1-42いつかのような会話
「ねえ」
「あぁ、はいはい」
次の日のある授業の終了後。まるで熟年夫婦のような阿吽の呼吸で、草壁の呼びかけに対してノートを差し出す。この手のものって僕から草壁に、というのは多分成立しないだろうな。もう何言えば良いか分からないからいいか。
でも意外なことにノートに一瞥くれただけで受け取ろうとはせず、机の上で両手に握ったスマートフォンを見つめていた。
「そうじゃなくて」
「え?」
「……やっぱりいい」
本当に何言えば良いか分からなかった。
とりあえずノートでは無いそうなので引っ込めた。
僕が次の授業の準備をする中で、草壁は再び口を開いてくれた。
「昨日、色々話して」
昨日といえば……そういう話か。
「卯月さんと?」
準備を続けながら知らない体で話す。
草壁は頷いてから呟く。
「分かんなかった。言われた通りで良いのか」
「駄目なの?」
「また同じことになる。また間違える」
怯えていた。試験前でもここまでじゃない。
間違い――あるとすれば草壁と僕が会ってから今なお続く、彼女と木庭の関係とかだろうか。
他にもあったような口振りだとは思う。
でも、僕が思い付いたそれに関しては。
「本当、申し訳ないです……」
「なんで君島が謝んの!?」
虚を突かれたような面持ちだった。
「いや責任負うべきなのは僕だと思いまして」
「なんで君島が責任感じてんの? うちのせいに決まってんじゃん!」
「いやいや、あってお互い様だけど草壁一人のせいじゃないよ」
「無関係な責任まで負わないでよ!」
「やっぱり、前に何か……」
「そうだよ。だから君島はうちの間違いを直そうとしなくていいんだよ」
「確かに、できることは少ないのか」
「できることなんて無いよ。櫓さんとのことだって、うちのせいにすればいいよ」
「櫓……なんの事? 全然心当たり無いけど?」
「別れたって店長が言ってた」
「それは卯月さんが早とちりしただけで……あれ、そもそもなんでそんなことに対して草壁は責任取ろうとしているんだろう……」
「うちは……君島の気が楽になると思って」
「気が楽? 僕の気って重かった? まず草壁は何の責任を取ろうとしているんだろう? 責任ってそもそもどういうことだったっけ?」
大混乱。(二度目)
「だからうちが……なんか違う気がする。あれ、なんだっけ? うちも分からなくなってきた」
草壁も混乱している!(約一ヶ月ぶり)
「あの、ごめん。なんか勘違いしてた。だから――」
言葉が、そこで途切れた。
草壁が言いかけたことはすぐに分かった。
もどかしそうで。
悲しそうで。
それでいてどこか嬉しそうな。
そんな表情を浮かべて僕はまっすぐに目を向けられた。
「バカ」
いつかのような会話を交わして、いつかのように笑い合った。




