第7話
水瀬さんは結局、帰り道の途中だからと、小学校の前まで一緒に帰ってきて、そこから別れた。なんでも、小学生の時にはこの学校に通っていたらしい。知り合いの先生に会ったら恥ずかしいから!と帰ってしまったが。
僕は両親の離婚を機に、中学で転校した口なので、この学校のことはおろか、学区がどの辺までなのかもよく知らなかったりする。話を聞く限り、水瀬さんのご自宅は駅の反対側のようだ。
「・・・おにーちゃーん!」
学校の敷地へ入り、プレハブのような小さな学童に向かうと、すでに準備を終えたのか、玲が靴を履いて外へ出てきていた。
「玲、今日は学校、楽しかった?」
「うん!あのね、みさこちゃんと、ひよりちゃんと、お菓子作りしたの!」
元気に返事をする玲に、それは学校ではなく学童の活動なのでは?と言う疑問を覚えたものの、それをおくびにも出さず、よかったね、と笑いかける。できる兄貴であるためには、スルースキルも必要なのだ。
「あのね、それでね。こんど、お家に二人をさそってもいい?」
「もちろん。こんどの土曜日なら、にいちゃんも家にいるから。なにして遊ぶの?」
「お菓子づくり!ケーキつくってみたい!」
「よーし、にいちゃんがみんなに教えてやろう」
「やった!みさこちゃんとひよりちゃんに、伝えてくる!」
そう言い残して再び建物に戻る玲を追いかけ、僕も建物へ上がる。
舜はまだ友達と遊んでいるようで、問題ないか様子だけ確認し、玲が話しかけている「みさこちゃん」と「ひよりちゃん」をみる。後ろには、お迎えのお母さんたちがきているようだ。
「こんばんは、佐田さん、堤さん」
「あら!庄司くん、こんばんは」
「いつも玲ちゃんには仲良くしてもらって」
僕は弟妹にとって自慢の兄であることを自らに課しているので、当然、二人と仲の良い友達のお母さんは顔も名前も覚えているし、ちゃんとコミュニケーションも取るようにしている。特にこの佐田さん(みさこちゃんママ)と堤さん(ひよりちゃんママ)は、こちらの事情を理解してくれたうえで、応援もしてくれている懐の広いお母さんたちなので、仲良くさせてもらっている。
「それで、土曜日なんですが、みさこちゃんとひよりちゃんをお預かりしようかと」
「ええ、うちの子も楽しみなのかあのはしゃぎようで、ごめんなさいね」
「いつもありがとうね。その日は息子のスポーツクラブに行かないといけないから、何か困ったことがあったら携帯電話に連絡ちょうだいね」
「ありがとうございます。万一、火傷や怪我なんかないように、電子のオーブンがあるので、それだけでできるお菓子を一緒に作ろうと考えているのですが・・・」
大切な娘さんを一時的にとは言えお預かりするのだ、細心の気遣いを払うことを伝えつつ、彼女たちの色の好みをリサーチすることも忘れない。できるお兄ちゃんの心得である。
佐田さんと堤さんと、ひとしきり盛り上がったあと、僕たちはそれぞれの家路に着く。週末に遊びにくるなら、レビューの仕事は週前半に書き上げてしまわないといけない。今日は夕食を少し多めにつくって、明日の夜の調理を減らそうか・・・。
頭の中でそんな予定を立てていると、ちょいちょい、と舜が袖を引いている。
どうした?と問い掛ければ、鼻歌を歌いながらご機嫌の玲には聞こえないように、小さな声が帰ってくる。
「・・・まといにーちゃん、ケーキなんか、つくれるのか?」
「にいちゃんに任せておけ」
そうはっきりと、安心させるように答えてやれば、舜は「ほんとお?」と明らかに疑った目線を向けてくる。信用がありませんね・・・。いや、確かに、お祝いごとにはこれまで、コージーコーナーになけなしのバイト代を貢いでいた僕だ。今現在の時点で、僕はケーキなど焼いたことはない。
しかし、僕のスペックを持ってすれば、週末までにケーキ作りの基礎を習得するくらい容易いことなのだ。
「・・・そうだ、玲。どんなケーキがいいか、玲も気になるだろうから、本屋さんにお料理の本でも見に寄ろうか」
「いくー!漫画も見ていい?」
「ああ、もちろん」
そう、これは、あくまで念の為・・・もとい、玲の勉強のため・・・。
「・・・にいちゃんさあ・・・」
うん、やはり信用がありませんね・・・。
舜は、割と僕が親代わりで試行錯誤していることに気づいている節があるので、こう言うところではいまいち威厳が出てこない。
・・・玲はそうでもないんだけどなあ・・・。
まあそれでも、僕が二人を非常に可愛がっていることはちゃんと理解しているため、僕の矜持を勘案した上で、妹に何も言わないでくれる舜は、やっぱりいい弟なのだ。
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