例えどんな姿になろうとも 〜レフィア視点〜
……彼がリフィアを殺してしまったと勘違いして、取り返しのつかない事をしてしまったあの日の事は今でも鮮明に覚えている。
彼が森の向こうへ逃げて行った後に妹から真実を聴いて、自分も彼を追い掛ける為に『腐敗領域』に入ろうとした。だが周りに居た村の人達に押さえつけられて、妹を一人にするなと説得され彼を追い掛ける事と自死を選ぶ事を諦めるしか無かった。彼が命を懸けて救ってくれた妹を、私が見捨てる訳にはいかなかったからだ。
そして数日と経たずに妹を連れて村を離れた。私も妹も村にいると思い出してしまうのだ。彼との思い出を。
私達が向かった先は王都だった。そして、もともとこの時期に村を離れる予定だったレグスと共に王都で冒険者登録をして二人で活動していた。
私は生まれた時から魔法が使えた。だから王都で冒険者として私と妹の二人分の生活費を稼ぐ事が出来ていた。
彼の事を考えなくてに済む様に次から次に依頼を受けている中で、かつて王都にあるお城の様に大きな魔法学校の校長を務めていたという老人の家に訪れる機会があった。
その老人は私を見るなりしつこく弟子入りを勧めてきた。最初はその誘いに全く興味が無く、どうやって断ろうかと考えていた。
私がこの老人に弟子入りしてしまったらその間、妹の事は誰が守ってくれるのだろうか?自分のせいで彼を失った今、私に残されているものは妹だけなのだ。自身の魔法の才能なんて今更どうでも良かった。
だが老人のある一言でその意思が揺らいだ。
老人からの誘いを断る際に、もし教えてもらう魔法の中に死者の蘇生か、状態異常……とりわけ腐敗状態にならなくなる魔法があるのなら考えると私が言うと老人はそんな魔法は存在しないと言った。無機物に不壊効果を付与する魔法は有っても、人間に罹った『七つの厄災』の振り撒く状態異常をどうにか出来る魔法は無いと。
分かっていた………分かりきっていた上で断る為に言ったのだ。一抹の希望と共に。
しかし老人は続け様に言った。マジカルヤマダ魔法学校の宝物庫にある『状態異常封じの腕輪』を装備した状態なら腐敗状態にならずに済むと。そして自分に弟子入りするならその腕輪を必ず手に入れさせると。
正直、その腕輪がどうしても欲しかった。今も彼の亡骸は『腐敗領域』の何処かにあるだろう。たとえ自己満足と言われようとも彼を迎えに行きたかった。彼はあんな場所で一人で死んでいい人間では無かった。それで私の罪が消えるとは思っていないが、ただただ彼を一人にはしたく無かった。
だから今すぐにでも老人に弟子入りさせてほしいと言いたかったが、自分にとって今一番優先しなければならない事は妹のリフィアの事だと己の気を引き締めて、提案は大変魅力的だが自分には守らなければいけない妹が居るからと言って結局断った。
すると老人はその妹もここに連れてくると良いと言ってくれた。君の妹なら同じ位の魔法の才能があるだろうから、まとめて面倒を見ると。
その日はすぐに家に帰った。そして妹にその話をした。妹の事は本当に大切だ、だが彼を迎えに行きたいという気持ちも本物なのだ。
妹も彼ともう一度会いたいと言ってくれた。だから一緒にその老人に弟子入りしたいと。
早速次の日に妹とレグスと共にもう一度老人の家を訪ねた。
しかし妹を一目見た老人は首を横に振った。
妹には魔法の才能が無かった。
代わりに膨大な法術の才能があるが自分ではその才能を伸ばしてやる事は不可能だ、神聖国の教会に勤めている知り合いに紹介状を書いてやることぐらいしか出来ないと言われた。
やはり彼の事は諦めるしか無いのかと思っていると、妹が老人に紹介状を書いて欲しいと頼み込んでいた。
私が妹の行動に驚いていると、妹は私の足枷になりたく無いと言ってきた。
私は妹を足枷になんて思った事は無かった。むしろ私にとってたった一つ残った宝物なのだ、一人で隣国に行かせるなんて事を許可できる訳なかった。
