第13話
「・・・まあ、そんなこと言っても。あたしって先生だから、多分立場的にあんまり、生徒のプライベートを、他の生徒に話すのできないのよね」
あたしは、まといくんたちの部屋を出たあと、水瀬さんを送るついでに、少し、まといくんの家庭のことを話しておこうと思った。まあ一応、教師だし大人だし、あまり彼のプライベートに踏み込みすぎないくらいで。
そう、思っていたのだけど。あたし自身も、誰かに話したかったのか、口から滑り出てくる言葉の数々を、あたしは止めることができなかった。
「・・・あたしの兄がね、数年前に不倫して離婚したの。あれ、離婚してから不倫が発覚したんだったかな?まあどっちにしろ、その息子が、まといくんでね。まあ、まといくんのお母さんも不倫しててね。実際のところ、うちの兄とまといくんは、血が繋がってないんだけど」
「ちょ、ちょっと待ってください、追いつかないです・・・不倫?ダブルの?え、じゃあというか、椎名先生は庄司くんとは・・・?」
「まあ、血は繋がってないよ」
「・・・?」
「舜くんと玲ちゃんは、血が繋がってるけどね」
それでも、3人ともあたしの甥っ子・姪っ子だと思ってるよ、と付け加えるも、完全に処理能力を超えたような水瀬さんの反応を見て、まあそういう反応になるよなあ、と改めて思う。
あたしは実際のところ、兄の離婚まで、兄夫婦とはそこまで緊密だったわけではないので、そこまでの過程はよく知らないのだが、彼を取り巻く環境は複雑で、ちょっとおかしい。
いや、他人事のように話すのはやめよう。あたしを含めて、彼の周りの大人という大人が、皆、それぞれに自分勝手だったのだ。そこに、まといくんが責を負うべきことは何もない。
それでも、半分とはいえ血を分けた弟妹を見捨てるには、彼は優しすぎた。
だから、彼は誰よりもしっかりと自立した、大人になるしかなかった。
当然、年齢的なこともあり、正式に親になれるわけもないし、彼はどこまでいっても高校生の少年にすぎない。
それでも。
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『厚かましいお願いですし、こんな時にする話ではないことは承知していますが、どうか孫二人のために力を貸してください』
彼の母親の葬儀に、複雑な思いを抱えながらも、顔を出した私の父に頭を下げるまといくんの姿を見て。どうしようもなく胸を締め付けられた。
うちの両親は、孫三人を、というか、中でもまといくんを気に入っていた。初孫ということもあったのだろうが、椎名の家の未来の跡取りとして、厳しく接しながらも、彼が遊びに来るとわかると数日前からソワソワし出すくらいには、溺愛していた。
嫁が不倫していたとわかった時には激昂し。しかし、自慢だった息子もまた家族を裏切っていたと知り、悲嘆にくれ。振り上げた拳の行き場はなく、可愛がっていた初孫は、血が繋がっていなかった。
平和だったはずの家庭に、定年後に降って湧いた破滅に、私の両親はほとほと参っていた。そんな失意の毎日を無為に過ごすなかで、まといくんの直筆で認められた葬儀の連絡が届いた。
本当に行くべきか、葛藤もあっただろうが、せめて一目だけでも、と夫婦連れ立って訪れた二人を待っていたのは、せめて血のつながっている弟妹だけでも支援してほしいと、人のために頭を下げられるまでに成長した、孫の姿だった。
喪主として、数は多くないものの集まってくれた大人たちに一人一人感謝を述べて周り。お急ぎでなければ、と案内された控室に、一人で現れたまといくんは、両親に深く頭を下げて頼んだのだ。
その時の父親の心境は如何程だったろうか。
息子夫婦がうまくいかず、息子も勘当したとはいえ。まといくんには罪はないし、彼を可愛がってきた時間は本物で。ずっと気にかけてきた存在だ。そんな彼が、自分以外を支援対象に願うのは、どこか距離を取ろうとしているようにも見える。
しかし、まといくんは、人の機微というものに鈍感な人間ではない。それでも、支援の対象に自分を入れなかったのは、もちろん打算もあるだろうが、まだ彼ら元孫を気にかけたいと思ってくれている場合に、助ける口実を与えるために。
そして、そのお願いの場に舜くんや玲ちゃんを連れてこなかったのは。たとえ断ったとしても、その姿を二人の孫に見せなくて済むように。
優しいおじいちゃん、おばあちゃんで居続けられるように。
険しい顔でいくつか質問を繰り返した後、出されたお茶を口に含んだ母と、二、三言葉を交わした父は、「好きなようにやってみなさい」と支援を約束した。
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