第2話
「まといにーちゃん、きゅーしょくぶくろどこ!おはし、はいってない!」
「おにーちゃん、たいそうふくがない!れんらくちょう、かいてくれた?ハンコおしてないじゃん!」
僕らの朝は、二人の元気な声から始まる。まあ、僕は家事のために朝6時くらいから動いているのだが、話す相手もいないので、僕の1日は二人が起きてくる7時半からだ。ただ、それまでに全員分の朝ごはんを作り、自分の弁当を用意し、朝のラジオ英会話を終わらせる。優れた兄となるため、僕は努力は欠かさないのだ。
「舜、給食袋は舜の机の上に置いてある!箸はこれ持ってって。玲、体操服、昨日洗濯に出し忘れたでしょ?予備のやつがタンスの引き出しにあるから、それ持ってって。二人ともハンコ押すから、連絡帳もう一回見せて!」
やいのやいのと騒ぐ二人の相手をしながら、自分の準備を進める。
この生活も既に3年目の春を迎え、二人は小学校5年生に進級した。僕も高校2年生だ。これまで、二人には親がいないことで多くの苦労をかけてしまっているが、真っ直ぐ素直な子たちに育ってくれている。
正直なところ、この生活が始まったばかりの頃は、僕も受験があり、いくら成績優秀な僕とは言え、慣れないことばかりで随分と苦労した。舜も玲も、僕に懐いてくれてはいたが、大黒柱として頼ってくれるかというと、そうでもなく。近隣の皆さんからの信用も、理解もなかった。
数少ない気にかけてくれた大人のサポートにより、引越しや転校を経て、そしてアルバイトではあるものの、母の遺したお金と合わせて、当座の生活をまかなうだけの資金をえるすべを、ようやく、なんとか整えることができた。
「ほら、二人とも行くよ」
二人を、最寄りの小学校が見える通りまで送りながら、ついつい感傷的になってしまう。
いけない、僕が遅刻するわけには行かないと、自分の高校へと足を向ける。
僕の通学路は、最寄り駅からわずか3駅という短さのため、どんなに電車のタイミングが悪くても、徒歩を合わせて30分以上かかることはない。というか、二人の送迎ができる距離の中から高校を選んだのだから当然だが。
僕は自分自身に対して、二人の兄として高いハードルを課している。勉学にも手を抜かないし、部活をやる時間は流石にないが、基礎的な運動は欠かしていない。その上で、小学校の学童が二人を最大で6時まで預かってくれるので、できるだけクラスメイトとの交流にも手を抜かないようにしている。毎日のように放課後遊ぶことはできないが、去年の文化祭などは実行委員まで務めた。まあ、それは二人を文化祭に連れて行きたかったから、二人が楽しめるものにしようとした結果ではあったのだが。
だから、僕は基本的には優等生として通っているし、事情を知っている先生方からは、今では応援もしてもらっている。そんなことだから、僕は決して遅刻はしないと決めている。
「庄司くん、おはよう!今日もかっこいいね!」
「ああ、水瀬さん、おはよう。照れるなあ」
通学路で明るく声をかけてくれたのは、同じクラスの水瀬瞳さん。昨年も同じクラスで、同じ文化祭委員をやったことでよく話すようになった。けして化粧やファッションが派手なわけではないが、どこか涼やかな雰囲気がある、ちょっと目をひくような女の子として学校でも人気がある。
ちなみに、僕が特別かっこいいわけではない。僕は二人の兄として、清潔感には気を配っているし、本来内向的な性格なので、意識的に人当たりの良さにスキルを全振りする感覚で生きている。
彼女とは結構仲が良く、僕がこう言う人間だと言うことをある程度知っているので、その頑張りに免じて、このように口に出して褒めてくれているのだ。
このことからわかるように、僕の視点から言わせてもらうと、彼女の1番の魅力は、その察しの良さとそれを余すところなく活用した社交術だと思う。
彼女は、自分を含めたみんなの立ち位置というものをよく理解していて、クラスの輪を乱すことがないように、いつも周囲に気を遣ってくれている。あまりクラスの放課後の交流に参加しない僕にとって、その社交術は見習うべきもので、心の中で師と崇めている。
また僕は、最近まで、二人にせがまれて自作の物語を書いて読み聞かせをしていた。水瀬さんも文芸部で創作をするようで、そう言った方向でも意気投合した仲間である。
僕がもう少し捻くれていなかったら、ぜひともお付き合いを申し込みたいぐらいには、彼女を好意的な目で見ている。
「いやあ、今朝も水瀬さんを拝めるとは、眼福眼福」
「何よそれ、クラス一緒なんだから毎日みてるじゃない。それに、庄司くんならいつでも歓迎だよー?」
こんなふうに、自分のキャラじゃないような小悪魔的な発言も、僕の会話のテンポに必要だと思ったら放り込んできてくれるサービス精神も持ち合わせている。女神かな?
僕の友人としての好意は、いつの間にか信仰にまで昇華されていたようだ。
「水瀬さんって気遣いの鬼だよね」
「鬼はちょっと可愛くないね」
「じゃあ気遣いの女神で」
「・・・まあ八百万のうちにはそんな担当の神様もいるかもだけど」
僕のくだらない冗句にも付き合ってくれるし、打てば響く反応を返してくれる。女神だな(確信)。
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ちなみにですが、纏くんは、こんな環境で、不運だったと思うことはあっても、自分を不幸だとは思っていません。