傍観する無職少女
本日二話目です。
メケメケ団のホイップと、無駄に大きな声で名乗った青肌の悪魔っぽい女。
そんな彼女は二人いる魔法少女のうち、小さく魔力の小さい方──桜色の魔法少女へ指を震わせながらも向けて驚愕を露わにした。
「な、な、なんでお前がっ!! というかお前ら、この前のっ!?」
「あ、貴女は……!!」
「お、良い感じに釣れたな。けっこうけっこう。しかし昨日の今日でお前とは縁があるねぇ」
最早指だけでなく、発する声すら震わせる女。
驚きと恐怖を顔に貼り付けながらも戦おうと構える青と黒の少女。
そしてそんな二人を置き去りにし、凡そ純真な容姿に似合わない笑みを浮かべる桜色の女。
三者三様の反応の中、この状況を作り出した桜色の少女──鈴野はパチンと指を鳴らす。
「なっ、なに……!!」
「べ、ベルお姉さん……!?」
「大丈夫だ、落ち着けムーン。結界を整えただけさ。あいつが逃げられないようにな?」
不安がる結月を宥めながら、改めて空に浮いてる青肌女を観察する鈴野。
魔力量は見立て通り中の上。弱くはないが、抜きんでて強くもない程度。
そのふざけた名前以外を考慮する意味のない、まさしく手頃と言っていい練習台だ。
……しかしメケメケ団って何なんだ。青肌系ってのは昔もいたが、今の界隈にはそんなやつもいるのか?
それにホイップって見かけにそぐわず名前可愛すぎだろ、そのなりならせめて青系統の名前であれよ。
「くっ、あんな化け物がいるとは予想外っ!! ここは何とか離脱を──」
「ああ悪い。これ、脱出には厳しいから。一応私を倒せば簡単に開くぜ?」
「出来る! わけが! ないだろうッ!! というかそのなりでその口調!?」
ホイップの叫喚も鼻で笑って流しつつ。
鈴野は三歩ほど前に出て、それからくるりと結月の方へ向き直す。
「というわけで魔法少女ブルームーンよ。無事教材も届いたし、早速授業を始めるぜ?」
「え、えっ……? あれが……教材なんですか?」
「おう。一般人は認識できず、それでいて多少心得があれば素人作とニチャれる程度な粗雑さで張ったからな。あいつが来るとは思わなかったが、まあ結果オーライだな」
緊張を醸す二人の間で、鈴野場違いなほど楽しげに笑みを強める。
まあ実際、もっとやばい相手とか違う魔法少女とかが掛かる可能性もあったからな。
うまーく掛かってくれて安心したぜ。ま、誰が来ても最悪私がどうにでもしてやったけどさ。
「さてムーン。魔法少女として、まず必須なのは──」
「ええい! かくなる上は我が秘奥の一つで──」
「うっさい。今説明中だ。後で相手してやるからふわふわ浮いて待ってろ」
「……はい」
遮るように魔力を滾らせようとしたホイップに、ぴしゃりと一声。
たったそれだけでホイップは黙りこくってしまう。まるで萎縮し、縮こまってしまった犬のように。
「魔法少女の鉄則が暴かず暴かれずだと私は言った。それは魔法少女だけに限った話ではなく、むしろ大衆にこそ当てはまる。何も知らねえやつほど無遠慮に探り、その結果余計な露呈に繋がっちまう。お前も人類の一因なら、それは分かるだろ?」
「……いけないことなんですか? むしろ危機を煽れれば、その分被害を減らせるのでは?」
「ああ、そうだな。この世に善人しかいないなら、それが最善だろうよ。けど現実は子供の幻想ほど甘くない。令和の世に魔法なんて、不可思議なんてもんはない方がいいんだ」
そう語る鈴野の声は少し寂しく、紅色の瞳はどこか遠くを見ているかのよう。
そんな目の前の魔法少女の想いを結月は完全には理解出来ず。
けれどもそれが言葉だけの否定ではないのだと、それだけは何となく察してしまえた。
「つーわけで、周りを巻き込まずに戦う方法ってのをまず教えてやる。一つは今みたいに結界を張る方法。そしてもう一つは、私達が違う世界に行くって方法だ」
その言葉をいまいち呑み込めない結月に対し、鈴野は「見てろ」と声を掛ける。
そして鈴野は地面を強く踏みつけた瞬間、不変であるはずの世界はくるりと裏返ってしまう。。
彼女達が動いているわけではない。けれど確かに、何一つ説明もないのに、結月は認識してしまう。
私ではなく、私の周りがくるりと回ったのだと。そんなわけないのに、私の立っていた世界は回転床のようにひっくり返ってしまったのだと。
「な、何が……」
「おっ、酔わずにいたか。良いね、中々どうして骨がある」
口を押さえつつ、それでもどうにか立ち上がった結月。
そんな彼女を鈴野はけらけらと嗤いながら軽く褒める。
空に浮きながらも動揺のまま、きょろきょろと周りを視線を動かすホイップなる青女と比べながら。
しかし空のあいつ……そう、ホイップちゃん。
魔法少女と交戦経験があるような口振りだったが、鏡界については知らないのか?
