どんなに叫んでも仲間は助けに来ないぞ!
「それは………私がその『悪滅の雷』だからっス」
この女の子は何を言ってるんだ?
『悪滅の雷』は確かにこの手でとどめを刺した筈だ。
それに何より見た目が全く違う。『悪滅の雷』は様々な生物が融合したかのような嫌悪感を煽る見た目をしていた。決して華奢な女の子のような見た目では無かった。
ただの嘘だと、この謎の女の子の冗談だと思いたかったが冗談だと一蹴するには決して他の人間が知りようが無い事を知っているようだった。
『悪滅の雷』と戦う時にイリエステルは確かに周りに人は居ないと言っていた。だからこそ俺もイリエステルの手を離したんだ。
他に考えられる可能性としてはイリエステルが持っている水晶の様な、遠くを見る事の出来るナニカを持っているとかだろうか。
「あ〜!もしかして信じてないッスね?ならこの姿ならどうッスか?」
目の前の女の子の姿が別のものに変わった。
「その姿は………」
そしてその姿には見覚えがあった。俺がこの手で剣を刺した『悪滅の雷』の魔族の女性を象った部分と同じ見た目をしていた。
「これで信じてくれました?」
とどめを刺すときに見た、涙を流していた姿とは打って変わってドヤ顔で尋ねてきた。
「まさか本当にあの『悪滅の雷』なのか………?」
倒せていなかったのか………?
「そうっス」
彼女が本当にあの『悪滅の雷』だったのだとしたら何故今、俺の目の前に現れたのだろうか。もしかして
復讐…………?
一番可能性の高い理由に思い至った直後、俺はベッドの横に立て掛けてあった剣を取り、構えた。
なんでよりによって俺が聖剣を手放した後に………!
いや、むしろそのタイミングを狙ってきたのか!?
あの剣が無くなった今、『七つの厄災』に対抗できる方法は完全にイリエステルだけに限定されていた。
だがいつもなら俺が危機に陥ったときは自ら召喚され駆け付けてくれていた彼女は未だ現れていなかった。
流石に夜中はイリエステルも眠りについているのだろうか。
イリエステルには申し訳ないがこちらから彼女を召喚しようと『召喚の指輪』に意識を集中させ彼女を喚んだ。
「すまない、来てくれイリエステル!!」
だが彼女は召喚されず、部屋の中には静寂だけが広がっていた。
「無駄ッス、今は私がその指輪で召喚されているんで追加であの女を呼ぶ事は不可能ッス。それに遠見の魔法で見られてたみたいなんで幻惑魔法を差し込みました。あの女には眠りについているエデル・クレイルの映像が見えてる筈ッス」
なんで『悪滅の雷』が俺の指輪から召喚されているんだ?
疑問しかなかったが今はそんな事を考えている余裕なんて無かった。
聖剣もなく、イリエステルを呼ぶ事も出来ない。だが目の前には『七つの厄災』が復讐に来ている。
かつて無いほどの危機が俺に迫っていた。
「目的を教えてくれ」
少し前に死闘を繰り広げた時とは違い、今は言葉での意思疎通が可能なようだ。なんとか周りに被害が出ないように
「誤解しないで欲しいんスけど………別に復讐に来たとかじゃ無いッス」
「………………違うのか?」
「だからこっちに向けてる剣を下ろして欲しいッス」
どうせ戦っても勝てるとは思えなかった。ここは相手の要求通りに剣を下ろした方がいいだろう。
だが剣を下ろした瞬間に目の前の女性の形をした『悪滅の雷』に襲い掛かられ床に押し倒された。
やはり此方を油断させる為の嘘だったのだろうかと目を瞑り死を覚悟したが、押し倒された以外に何かをしてくる気配は無かった。
恐る恐る目を開けると『悪滅の雷』の姿は最初に見た日本人の様な姿に戻っていた。
「私はエデルが望むならどんな見た目にもなれるッス。エデルの心の中にあったこの黒色の髪と黒い目をした女どもの様な見た目にもなれるし、他にもこんな姿とかこんな姿とかどんな見た目にもなれるッス」
俺を押し倒していた黒髪黒目の女の子の見た目が次々に別の見た目に変わっていった。目の色、髪の色から顔の造形、背丈の高さ、身体の様々な部位の大きさが目まぐるしく変化していった。
「それとも魔族の女の方が好みッスか?」
人間の姿が青い肌に角と翼の生えた魔族の姿に変わっていった。
「エデルはどんな姿が好きッスか?言ってくれたら好み通りの見た目になるッス。それに誰よりもエデルに尽くす自信があるッス。だから……………………………あの女じゃなくて……私を選んで欲しいッス」
