第3話
私たちのクラスには、ちょっと不思議な男の子がいる。
庄司纏くん。部活はやっていないみたいなのに、部活に向かう学生より早く、それこそ学校中の誰よりも素早く教室を出ていく。
ちょっと口の悪いクラスメートからは、最速の帰宅部、なんて言われている。私も半分帰宅部みたいな文芸部なのだが、彼の帰宅速度は実際のところ比較にならない。
去年も同じクラスだったけど、その学年末試験では、なんと学年一位だったみたいで、すぐに帰って予備校にでも行っているんじゃ、なんてみんなが噂をしている。ただ、それは私を含めてごく数人の友人は、彼が歳の離れた弟妹の面倒を見ているからだって、知っているのだけれど。
でもだからと言って、彼が孤立しているわけではない。身長がすごい高いわけではないけど、172−3センチくらいの、細身の体型に、サラサラとした黒髪のショートヘア。細いフレームの眼鏡をかけているのは、見ようによっては冷たい印象を与えてしまうかもしれないけど、清潔感のある、かっこいい男の子だと思う。
褒めると調子に乗って、軟派な発言をしたりしてしまうのは、ご愛嬌か。
頭がいいだけでなく、運動もできるようで、体育祭では結構活躍していた。女の子の人気も高いようで、たまに告白されているという噂も聞いたことがある。まあ、彼の帰宅速度が変わったということもないので、告白を受け入れているわけではないのだろうけど・・・。
でも何より、彼の柔らかな人当たりと、気遣いにあふれた性格から、男女ともに友達が多い。放課後という、青春の多くを占める部分の付き合いがよくないにも関わらず、彼がクラスでしっかりとした立ち位置を確立しているのは、彼の社交性のなせる技だろう。
私も、去年の文化祭の委員を一緒にやった縁で、気兼ねなく話せる異性の友人として、いい関係を築けていると思う。特に、共に創作活動をする同好の士として、仲良くしている。
そんな彼は、2年生に上がって、まだ三週間くらいしか経っていないけど、平常運転。
毎日毎日、最速で帰宅していた。
「庄司くん、珍しいね、今日はゆっくりなんだ」
週初めの月曜日、終業のチャイムがなった後になって初めて教科書をカバンに詰め始めた彼をみて、思わず声をかけてしまった。いつもなら、最後の授業が終わった瞬間にカバンの準備を完了して、終礼と共にダッシュで駆け出していく彼からすれば、異常事態とも言える状況だった。
周囲の学生たちもその異変には気づいているようだが、部活がある学生も多く、皆それぞれに慌ただしそうだ。
「ああ、水瀬さん。うん、今日は、まあちょっとね」
「何か用事?」
「そういうわけじゃないんだけど、ちょっと時間が空いちゃって」
いつもだったら、弟たちの学校にいち早く向かう彼なのだが、どうやら学童で用事があるらしく、今日は6時に迎えに行くとのことで、1時間ほど時間が空いてしまったようだ。
「ねえ、迷惑じゃなかったら、途中まで一緒に帰らない?」
仲の良い友達が、珍しく時間に余裕がある様子を見て。思わず、そう誘っていた。
「デートかな?」
「違う!そ、そういうわけじゃ、別に・・・なんでそんなこと言うのよ!」
「いやあ、周囲に揶揄われる前に自分から処理しておこうかと」
「・・・なんでも思ったことを口にすれば良いってもんじゃないのよ・・・」
はあ、と思わず心の中でため息をつく。この男は、クラスメイトとして付き合う分には、ちょっと不思議、くらいですむのだが。ある程度、仲良くなると一気に摩訶不思議、くらいまで扱いずらさがランクアップするのだ。
「庄司くん、黙ってたらカッコいいのに・・・」
「やめて照れる」
「・・・はあ」
全く照れる風でもなく、脊髄反射的な速度で返すマイペースな彼の様子に、私は誘ったことをちょっと後悔し始めた。
でも、後になって思い返せば、これが、私が庄司くんの家族に大きく関わることになるきっかけだった。
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ちなみに、水瀬瞳ちゃんは、文芸部で詩を書いています。