結城結月、高校一年
恋宮高校。
平均よりも少し高い偏差値ながらもそこそこ勉強に力を入れた、制服の人気以外は別段目立つ特徴もない都立の高校である。
そんな高校の一教室。青春真っ只中な少年少女の騒がしさの中、結月は窓際後方の片隅の集まりに属している。
一緒にいるのはゆるふわな茶髪のギャル風の巨乳少女である乃々愛。そしてもう一人が、起きているのか曖昧なほど目を細める小柄な少女である眠子。
元は整った愛らしい顔ながらも、前へと垂らした黒髪で目の一部を隠し、目立たない地味さを醸しながら生きる結月とは正反対な彼女達。
そんな二人と入学時のひょんな縁もあり、そのまま数少ない友人として付き合いを続けていた。
「スラバ行かんー? 新作フラペ飲みたい気分ー」
「まじぃ? 新作フラペってあのミカン味ぃ? 期間限定とか絶対はずれっしょ」
「それが意外と高評価で好評価ー。ボリボリ君のミカン味くらい当りだって乃々愛最推しのユウ君も言及ー。びっくりー」
「まじ!? ユウ君が言うなら当りじゃん! うちあれ好きなんだよねー。夏の共って感じじゃん!」
眠子の一言で、どうでもよさそうだった乃々愛が急に乗り気になり出す。
ちなみにユウ君というのは乃々愛が推しているストリーマーである。
企業と契約しているプロゲーマーであり、派手なルックスながら落ち着きのある高学歴というギャップで若い女子からの人気を集めている男で、そんな男が勧めるのであれば乃々愛が飲まない理由はなかった。
「なーなー、今日こそ結月っちも一緒に行かねー? 新作フラペ、ユウ君推しのぉ?」
「ごめん。今日もバイトある」
「まじかー。忙しすぎんだろー。もっと青春しないと損だぞー? うりうりー」
そんな二人に小さくため息を吐きながら、帰りの支度を整える結月。
鞄を手に取り、友人の誘いを断りながら席を立とうとしたのだが、それよりも早く乃々愛がべったりと抱きついてしまう。
「おねがいよー。少しだけでもあたしに付き合ってくれよー。どうせバイトまで時間あるんだろー?」
「……前もそんなこと言ったけど、結局ぎりぎりまで離してくれなかったよね?」
「そうだっけ? じゃあ今回は飲むだけ! 飲むだけだからさー?」
「……はあっ。いいよ、私も少し気になってた。ミカン味」
「まじぃ!? やりぃ、流石結月っち! よっ、斉天大聖!」
清潔感ある美少女の匂いが鼻を擽りながらも、一欠片の眉を動かすこともなく。そして取って付けた最後の言葉の意味なんて理解していないだろうと思いつつ。
けれどこれは何を言っても無駄だと、そう判断した結月が了承すると、乃々愛はそれはもう喜びを露わにしながら眠子を肩から揺らしていく。
「ほら眠子、急いで急いで! 結月っちが付き合ってくれる貴重な機会だぞー?」
「……やれやれ仕方ない。眠子は我が儘なフレンドを持ったものだー」
せっつかれた眠子は仕方なく、けれどちょっと楽しそうに少し速度を上げて立ち上がる。
そんな二人を前に少し微笑みながら、自身も鞄を背負い三人で教室から出ていく。
「あ、あのーそこの方々。ちょーっとだけいいですか?」
そんな帰り際、声を掛けられたのは下駄箱で靴を履き替えている所だった。
最初こそ自分にではないと結月は気にしていなかったが、もう一度同じように声を掛けられてそれが自分達であると気付いてしまう。
面倒臭いと思いながら振り向くと、そこにいたのは当たり前だが同じ制服を着ながらも、首からカメラを掛けていた、普通とは言い難い褐色肌の少女だった。
「ん? 誰こいつ? 眠子知り合い?」
「知ってるけど知らんー。友か他人かと言えば他人ー」
「結月っちは?」
「……ない」
乃々愛に尋ねられて一瞬、どこかで見たような気もしたが。
それでも思いつかず、同じ学校だから見覚えがあるのだろうと考えた結月は、ゆっくりと首を横へと振る。
そんな結月達に褐色肌の少女は苦笑いを浮かべながら、ごほんとわざとらしく喉を鳴らして口を開こうとした。
「申し遅れました! 私は──」
「要楓ー。尾原のセクハラを証拠の写真と共に校内新聞に載せ、見事懲戒免職にまで追い込んだって新聞部所属の一年ー」
「あーあれね、確かにあったわ。春頃だっけー? 正直あんま笑えんかったわー」
だが溜めた一瞬の隙に、名前を明かす前に眠子があっさりと告げてしまう。
それを聞いて固まってしまった少女を前に、乃々愛が納得したように頷く横で結月も誰かを思い出す。
要楓。それが一年生ながらに教師の悪行を暴いたと、入学当初の話題が尽きなかった女の名前。
そしてつい昨日、魔法少女として巡回していた際にたまたま見つけて助けた少女。獣の形を為した澱みに襲われていた少女であると。
