校長
『ダンジョン攻略』が終わって次の休みの日、俺は転移の指輪の力を使いイリエステルの下を訪れていた。
「ふぅ、ララ出て来てくれ」
『了解ッス』
腐敗領域の中に着いてすぐにララに実体化してもらい、実体化したララが腐敗しないように手を繋いだ後に小屋の扉を開けた。
小屋の中にはイリエステルが既にテーブルと二人分の椅子を用意して待ってくれていた。
イリエステルは俺が小屋の扉を開けた音を確認すると此方へ顔を向け、パタパタと駆け寄って来ようとしていたが俺がララと繋いでいる手の部分へ目線を移すと途端に不機嫌そうな表情に変わっていき、ララと繋いでいない方の手へとその手を伸ばして来た。
「………なにしてるんスか?」
「……私の呪いで迷惑をかけるわけにはいかない。私がエデルと手を繋ぐ」
「気にしなくていいッスよ。あんたはいつも通りベッドの上にでも腰掛けていればいいと思うッス」
「……?貴方には言ってない」
「は?」
「私の呪いのせいで虫を握らなきゃならないエデルが可哀想だから私が手を繋ぐ。そしたらエデルがわざわざ虫に触れずに済む」
「………ふーん、そうッスか。ならアニキの為にも急いでこの場から離れるッスよ。そしたらアニキは誰とも手を繋がずに済むッス」
「は?」
「は?」
………どうしていつも二人とも喧嘩腰なんだ。
別にこれが魔法学校に入学して初めてイリエステルの下を訪れたという訳ではない。俺は極力イリエステルが孤独を感じずに済むように休日の度にここを訪れている。
そしてその度に二人の喧嘩が始まってしまう。この世界でも数少ない、永遠の生命を持つ者同士仲良く出来ればと思い毎回ララに実体化して貰ってここに連れて来ているが結果は著しくない。
「………まあいいッス。とりあえず座りましょうかアニキ」
そういうとララは繋いでいた手を自ら離し、イリエステルが用意していた二つの椅子をピッタリとくっつけて、俺に片方の椅子に座るように促して来た。
流石に家主(?)であるイリエステルを立ちっぱなしにさせる訳にはいかないのでテーブルをベッドの横に移動させて椅子もテーブルを囲むように配置して二人に各々の場所に座るように促した。
「二人共喧嘩の前にまずはお互いとの会話を試みてくれ」
毎回、二人の喧嘩で時間を費やし会話という段階まで行けたことがない。だから今日こそは二人に同じテーブルを囲んで貰い、何かしら共通の話題を見つけて貰おうと心に決めていた。
「えーっと、じゃあまずは近況報告からだ。『ダンジョン攻略』っていう行事で……」
二人の会話のとっかかりになる事を期待して『ダンジョン攻略』の話を切り出した。
「…………そんな感じでララのおかげでなんとか『ダンジョン攻略』で二番目の成績を取ることが出来たんだ。だからララが居なかったら『状態異常封じの腕輪』を諦めなきゃならなかったかも知れない」
こんな感じで話せば二人の会話のネタもそれなりに出来ただろう。
「これからもどんどんララを頼っていいッスよ!」
「私の為にありがとう……エデル」
……うん、俺にじゃなくてお互いに話しかけてほしい。これじゃあ、三人で会話しているというより俺一人が各々と会話しているとしか表現出来ない。
結局、その日も俺の願い虚しく二人が穏やかな態度で会話する事は無かった。
「あ、ジョン殿……戻って来たでござるか。良かったでござる」
イリエステルへの近況報告を終えて、魔法学校の寮の部屋に戻ってくるとヒサメが話しかけて来た。
「先ほどこの部屋にアドルフ校長が訪ねてこられてジョン殿への伝言を頼まれたでござる」
どうやら俺が不在の間に校長先生が俺を訪ねて来たようだ。そしてヒサメは言伝をあずかり、それを伝える為に俺を待ってくれていたようだ。
「……伝言?」
「うむ、伝言の内容はこの伝言を聴き次第校長室に来て欲しいといった内容でござった」
校長室に………?いったい俺に何の用なんだ?
「………分かった。向かってみるよ」
正直気が乗らなかったが、俺が行かないとヒサメが俺に伝言を伝えてないのではないかと疑われかねない。行くしかないだろう。
「失礼します。特別寮所属一年ジョン・ドゥです」
「よく来たの。中に入るのじゃ」
校長室の中は様々な物が雑多に置かれていて、校長室というよりは小さな雑貨店と表現したくなるほどに物が溢れていた。
「……伝言を聴いて来たんですけど」
「うむ、君に二つばかり要件があっての…………その要件というのは謝罪とお礼じゃ」
謝罪……?お礼……?