まあいいや。ひとまずは結月への説明優先、あいつのことなんてどうでもいい。
「結界ってのは手軽で便利だが、所詮は使用者の力量と敵性体の抵抗で破られる恐れがある。だから大多数の魔法少女が本気で戦闘をする際、ほとんどと言っていいくらいには後者を選んでるはずだ。ま、結界だけじゃ魔法少女本来の責務も果たせねえからな」
「魔法少女の……責務?」
「その辺はまた今度だ。そういうわけで、これが鏡界移動。生き物は映らず、さりとて世界を映すもう一つの世界──鏡界へと移動するってわけだ。……さて、準備は良いか?」
「えっ、あ、はい」
未だ呑み込めず、けれどどうにか受け入れようとしている結月。
そんな少女の空返事ににやついた鈴野は、空へと視線を戻してホイップへと雑な声を投げかける。
「よーし待たせたなホイップちゃん。んじゃ始めていいぜー」
「ホイップちゃんと呼ぶなっ! というか降参で、捕虜として丁重な配慮をお願いしたいんですがっ!?」
「だーめ。まあでも来てくれた礼だ。こいつを、魔法少女ブルームーンを倒せたら私は見逃してやるよ」
空へと響く鈴野の声にホイップは、そして次に結月が追いついたようにまたしても驚きばかりを顔に出してしまう。
ただし結月は不安を、ホイップは怪訝を強く滲ませた表情を表に出して。
「……どういうつもりだ? 我らメケメケ団とこ魔法少女は敵対関係にある。それなのに、貴様は私を仕留めないと?」
「正直お前自体に興味なんてねえしな。今回はやることやったらむしろ帰ってくれると助かる」
鈴野は面倒だと手で払うような素振りをしながら、露呈している小さな魔力をほとんど皆無へと萎ませていく。
「……二言はないな? これで背後から襲われたら私は泣くぞ?」
「やらねえって。というか、その気があんならとっくに墜としてるっての」
戦意はないと、鈴野の言葉をそう受け止めたホイップ。
青肌の女はその答えで顔に余裕を取り戻しながら、依然恐怖を滲ませる青髪の魔法少女を見据えてくる。
まさに一転、弱者から強者へと返り咲くかのよう。獲物を舐るようなホイップの視線に、鈴野は何ともまあ滑稽だと呆れてながら結月へ向き直す。
「んじゃまあ頑張れ。私は手を出さんから」
「お、お姉さん……? う、嘘ですよね……?」
「ベルと呼べ。そして嘘じゃないから頑張れ。なーに、今なら前よかましに戦えるだろうよ」
「む、無理です!! か、勝てるわけがっ……!!」
そんな敵方とは対照的に、表情へ更なる不安を募らせながら声を上擦らせる結月。
どこかの阿呆が見れば嗜虐心でもそそられるのだろう、そんな沈鬱な面持ちで鈴野へと視線を送るが、当の本人はそんな少女の嘆願を容易く流してしまう。
「大丈夫だ。この前とは違う。そう悪いようにならねえよ」
「で、でも……!!」
「でももへちまもない。まあ駄目そうだったらタオルは投げてやるから心配すんな」
鈴野は肩を軽く手を置き、軽く叩いてから跳躍し離れてしまう。
後に残されたのは結月とホイップのみ。あの日と同じ二人だけ、違うのは空の色だけ。
「……同情するよ。あんな鬼畜が同行者でさ。けどさ、だからってこっちを恨むなよ? 元々争いを求めたのはお前ら側なんだからよ?」
「……っ」
まるで捨てられた子猫のように、結月は顔を歪ませながら空を仰ぐ。
そんな少女をホイップは空から見下ろし、少なからずの同情を声に乗せながら翼を大きく開いた。
「さあていくよっ!! 覚悟しなッ!!」
「っ!!」
そしてホイップが滾らせた紫炎の魔力を放ち、そして戦いの火蓋は切られる。
必死に逃げ惑い、魔力の弾を空の敵へと撃つ結月。そんな少女の抵抗を嘲笑うかのように
