1-40できること
木庭と別れ、とぼとぼと喫茶店の元の席に戻った。
「聴いてもいい?」
「あ……。草壁が無理をする理由は分かりませんでした。彼は――木庭は、近くにいない方が草壁のためになると考えて、草壁が来ない日を訊いたそうですから」
「そうなんだ」
卯月さんは短く息を吐いて微笑んだ。
「ありがとう、あの子のために。幸せ者だね。ミラちゃんって」
「え? ……はい。そうですね」
肯定するのはおこがましい気もした。けど、僕と無関係に草壁は幸せ者だ。
「無駄にしたくないな。ミラちゃんが頑張ってきたことも、みんなが支えたことも。そばにあるものでも手を伸ばさなきゃならないものでもいいから、ミラちゃんには幸せを掴んでほしいな」
「卯月さん……」
「あ。あはは……。ごめん、勝手なこと言って。ミラちゃんがどう思ってるかもどうすればいいかも分からないのにね」
偶然なのか見透かされているのか、僕が常に思っていることを卯月さんから言われて気付いた。
どうも僕は、思い詰めた顔になっていたようだ。
「いえ。ありがとうございます。もう少しできること、やってみます」
「うん。私も」
◇
木庭は草壁が僕に好意を向けていることを知っていた。それはあの櫓が本腰を入れなければ分からなかったことだったはずだ。櫓なら木庭が知った経緯が分かるだろうか。そこから草壁の事情の手がかりが得られるかもしれない。いくらするかな……。
「ああ、三百円でいい」
「え? 高めの街の噂程度じゃないですか」
櫓の席の前で軽く驚いた。逆に不審だった。
「なんだ? くれるなら一万でも一億でもいいぞ」
「勘弁してください」
すぐさま百円玉三枚を手渡した。財布を持った時点でうっすら感覚が麻痺している可能性に気付きながらも。
「今回の件で決定的な情報をくれた人物の名前を出してきたから負けてやったんだ。何せの直接聴いたらしいからな。まるでいつぞやの誰かさんみたいに」
「直接? 僕の名前を?」
「はっきり言ったそうだ」
「それはその時の本心……だよね?」
「そうだな。愛想なんて何度でも尽きるよな。特に君には」
棒読みで返された。僕に対する部分だけは楽しげだったけど。
気が変わり続けているのかもしれない。木庭には距離を感じ、僕には冷たさなりを感じて。
でも、もし照れ隠しのようなものだとしたら。
木庭と口に出せず僕の名前を出し、僕と明言できず新城が良いと言ったのなら。
草壁の本心は。
「気付いていたんですか。本当のところに」
「少し残念だ。草壁の件はここが当面の楽しみだったが、思ったより早かった」
僕はこのところの協力関係で櫓の本性を忘れていた。
櫓が行っていたテストのリークは中学三年のころに打ち切られ、当然全体の点は落ちた。それから僕は櫓の本当の目的を聞いた。
自分の情報一つでどれだけの人々に影響をもたらせるか、それを見たかったのだと。
僕は何も言わず、櫓と別れた。




