第5話
「・・・書籍レビュー?」
僕と水瀬さんは、時間潰しがてら大型書店に立ち寄ったのだが、そこで、僕は自分がやっているアルバイトについて彼女に話していた。
「そうそう、ちっちゃい出版社のウェブサイトなんだけど、『じゅーだいレビュー』ってコーナーに書かせてもらってるんだ」
「ええ、すごい!文章載ってるんだ、調べていい?」
そう聞くや否や、スマホで調べ始める水瀬さん。まあ、小さい会社とはいえウェブで公開されている内容なので、止める必要もない。
「えー、結構名作?のレビューしてるんだね、毎月?うわっ、分量結構ある・・・」
そう呟いてガッツリ読み始めてしまった水瀬さん。歩きスマホはダメですよお嬢さん。
このバイトを始めたきっかけは、去年の春のこと。弟妹のために書いていた物語を、ウェブ小説の投稿サイトに投稿してみたところ、意外と好評だった。
最初は勝手もわからず、ついつい本名で投稿していたのだが、その名前から、かつて某出版社の全国読書感想文コンクールで表彰常連だった僕と結びつけてくれた編集者がおり、この仕事を紹介してもらった。(投稿者としての名前は後々本名から変更させられた)。
コーナーの名前は、10代と重大を掛けて『じゅーだいレビュー』となった。
毎月、僕が一冊の本を読み、好きな分量のレビューを書いていくというもので、現金収入としては月額2万2千円と、けして実入のいい仕事ではない。それでも、僕がこれを続けているのは・・・
「・・・担当の人がいい人なんだよなあ」
「ははーん、女の人、だね・・・?」
「まあ、うん、それはそうなんだけどね」
ちょっと機嫌が悪くなった水瀬さんは放っておこう。まあ、このバイトのいいところは、読むために購入した本を、そのまま僕にくれる、ということだった。なんなら、一冊と言わず、シリーズまとめて買っても経費で落としてくれるという太っ腹ぶりだ。
まあ、担当の榎本京子さんが相当頑張ってくれているのだが。
本、それも小学生くらいの子供が読む、児童文学と言われるジャンルの本は、非常に高価なのだ。一冊2−3千円、それが数冊のシリーズものになっていたりする。
僕は、子供の時、当時はまだ血が繋がっていると思っていた父親の影響で、多くの本に囲まれて過ごした。でも、そのほとんどを母親は持ちだしてこなかったし、彼女は子供に本を読ませるタイプではなかった。
本の中の物語は、子供が初めて触れることのできる、世界の広がりのようだと思う。
それは、僕の幼少期において、いや、そこから今に至るまで、僕と言うものを形作る、とても大切なものだ。
だからこそ、お金に余裕があるわけではない我が家だが、舜と玲には、良い物語に触れて育ってほしいと思っていた。このバイトは、僕にとって、まさに渡りに船だったのだ。
そんな背景もあって、僕は毎月、本気で本を選んで、できるだけやさしい言葉でレビューを書いた。文章を書く才能があるとは思わなかったが、年齢なりにはさまざな本に触れてきて、物語が好きだという、その情熱だけは持っていた。だから、ありったけの愛を込めて、とにかく書いた。
僕にとって誰よりも大切な二人に届くように。
そのおかげか、世界各国の名作を中心にレビューした、真新しさのないセレクションにもかかわらず、広く共感を呼んで、小さな出版社のウェブサイトに訪問する人たちの中だけではあるものの、ちょっとした人気コーナーになっていると聞いている。
「・・・まあ、その事情を話した時、京子さんが泣き出しちゃって大変だったんだけど」
彼女は、編集者らしく、感受性が豊かなのだ。
今日僕が本屋に来たのは、今月末の締め切り分の本を見繕いに来たのだ。ここに来る道がすら、そう伝えると、水瀬さんも手伝ってくれると言っていたが。
僕の中で、今日購入する本はもう決まっている。水瀬さんはじっとスマホから目線を外さないので放っておく。
児童文学のコーナーに入り、迷わず、僕は一冊の本を手に取る。
これは、僕の中で、創作活動というものに憧れを抱かせてくれた特別な一冊だ。今年度最初のレビューは、この本に決めていた。
ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」だ。
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