第15話
『かなみ、覚えておきなさい。わしがそうだったように、人との縁を保たない、ということは、ある意味で非常に簡単だ。むしろ、しがらみから逃げるためには手っ取り早い自己防衛の手段だ。いっぽうで、つながりを維持することは難しい。心を砕いて、言葉を尽くして、時にはさげたくない頭も下げなければならん。愛情がなくてはできんことだ』
葬儀から随分と経って、いつだったか、父と酒を飲む機会があった時、父はあたしにそう言った。その頃には、私も人生に対する態度を改めようと努力を始めており、教師という仕事が面白く思え始めたのもそれくらいからだった。
初めての進路指導に悩み、大学で教鞭を取っていた父にそれとなくアドバイスを求めたことがきっかけだっただろうか。
『あの葬儀の日。それを、年端もゆかん弟たちのために、纏は立派に、その姿勢で示してみせた。それがどれだけ難しいことか。その意味を、一人の大人として、よく考えなさい』
その当時にはもう、あたしはまといくんのことを認めていたし、娘の説教に孫を引き合いに出す、父の孫ばかっぷりに思わず笑ってしまいそうになったが。だからだろうか、父の言葉は、今でも耳に残っている。
ーーーーー
「だから、あたしも叔母として、何かしてあげたいと思ったし、ちょうどまといくんたちが引っ越し先を探しててね。あたしの目の届くところなら、ってことで、まといくんはうちの学校に進学したってわけ」
その辺りの事情をかいつまんで、未だに全然受け入れられていない様子の水瀬さんに、少しずつ説明する。
彼の母親は他界しており、元父親は勘当されているので、実際の血のつながりがあるのは、あたしと、あたしの両親だけになる。
そして、まといくんと血のつながった相手は、残念ながら、一人もいない。
「まあ、水瀬さんにしても、急にこんなこと言われても理解が追いつかないとは思うんだけど。あたしが彼の身元引き受け人をやっているのは、罪滅ぼし的なところもあるのよね」
もしくは、やり直しの機会をくれた、どこまでも優しい彼への感謝からだろうか。
「でも、どうして、私にそんな話を・・・?」
「うーん・・・まあそれは微妙なところでもあるんだけど。一番は、知っていて欲しかったのかな?水瀬さんだって、ある程度、彼の家庭環境が特殊だってことは薄々勘づいていて、それでもお手伝いを申し出てくれたわけよね」
違う?と問いかけると、案の定、しっかりとした返事が返ってくる。
「そもそも、今日の遭遇は予想外だったけど、うちに呼ぶ以上、あたしといずれ出会う可能性ってゼロじゃないし。バレる可能性も当然考慮してただろうし、多分、それだけあなたのことを信頼してるんだと思うのよね」
反面教師が沢山いたからか、人との付き合いは誠実な子だから。あ、水瀬さん。顔赤くなってる。反応かわいいなあ・・・。
「まあ、あなたたちの関係がこれからどうなるにせよ。まといくんが心から頼れる大人って、こんな状況だから、誰もいないのよ。無責任な話なんだけどね」
「・・・そうなことはないと思いますけど」
水瀬さんはそう否定してくれるが。私が書類上の保護者が割を引き受けるのだって、父が不動産探しなどに奔走したのだって。確かに、助けることにはなっているが、そもそもが彼が背負わなくてよかったことなのだ。
「きっと、まといくんは心から、舜くんや玲ちゃんを可愛がっている。でも、誰かを守りつづける彼を、守ってくれる人は誰もいないの」
それに、父の言葉を借りれば、彼はもう、覚悟を決めた一人の男だ。誰かに守られるようなことは彼自身が許さないだろう。彼の中で、大事な弟妹の人生を誰かに委ねるなんていう発想は既に消え失せているはずだ。
「だから、あの子が擦り切れてしまわないように。あの子と同じ視線で、分け合ってくれる仲間が必要だと思ったのよね」
ーーーーー
・・・思いがけず、随分と重い話をされてしまった。というのに、半ばノックアウトされた私を尻目に、椎名先生は、自販機で買った缶コーヒーを私に押し付けてさっさと帰ってしまった。
『あたしから話しといてあれだけど、あたしから特にお願いすることはないわ。したらパワハラとかアカハラになっちゃうし。それに、まといくんも、話していいと思う時が来たら、彼の視点から話してくれると思うから。今の話を聞いても、まだ彼と友達でいてくれるなら、ちょっと待ってあげてね』
そう、言い残して。
色々と考えないといけないことが山積みになってしまった気がするが。
「・・・明日、お菓子作り寝坊しないようにしないと」
私は、私ができることから、やっていこう。
庄司くんのことをもっと知りたい、助けになりたいと思った気持ちは、本物なのだから。
お読みいただきありがとうございます。励みになりますので、ブックマークやコメント・ご指摘など、よろしくお願いします。感想などもいただけましたらぜひ参考にさせていただきます。




