないことを確認しつつ、問題ないと判断した鈴野は人気のない路地裏へと着地する。
その後に続くように降りた結月と共に変身を解く二人。
元の背丈とジャージ姿に戻った鈴野は、同じく基の服装へと戻った少女をよそに軽く身体を解していく。
「んじゃ今日は解散なー。はーいお疲れー」
「あ、あのっ!」
一通り解し終え、さっさと背を向けて去っていこうとする鈴野。
そんな彼女に結月は大きな声を上げ、咄嗟に鈴野の腕を掴んでしまう。
「ん、どうした?」
「せ、説明が足りてません! 私、何が何だか……!!」
「……あー、まあ確かに。んじゃあ買い物ついでに教えてやるよ、門限とか大丈夫か?」
「え、あ、はい、大丈夫ですけど……」
結月の返事に軽く頷き、「ついてきな」と一言だけ告げて歩き出す鈴野。
そんな彼女の手を放すことなく握りながら、結月は彼女の横をついていった。
「で、結局何が聞きたいんだ? こんな往来で話すのは結構あれなんだが」
「全部です。今日のこと、一切合切。包み隠さずにです」
「えーめんどっ。これだからゆとりがよぉ……って、ゆとりはもう終わったんだっけか」
本当についてきたことに驚きながら、なるべく歳下の少女に歩調を合わせつつ。
やがて歩いて数分の場所にあったスーパーの野菜売り場にて、複数のもやしパックを見比べる鈴野に、結月は店内をきょろきょろと見回しながらも詰め寄っていた。
「八十六円……」
「何驚いて……ああ、確かにこんなとこなんぞ来たことなさそうだもんな」
ぽかんと驚く少女へ勝手に納得しながら、鈴野はもやしの中で一番安い袋をかごへと投げ捨て歩き始める。
「さて、なら聞きたいことを順に質問してこい。出来る範囲で答えてやるから」
「分かりました。ではまず、あの人──ミカンオレンジさんも魔法少女なんですか? 私とは、少し違うような……」
「ああ、あの魔法少女。ありゃそのままそうだぜ? ちなみに、近所にもいたのは私もびっくりしてる」
吟味の末、選んだ袋を緑の買い物かごへと放り投げて歩き出す鈴野。
決して嘘ではなく、実際あいつがいたのは私にとっても予想外だった。
だって近所にいるならこんな面倒事押しつけ……げふんげふん、現役同士で面倒見合えばいいと思うし。
だがまあ、多分そこまで近所住まいというわけではないはず。それであの強さからして、恐らく一人で遠出しても問題ないタイプって感じだろう。
「マスコット絡みも聞きてえだろうから纏めて答えると、あいつらは新世代って括りでな? お前とはちょい違う、現代における一般的な魔法少女ってやつだ」
「私と、違う……?」
「そう。あいつらは新世代、対してお前は旧世代。区分で言えば私と同じスタイルってわけ……おっ、このソーセージ美味そっ」
鈴野は、目に入ったバジル風味のソーセージをかごに入れつつ質問に答える。
そうして食品は見終わったのか、余計なものには目もくれず日用品売り場へ進む二人。
「あいつの側に兎のマスコットがいたろ? 現代の魔法少女ってのはあれを媒体に変身するんだ。お前で言う手鏡の代わりってわけ……おっ、これ美味そっ」
「……つまり私、時代遅れなんですか?」
「いんや? 違うったってそこまで気にしなくていいさ。あのマスコットは便利だが、所詮は簡略化に過ぎねえからな。最低限の機能とある程度の会話が可能な携帯電話、そんくらいの認識で十分だぜ」
「……聞く限り、大分便利そうですけど」
「まあな。ま、外法に手を出す気がないならひとまずペットは諦めな。新旧問わず、そういうのは学べば出来る程度のもんだからよ」
数多の生活雑貨に立ち止まることなく。
鈴野は値段を気にせずダブルのトイレットペーパーを取り、そのまま来た道を引き返す。
「ま、その辺りはあのミカンってやつに訊いてみな? お前のことを気に入ってたし、活動範囲が被ってんなら機会はあるだろ。はい次」
「え、うーんと……じゃあ統括会というのは?」
「魔法少女界の秩序維持のための組織……そのはず。業界の現代を知らねえから、これ以上は分からねえな」
そうして特に買う物もなく、けれど急ぐこともなく食品売り場をぶらついていると、結月の目がお菓子売り場に向いていることに気付く鈴野。
「……何か買いてえのか?」
「い、いえ! ごめんなさい、気にしないでください!」
「……はあっ」
そこまで遠慮されると逆に気になって仕方ないと。
鈴野は結月の子供らしい姿に小さな笑いを零し、進路を変えてお菓子売り場へと入っていく。
「さて、好きなの一個かごに入れていいぞ結月」
「え、でも……」
「でももへちまもない。こういう時は大人の顔を立ててありがとう、って喜ぶのが好かれるやつのコツだぜ?」
鈴野が顎でそこらの菓子を指すと、結月は数瞬の躊躇いの後、こくりと頷いてお菓子に選び始める。
……やっぱどんだけ大人びようとガキはガキか。だがまあ、その方が様になっているってもんだ。
背を向ける結月を置き去りにするわけにもいかず。
仕方がないので鈴野も適当に物色してみると、自分が思っていた以上に種類が豊富なことへ意外そうに眉を動かしてしまう。
「しっかしいろんなもんがあるなぁ。……おっ、シガレット。ガキの煙草か」
その中でも、鈴野が一番目に付いたのは小さな箱のお菓子。
