3-26「美術部ドキュメンタリー ~制作の裏側~」 ☆
「映像部です。撮影に来ました」
ここ美術室に幸恵さんと後輩の子が挨拶とともに入ってきた。
「今日もよろしくね」
隔週で来ていた彼女はもう慣れたものだった。制作過程の撮影はこの完成間近という今日が最終日だ。
「じゃあ撮影しま~す」
単に「撮影」と言っていれば身構える人もいただろうが、幸恵さんの言い方や雰囲気のおかげかあまりそういったこともなかった。それ故に部員たちからも好評だ。ちなみに君島は可もなく不可もなかった。
幸恵さんは一見いつも通りだ。
夏休みほどではないが、それでも前より話すようになった。話題は勉強や家族のこと、部活、お互いのクラスの文化祭の準備。ここはあまり変わらない。
だからこそだった。話の内容が一定で頻度が減ったにも関わらず変化を感じるのは、それだけ表情や口調が変化したからだ。
昨日冴羅さんから幸恵さんの話を聴いた。彼女が今私に話した意図は理解している。最後に言われた願いを聞き入れてもいる。
ただ、わざわざ他人から聴かされるまでもないと思った。
私も自身の中に自己が無いからだ。
夏休みの前、私が彼女に相談を求めたのも、逡巡したのもそれが理由だ。
私は自身の進路について自ら決められなかったが、そこに幸恵さんが現れてくれた。ともすれば的外れな発言は、その実構造を捉えているという点で的を射ていたこと。そこに手がかりを見出だせると思った。
それでも逡巡したのは彼女が私をどう捉えるかが分からなかったからだが、今思えばそれは私と同類だからだろうと感じていた。冴羅さんの話で答え合わせができたのはありがたかったか。
「おお。なんか良いね~」
耳元で幸恵さんの声がした。
「ありがとう」
自分でも意外なほどに深く感情を乗せて答えていた。
「そっか、この絵こんな感じになったんだ」
「下書きの時より伝わるものがあるかな」
「うん。下書きと比べてもそうなんだけど、これまでとも違うかな~って」
「そうか。幸恵さんからはどう変わったと見えるだろうか?」
「それはこう、ひと気があるっていうか」
幸恵さんは力を込めながら教えてくれた。
私の絵は夜の街並みで、その中に人を描き入れてはいないのだが。
絵というものは他者と同様、言うなれば描き手を映す鏡のようなもの。それが私の絵に対する考え方だ。ただし、私の場合は一人で描く絵に自分を含めた特定の誰かを見出だせたことはない。あったとすれば“人々”という抽象的な存在ぐらいだ。
それなら――。
「好きだよ。こういうの」
私は変わっていたようだ。
私は私の描いた夜の故郷の絵を見た。