選ぶ………?一体『悪滅の雷』は何の話をしているんだ?俺がイリエステルを選ぶ様な何かがあったか?不味い、相手の要求が理解できない。
疑問に思い改めて『悪滅の雷』を見ると、その目からは涙が流れていた。
その涙を流している姿はまるで、俺に一緒にいて欲しいと涙ながらに訴えてきたイリエステルのような………
「わ゛た゛し゛を゛え゛ら゛ん゛て゛ほ゛し゛い゛ッ゛ス゛!」
それは嘘泣きと切り捨てるにはあまりにも迫真染みていて顔をぐちゃぐちゃにしながら懇願してきた。だが、そこまでされても相手の言っている要求が全く理解出来なかった。
「………すまない、言ってる事が理解出来ない。俺は君の何を選べばいいんだ?」
質問を返すと、泣いていた『悪滅の雷』の顔がスンと真顔に切り替わった。
「しらを切っている………?いや、今までの記憶を見た限り本当に気付いてない………?でもここまで…………もう、こうなったら後は」
ドンドンドンッ
「すいませーん!エデルさん!いらっしゃいますか!こんな夜中にごめんなさい!アーシンです!」
『悪滅の雷』が真顔でぶつぶつと何かを呟いていると急に部屋のドアを叩く音が聴こえてきた。どうやらアーシンさんが尋ねてきた様だ。
「チッ…………また来るッス」
『悪滅の雷』は最後に此方に笑顔を向けて姿を消した。
現状の理解を一旦諦め、ひとまず訪ねてきたアーシンに対応する事にした。
部屋の扉を開けるとアーシンさんが切羽詰まったかのように詰め寄ってきた。
「エデルさん!良かった!無事だったんですね!ごめんなさいこんな時間に」
「アーシン………一体どうしたんだ?こんな時間に」
「急に暗殺者の勘が訴えてきたんです。エデルさんに(私にとっての)危機が迫っているかもしれないと。さっきまで誰かと話されてませんでしたか?例えば女とか女とか女とかと」
「……………何もありませんでした」
俺自身もさっき何が起こったのか理解出来ていないが、『悪滅の雷』はどうやら此方に対する害意は持って無いようだった。まだ何も分かっていない状況で、『悪滅の雷』を倒せていなかったなんて悪戯に敵対心を煽る様な事は言わない方がいいだろう。
「本当ですか………?部屋の中には………誰も居ないようですね。あれぇ?…………………暗殺者を廃業したせいで勘が鈍ったかな?…………ごめんなさい!私の勘違いでこんな遅い時間に起こしてしまって」
「………いや、大丈夫だ。ただその……ありがとう」
理由は説明出来なかったが只々手を取って感謝するしか無かった。
「えへへ、まあ何も無かったのなら良いんです。夜も遅いんですぐに帰りますね。では、おやすみなさいエデルさん。あ、あと今日の夜ギルドに忍び込んで冒険者情報を改竄して置くので今のギルドカードは破棄しておいて下さい。そして今度ギルドに来る時は変装して新しく別の名前でギルドカードを作ってください」
「あ、あぁ………分かった」
去っていくアーシンの背中を見ながら思った。
暗殺者の勘って凄いな。
邪魔が入った。
寝ているエデル・クレイルの元に現れ、自分があの『腐敗の女神』よりも優れている部分を説明し、自分の方をパートナーとして選んで欲しいと懇願したがどうやら伝わっていなかったようだ。
その時に自分が取った姿は全て『悪滅の雷』がこれまでに寄生して命を奪ってきた人間や魔族の肉体のパーツを繋ぎ合わせた姿だ。つまり自分の本当の姿では無い。だがエデル・クレイルが側に居てくれるのなら、たとえ自身の姿では無かったのだとしても構わなかった。
だがそこまでしても全く此方の真意が伝わっていなかった事には驚愕した。
エデル・クレイルの記憶を覗いた限り、『腐敗の女神』がエデル・クレイルを側に置くために、俗に言う泣き落としを使って成功していたようなので自分も真似をしてみたがそれでも伝わっていないようだった。
どうやらエデル・クレイルには、この世界以外で過していた記憶があるようで、そこで親しき者を一人にしたせいで死に追いやったという経験がトラウマになっており、無意識のうちに行動の最優先事項に「苦しんでいる者の側に寄り添う、心を守る」という事を置いているようだが、当のエデル・クレイル自身は他人の心の機微にかなり鈍感のようだった。
だが時間はこれから沢山あるのだ。なにせ既に本人の中に居るのだから。これからエデル・クレイルに何かあるたびに『腐敗の女神』よりも私の方が役に立つと証明していけば、いつか必ず私を選んでくれる筈だ。
この小説をここまで読んで頂いて誠にありがとうございます。