私は必死で妹を説得した。だが妹の意志は固い様だった。
諦めずに説得をしているうちにレグスも自分が妹について行くからと言い出した。
結局私が弟子入りして魔法学校を卒業するまでの間、妹は神聖国の教会で神官見習いとして面倒を見てもらうことになった。
そうして師匠に弟子入りして無事に魔法学校に入学する事が出来た。
そしてこの魔法学校で、魔競技を始めとした成績に関係する催し事で上位を取り続けて、必ず『状態異常封じの腕輪』を取らなければならない。
そう意気込んでこの学園で三日ほど過ごしてみたのだが殆どの生徒にとっては成績などどうでもいいことの様だった。
「すごいじゃない!入学してすぐアゾーケント様から班に誘われるなんて!将来は大臣夫人ね!」
今私に話しかけているのは私が所属する事になったイフリート寮の、同じ部屋に住む事になった女生徒だ。
「そんな事ないわ、多分彼は私が前校長の孫娘だから戦力になると思って誘っているだけよ」
このマジカルヤマダ魔法学校に入学するにあたって師匠から一つ忠告を受けた。もし貴族でないものが魔法学校に入ってしまうと途端に迫害の対象にされ『状態異常封じの腕輪』どころじゃ無くなると。
だから師匠に苗字を貸してもらった。今はレフィア・マクスウェルと名乗っている。
あの高圧的な男子生徒もそんな感情では無く純粋に戦力として私を誘っただけだろう。
「え〜?そんな事ないと思うけどなぁ〜。大臣の家系に生まれた様な人があんなに緊張して誰かに接するなんてそれは恋以外あり得ないわ!」
緊張?高圧的な態度だとは思ったが緊張してる様には感じなかった。それにもし彼女が言うような感情を持たれてたとしても困る。彼以外の男なんて全部同じ顔にしか見えない。そんな中で周りに高慢な態度で接していた彼に好意なんて持ちようがない。
「そんな事より、彼の班は強いの?魔競技で上に入る事は出来そうなの?」
頭の中には目的を達成する事しか考えてなかった。例え嫌悪感を感じる人が作った班であっても魔競技で上位に入る事が出来るのなら誘いを了承するつもりだった。
「あー、強い人達が集まってはいるみたいだけど………肝心のアゾーケント様は決闘で負けてしまったみたいなのよね……」
「決闘?そういえば初日に貴方に誘われたわね。まさかあの決闘のこと?」
「あー、そういえばレフィアは決闘を見てないんだっけ?」
「見てないわね」
初日に、一緒に決闘を見に行かないかと誘われたが断った。呑気に娯楽目的での決闘の観戦なんてやってる暇は無かった。私は卒業さえ出来ればいいという訳にはいかなかったからだ。
だがそうか……あの男子生徒は負けたのか……ならばしっかりと誘いを断った方がいいだろう。
「でもあれは相手が悪すぎたわ。誰も相手がエンシェントドラゴンを召喚するなんて思っても見なかったわよ」
「エンシェントドラゴンですか!?一体対戦相手は誰だったんですか!?」
もしその人と同じ班に入る事が出来るのなら宝物庫にぐっと近づく事が出来る!
「えっ?対戦相手?……確か特別寮のジョン・ドゥって名前だった筈…………」
「ジョン・ドゥですか」
同じ班に入れてくれないだろうか。これでも私は同年代の中では魔法の腕は抜きん出ているはずだ。特別寮ということはその人も魔競技にしっかりと取り組むはずだ。ジョン・ドゥの目的が『状態異常封じの腕輪』でもない限りは入れてくれるだろう。
「えぇ間違いないわ………あ!まさかレフィア、そのジョン・ドゥの班に入ろうとしてるの?絶対にやめた方が良いわよ。ジョン・ドゥの魔力を見たけどドス黒い色をしていたわ。あれは間違いなく極悪人の類いよ。それにジョン・ドゥの班はアゾーケント様が圧力を掛けると思うから上位の成績を狙うのが難しくなると思うわ」
「だからレフィアは成績上位に入りたいならアゾーケント様の班に入るべきよ!何よりアゾーケント様には権力があるからね」
「………考えてみるわ」