煙草を模した、所詮子供だましの甘ったるい駄菓子。けれどそれは確かにあれを模した物。
「……一応買っとくか。ガキの手前、本物を吸うわけもいかねえし」
服なんぞよりもっと臭いの染みついた、あの部屋の中に招いておいてよくもまあ。
そんな風に自虐しながらも、とりあえずは一つとかこの中へ放り込むと、何かを手の中で握った結月がこちらへと戻ってくる。
結月が持ってきたのは小粒のチューイングキャンディ。包装を見るに味は青リンゴ味。
「決まったか……もっと大きなもんでも良いんだぞ? ポテチみたいなやつ」
「良いんです。……これが、良いんです」
「ん、そうか。なら行くぞ、消臭剤買い忘れたわ」
「あ、あの! ありがとうございますっ!」
頭を下げてくる結月さして気にすることもなく、再び自分の買い物へと戻る鈴野。
……ああ、そういや感謝されんのは久しぶりな気がする。
金貰える投げ銭なんぞより、どうにもむず痒くなっちまう。損しているだけだってのによ。
「で、後なんだっけ? もう終わりでいいか?」
「……後二つあります。あの口調についてなんですが──」
「あれはただのキャラ作りだからツッコむな。そして以後は後ろでも笑うな、いいな?」
鈴野が強く強く、下手すれば今まで一番食い気味に促すと、結月は数度首を縦に振る。
よっし。理解が早くて助かる。まあされなくとも構わないんだけど。
素で年の離れたガキ共の相手なんざ出来ねえし、何より魔法少女ベルのキャラに合わねえからな。
どうせやるなら配信用のテンションを全力で。
いざライブする時の練習にもなるし、私の心が擦切れていく以外は良いこと尽くしってやつだ。
「んで後一個だっけ……おっ、どうした?」
再度日用品で寄り、消臭剤を取ってから最後にドリンクコーナーで水を確保。
そして会計を済ませてスーパーから出た後に、鈴野は質問を止めた少女が気になって少女のいる方へと顔を向ける。
そこに結月は確かにいたものの、何故かしこたま怒られてへこんでいるみたいに俯いてしまっている。
「なんで、なんでお姉さんは、私を、一人で戦わせたんですか……?」
結月の悲痛な訴え。
声を震わせながら、出だしを掠れさせながらも、確かに鈴野へ問われた想い。
……嗚呼、そういうことか。
聞かれねえのかと少し意外に思ってはいたが、ずっとどう切り出すかを迷っていたんだな。
「……悪かったとは思ってる。大人としては最低なことをした、それは自覚してるよ」
「だが、謝る気はないぜ。昨日お前が進みたいと言った道ってのは、そういう場所だからだ」
けれど、少女の悲痛な問いに鈴野は笑みも嘆きもなく、はっきりとそう告げる。
誠実に、けれども残酷なまでに。そうすることが当たり前のように、淡々とした口調で。
「分かったはずだ。お前が挑む場所ってのは、一歩間違えれば容易に死ぬような場所だと。今日ので骨一つ折らないのが魔法少女って力だが、私かミカンってやつがいなきゃお前は死んでいた。誰にも見られることなく、お前は終わって朽ちていたんだ」
何も知らぬ人が行き交うスーパーの前だというのに、鈴野は躊躇うことなく続けていく。
だからこそ、尋ねた側であったはずの少女は息を呑んでしまう。その迫力に、その言葉に何一つ偽りがないことを、既に己が身で理解しているがために。
「幸いにして伝手は出来た。あれは言葉の割に面倒見良さそうだし、私なんぞより優しくゆっくりと伸ばしてくれるはずだ。お前が本当に自分の身を思うってならその方が絶対にいい」
「……」
「だが、私についてくるってなら今後もこういう理不尽ばかりだ。お前が泣いて苦しんで恨んでも、私は説明もせずに地獄へ突き落とす。……結局私には、それしか出来ないからな」
「だから自分で決めろ。この先も私についてくるか、それとも今日で違う道を行くかを」
その言葉を最後に、鈴野は口を閉じて結月へ先ほど買ったお菓子を差し出す。
これが手切れの一品か、それとも今日一日の褒美で終わるか。
それを選ぶのは、差し出された少女。受け取るも叩いてその場を去るのも、全て彼女次第。
「……強くなれますか。お姉さんとであれば、私は私であれますか?」
「さあな。結局はお前次第だ」
「……なら、決まっています。だから私は、あなたの元へ来たんです」
けれど迷いは一瞬。
すぐに顔を上げた結月は掴む。菓子ではなく、鈴野の手を。
「私を離さないでください。ずっと私を、見ていてください」
「それもお前次第だ。やることやるまでは放さないでいてやるよ」
その答えに、鈴野は呆れながらも微笑み、結月の手に菓子を、そして多少皺の付いた千円を滑らせる。
「んじゃあな結月。次からは時間がある時うちに来い。暇じゃねえからいない時もあるが、まあその場合は恨むなよ」
「はい……! お姉さん、また明日……!」
そうして背を向け去っていく鈴野に、結月は綺麗に頭を下げる。
我ながら臭いことを宣ったなと、照れくささを誤魔化すように懐に仕舞っていた箱を懐から出しながら、鈴野は一人帰りの道を歩いていった。
読んでくださった方へ。
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