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1-32喫茶店にて

 そんなパンパシりに行く週間のとある放課後。いよいよ近付いてきた体育祭の準備のため、映像部は久々に学校に遅くまで残った。時間になって幸恵さんも後輩三人も足早に帰ったけど、僕は急ぐ気にはなれずにゆっくりと歩いていた。

 十八時を過ぎたがまだ明るい。日が長くなったことを実感する。気温も心地よい。

 そんな気候から生まれた余裕が手伝ってか、この込み合う時間の喫茶リュヌを訪ねることにした。

 僕は前の土曜日が終わってから、話をしておきたい人がこの店にいた。話というのは、おそらくその人がしているであろう誤解を解くこと。そしてその人が、


「いらっしゃいませ~。ソナくん」


 僕の母親と同級生のはずなのに、どう見ても僕と同年代かそれ以下にしか見えないこの店のオーナー兼店長、卯月さんだ。僕の名前、奏向の上二文字から『ソナくん』。この呼び方は母と卯月さんしかしない。


「あれ? 今日は一緒じゃないの? 振られた?」


 案の定でした。


「そういう風に見てるだろうなって思ってましたよ」


「えー? また~。隠さなくても大丈夫。お姉さんに話して?」


「僕が話すことはその誤解を解きたいってことです……。本当相変わらずですね」


「うん! 見た目も中身も十六だよ!」


「なぜか小六ぐらいの時特にそういう話振ってきましたよね。言われ続ける僕の身にもなってくださいよ」


「その時はソナくんと同い年くらいで良い感じの二人を見ちゃったんだもん」


 多分これぐらいじゃ納得してくれない。何時間かかるだろう……。そういえば何か言いました?


「でも……そっか。やっぱりいいや」


「納得してくれたんですか!?」


「次を見てるってことだよね!」


「あれ誤解解けてない。前が無いから次とかも無いですって」


「ん?」

「……とりあえずアイスコーヒーを」

「はーい」


 卯月さんは振り返り、結わえたポニーテールが揺れた。

 なんか、疲れた。

 僕はカウンター席、一番出入り口に近い一つに腰掛けた。

 カウンター席の奥側にある裏手からは、卯月さんと入れ替わるようにして草壁が出てきた。こうやってここでバイトしている姿も久しぶりに見る。

 こちらが気付いておいて何も言わないのも無視しているみたいになる。そう思い声をかけようとして、僕は固まった。


「ご注文のナポリタンですっ、新城くん!」


 一列に並ぶカウンター席。そこで僕から一番離れたところにいたのが、新城だ。

 危なかった。さっきまで卯月さんと普通の声量で僕は会話していたけど、新城はそのことに気づかなかったみたいだ。今も僕と新城の間には二、三人いるからすぐには気付かれないと思う。


「これ草壁ちゃんが?」


「うん……。まあ、こんな簡単なものでも、このお店の味とはちょっと違うんだけど」


「そうなの? 普通においしそうだけど。とにかく、いただきます」


 草壁が緊張した面持ちで見つめる中、新城が一口食べる。


「うん、うまいじゃん! なんで? これでよくない?」


「よかった~」


 感想を聴いてやっと草壁の緊張が解けたようだった。


「でも良かったの? 実際頑張ったのは草壁さんで、それを俺が労おうかと思ってたのに」


「うん! うちのために頑張ってくれたのは新城くんだし、料理好きだから」


 新城は優しく笑った。

「分かった。じゃあ、ありがたく食べないとな」


 しばらく食べるところを見ていた草壁は、急に手を合わせて謝ってから、いそいそと裏手に戻っていった。

 それからまた入れ替わるようにして卯月さんが出てきた。


「ソナくんにもあるよ、いい季節」


 歌うようにそう言って、アイスコーヒーと一つで十分なガムシロップ二つが置かれた。


 二つとも入れて、僕は当然の感想を呟いた。

「甘い」


 それから僕は草壁に気付かれないよう、速やかに飲み干して店を出た。

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