ホイップの攻撃は凌駕し、より苛烈に地面を焼き焦がしていく。
……そしてそれを、遠くの電柱の上にて座りながら観戦する者が一人。
結月を、魔法少女ブルームーンを見捨てた鈴野は、少し離れた電柱の上に胡坐を掻き、片方の手に懐中時計を持ちながら頬杖を突いてその光景を眺めていた。
「さあどうする? 魔力弾だけじゃ、前回の二の舞だぜ?」
鈴野は煙草の煙のように軽く、力のこもっていない声で戦う少女へと問いかける。
小粒の魔力弾だけじゃまず撃ち敗ける。だがそのまま手を拱いている暇もない。
鈴野にとっては雑魚も同然だが、今足掻いている少女にとっては勝ち目は砂一粒程度の小ささしかない格上なのだ。
……どんな結果になろうとも、恨まれるのは確実か。
だがまあ仕方ない。例えそうだとしても、この戦いはあいつにとって必要なことだ。
名前は決まった。魔法少女として、それは始動であり完成に他ならない。
後は芽吹くか潰れるか、結局のところそれだけでしかないわけで。
どれほど才能があろうと、勤勉であろうとも。
結局、命を懸ける才能ってのは窮地に趣かなければ露見しない。戦う才能がない奴は、早いうちに心ごと折れちまった方がいいんだ。
一度目は無我夢中でどうにかなる。素養を真に測れるのは、少し世界を知った二度目から。
私はそれを嫌というほど知っている。才に溢れながら、恐怖で蹲る目の前でこの目で見てきたのだから。
「そうだ、飛ぶんだ。飛んでなお距離を保つ。近接戦の心得がないなら間合いに入らない。それが何もないお前に出来る、たった一つの戦略だ」
空を舞い、必死に戦う少女を前に、鈴野は届かぬ助言を空へと溶かす。
怯えはすれども怯まない。足掻き模索することこそ小娘の特権と知れ。
かつてあの人に教わった言葉。魔法少女に必要な素養ってやつを、あいつは立派に持ってやがる。
それでいて抗う様は私の想像以上。……もしも大成すれば、きっと私達と並ぶ逸材になるだろうよ。
そしてもし私達の世代にいれば……いや、所詮は考えても詮無きこと。あの十五人で為したあの結果が、私達の限界だったのだから。
そんな風に鈴野が考えていると、魔力の尽きた結月は地面へと落ちていく。
「はあっ、はあっ。くそっ、たった二日だというに、何故こうも安定する……!!」
しかし驚いているが、そいつは当たり前だぜホイップちゃん。
魔法少女にとって名は誓いであり象徴。それがあるとないとじゃ、力の質が違うのは当然なんだ。
にしても二分と三十秒。……ほんと、将来有望で何よりだよ。ブルームーン。
「これで、終わりっ! じゃあねっ!」
息を荒げながらも紫炎を増幅さえ、今にもとどめを刺そうと動くホイップ。
今回はここまでだと、鈴野が懐中時計を懐へと仕舞い、この場に幕を引こうと立ち上がった。
──その瞬間だった。突如飛来した橙の魔力の円盤が、ホイップの魔力を切り払ったのは。
「……へえ、ちょうどお仕事中のやつがいたか」
やられたホイップよりも早く、鈴野はそいつを確かに視認する。
空に弧を描き、やがて飛んできた方向へと帰っていく橙の円盤。
そうして戻ってきた円盤を足で踏み、軽やかに乗りこなす橙髪の少女とその肩に乗るウサギの姿を。
「そこまでよ悪党! この私、魔法少女ミカンオレンジが片付けてあげなくもないんだからっ!」
意気揚々とこの場へ響く少女の声に、鈴野は思わずため息を吐いてしまう。
……何だミカンオレンジって。近頃のネーミングセンスってのはそんなんばっかりなのか?
読んでくださった方へ。
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