「……えっと、そうです。その要楓です。記事についての是非はともかく、知ってもらえて何よりです!」
「どっちかと言えば悪名じゃね? 好き勝手やりすぎて推薦とか受けられなさそう。んで何の用? あたしら時間ないし、ゴシップのネタになって人生壊されんのとかマジ勘弁なんだけど?」
そんな楓は乃々愛のちょっと強い語気に別段怯むこともなく。
気を取り直した彼女は目を輝かせながら、真っ直ぐに結月の方を見つめながら指を差した。
「是非ともそちらの結城さんにお話をですね。最近の生徒行方不明事件について何ですけど、はい」
「……え、それを私に?」
わざわざ指差されてのご指名に、結月はつい胸をどきりと弾ませてしまう。
学校では二人の美少女と付き合いながらも、その影に隠れて欠片も目立つことをしていないと自負している結月。
二年前からそこそこ伸びた身長と魔法少女の恰好、そして全然違う髪の色でバレるはずがないと分かっていたとしても。
そんな自分が昨日の今日で指名されたことで勘ぐってしまったのだが、まったく別の話題だったので逆に戸惑ってしまう。
「パース。あたし達、これからスラバでフラペ女子会すんの。記者ごっこに付き合ってる暇ないんだわ」
「そ、そんなこと言わずに! お茶も出しますよ!」
「いやだって言ってんの。ほら行こ二人ともっ、早くしないと売り切れちゃう!」
そんな結月の僅かながらの動揺を察していたわけではないけれど。
それでも乃々愛は、そんな取材に来た少女を邪魔そうに一言で払いのけながらその場から離れたので、それに続いて校舎から去って行く。
「ありがとっ。助かった」
「何が?」
「……何でもない。それよりミカン味、楽しみだね」
「もち!」
並んだ二人の後ろから、結月は小声で乃々愛に礼を言う。
乃々愛はきょとんと首を傾げた後、にこりと朗らかな笑みを浮かべてながら親指を立てた。
果たして分かっているのか、それとも何も分かっていないのか。
ともかくこうして助けてくれたり一緒に遊んでくれる明るい乃々愛に感謝していると、もう一人の友人である眠子か結月へと僅かに首を向けてくる。
「にしてもあいつ絡んでくるとはー。ゆづっちゃん、もしや人間拉致ったんー?」
「してない」
「だしょうねー。ゆづっちゃんは話題になるときは人目を避けてこそこそじゃなくて、世界の中心で愛をどっかーんって感じだもんー」
気怠さと適当さが合わさったような口調でそう言ってから、すぐに首を前へと戻す眠子。
飄々とした彼女にどう思われているのか気になりながらも、結月は二人の後ろをぼんやりと付いていく。
「ああいうのまじで鬱陶しいよね! 美肌やメイクのコツとかならいくらでも答えてあげんのに、行方不明なんて結月っちに関係あるわけないじゃん!」
「需要と供給という単純な話なんすよねー。下世話な話が嫌いな乃々愛は人類における少数派でしょうけどー」
「当然っしょ! 人の不幸楽しむとか生き物として最低だっつーの!」
ふんと鼻を鳴らしながら断言する乃々愛。
そんな二人の会話を後ろで聞いていた結月は、ふと小さな笑い声を零してしまう。
「……ふふっ」
「お、ゆづっちゃんは私に賛同派っぽいー。乃々愛はやはり少数派よのぉ」
「えーひどっ! そういうの罰当たんだからね!」
大げさに、わざとらしく顔を背けるてしまう乃々愛。
そんな彼女の様子に眠子は一瞬結月の顔へ目を向け、やれやれと首を振ってから手を伸ばして乃々愛の頭にぽんと手を置いた。
「おーおー怒んなよギャルガール。我がマニーで後で五百円以内なら奢ってやるからさー」
「いいって別に。……ってか、本当に気をつけなよ結月っちは。あたしや眠子はともかく、結月っちの可愛さは誘拐もんだからさ」
「……私より眠子の方が攫いやすいと思うんだけど」
「我が輩はほらー、一応合気とキクボクと洋画を嗜んでおります故ー。最悪金のあれを蹴り飛ばしてダイでハードなランデブーですけえのー」
自信ありげな様子で軽く蹴りの素振りを見せる眠子。
小柄ながら並の魔法少女よりもしなりのありそうな蹴りに、確かに自分が一番可能性が高そうだと微笑みを見せる。
「でさでさ! 結月っちもユウ君の三周年オフイベ行こうよ! 海近いよ!」
「興味ない」
「だむだむ。ゆづっちゃんは配信とか観ない硬派少女なのですよ。ちなみにそれがしは顔が気にくわないので却下でー」
「うへー。周りに同担いないくて激辛ー。同担拒否でもねえから語れる相手欲しいわぁ」
そうしてたわいもない話をしながら街中を歩いていく三人。
魔法少女ラブリィベルこと鈴野姫、結月が師と慕っていた女性との別れから二年。
小さく未熟で人一倍臆病だった少女は今、細やかながらも前を向いて現実を生きていた。