「まずは謝罪からじゃ。先日の『ダンジョン攻略』では君達ジョン・ドゥ班の入るダンジョンだけ他の班のものとは比べ物にならぬほどに難易度の高いものとなっておった。当校の教職員の管理が杜撰だったから起こったミスじゃ。ここに謝罪させて欲しい」
アドルフ校長は一生徒である俺に頭を下げて来た。
「ちょっ、頭を上げてください」
あれはきっとアゾーケントの仕業だろう。結果発表の時の態度から見ても明らかだ。ヒサメ達もその予想に同意していた。だから校長に謝ってもらう事なんて何もない。確かに『ダンジョン攻略』を担当していた職員がしっかりと確認していれば防げたかも知れないことかも知れないが、アルバァス校長は一番遅く戻って来た俺たちに独自に加点をして二位という扱いにしてくれた。むしろ感謝しているくらいだ。
なので此方に文句は無いという事を伝えて頭を上げて貰い、この件は終わりにして貰った。
「それと個人的に君にお礼をしたいのじゃ」
「お礼……ですか?」
「入学式の次の日に、平民の出という身分がばれて暴力を振るわれていたあの子……ヘンリーを助けてくれたそうじゃな。そればかりでなくヘンリーを班に誘ってくれたと聴く。遅くなってしもうたがどうか儂の感謝の気持ちを受け取って欲しい。あの子の保護者として深く感謝する」
アルバァス校長は先程の謝罪の時よりも更に深く頭を下げて来た。そういえばヘンリーは校長に引き取られて育てられたとヒサメが言っていたな。
「いや、そんな……むしろ俺の方がヘンリーに助けて貰ってばっかりで……」
あの入学式の次の日の……ヘンリーがアゾーケントに暴力を振るわれていた時のことは俺も何であんな突飛な行動を取ったのかあまり覚えていない。
それにヘンリーは『ダンジョン攻略』でもララに頼りっきりだった俺よりも遥かに貢献度が高い。助けられているのは俺の方だった。
「………少し昔話をしても構わんかの」
「……」
俺は無言で頭を縦に振った。
頭を上げた校長は遠くを見るような顔でヘンリーと出会った時の話を始めた。
「儂がヘンリーと出会ったのはまだあの子が赤ん坊だった時じゃ。十五年前に儂は一人の強大な力を持った魔法使いと戦っておった……………」
「漸く追い詰めたぞ。もう諦めろ」
「ハァ………ハァ……………まだ私は諦めるわけにはいかない!!この世に存在する魔法使いを全て滅ぼすまでは!!」
老いた魔法使いに追い詰められていた若い女の魔法使いは、最後の抵抗として小さな炎魔法を撃って来た。もう女には魔法を使う魔力も残っていないと思い油断をしていた老魔法使いはその残り滓のような小さな魔法に気を取られてしまった。
女はその隙をつき人の多い貧民街の方へと逃走していった。
男は急いで女の魔力を追い、とある民家に辿り着いた。
民家の中には惨状が広がっていた。
まず男が入口で殺されていた。
家の中に入っていくと次に、入口で死んでいた男の妻と思わしき女と女魔法使いがお互いに血を流し倒れていた。
二人とも心臓が止まっていた。
男は女魔術師をみくびっていた事を後悔した。自身の油断のせいでこの家の者達を殺してしまったと。
男が罪悪感に苛まれていると女の死体の下から赤子の泣き声が聴こえてきた。
「儂の油断のせいでその子がこれから溢れるほど貰っていたであろう両親の愛と両親の思い出を消し去ってしまった。儂はせめてもの罪滅ぼしに名も知らぬその子を引き取り育てた。それがヘンリーじゃ。しかしあの子の両親が死ぬ原因を作った儂が家族として接するわけにもいかぬと、あくまで後見人として面倒を見ておったのじゃが………まさかこの学校の貴族主義がここまで酷いものとは気づけなかった。あの子に潤沢な魔力があったから良かれと思って入学させたのじゃが………本当に君には感謝しておる」
「ヘンリーにそんな過去が………」
「じゃから君に礼をしたい」
「礼?」
「そうじゃ。君に一つ魔法を授けたい」




