『腐敗の女神』vs『悪滅の雷』
話をどこで切ればいいか分からなかったのでいつもの倍くらいの文字数になってしまいました。
二体の魔族を退けた俺達は次に、『悪滅の雷』が寄生しているという魔族をどうするかを話し合っていた。
「あの木箱をどうする?」
俺は木箱の置かれた小屋の方を見ながら仲間達に何かいい方法がないか聞いた。
「魔族の土地に返すことは出来ないのか?」
「確かにそれが一番良いけど………後どれぐらいで『悪滅の雷』がこの中から召喚されるのか分からないのが怖い。俺達が運んでいる途中に現れたら当然俺達もひとたまりもないし場所によっては周りにいる人達にも被害が出てしまう」
それはダメだ。態々ここに来た意味が無くなってしまう。
「やっぱり周りに人の居ないこの場所に置いておくのが良いんじゃないでしょうか?」
「それしか無いか」
「………ただこの場所に置いておくという手段をとる場合一つ懸念しなければならない事があります」
「懸念?」
「ええ………遥か昔に人間の土地側に『悪滅の雷』が現れた時の記録に書いてあった被害の範囲を基準に考えたら此処で放置しておけば大丈夫と言えるんですけど………魔族に寄生して魔族の魔力で生まれた『悪滅の雷』の出す被害がその時と同じとは限らないんですよね…………」
実質どれだけ被害が出るのか分からないということか………
「………私が此処で相手をする」
…………それしかないのだろうか?
「女神様………それがどういう意味か分かっているんですか?」
「…………」
ギルが固い声音で『腐敗の女神』に発言の意図を確認していたがイリエステルが言葉を返すことは無かった。
「私は反対です!そんな化け物同士の戦いに巻き込まれてしまったらエデルさんが死んでしまいます!」
「エデルは私が守る」
みんながそこまで心配してくれていることには感謝したかったが元々自分が招いた事態だ。危険な役割を自分が担当するのは当然だろう。
イリエステルが『悪滅の雷』と戦うということは勿論イリエステルがこの場にいなければならないということだ。だが『悪滅の雷』がいつ召喚されるのか誰も分かっていない。それは一分後かも知れないし一週間後かも知れない。イリエステルがそのいつになるのか分からない『悪滅の雷』が召喚される時までこの場に待機していたら『腐敗領域』がその間また通行可能になってしまう。そうなってしまっては第二第三の被害が出てしまうだろう。
だからイリエステルを召喚出来る俺がこの場に残り『悪滅の雷』が召喚され次第自分もイリエステルを召喚するという役割を担わなければならない。
ギルもアーシンもその事に納得してはいないようだったが、自分の責任は自分で取りたいと説得して先に帰ってもらった。
そしてイリエステルにも一旦『腐敗領域』に戻ってもらい、一人小屋から少し離れた場所でその時を待った。
待つ事二日、とうとうその時が訪れた。
急に空が暗くなり木箱の置かれていた小屋に大きな雷が落ちた。
その雷が余りにも眩しくて一瞬目を逸らしてしまった。
次に小屋のあった場所に目を向けた時には小屋が無くなっていた。
小屋のあった場所には代わりに黒く巨大な怪物が現れていた。
その怪物は魔族が、獅子が、龍が、猪が、この世界の生態系の上位に君臨する生物達がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような見た目をしていた。
その禍々しい見た目に呆気に取られていたが、その後すぐに意識を取り戻しイリエステルを呼んだ。
「来てくれ!イリエステル!!」
「………ようやくエデルの方から私を呼んでくれた」
イリエステルは俺が自ら彼女を召喚した事に喜んでいる様子だった。
「じゃあアレは私に任せてエデルはこの場から逃げて」
彼女は喜色を帯びていた声音から一転して固く緊張した声で俺に逃げるように伝えて来た。
だがイリエステルだけに任せて本当に良いのだろうか……
『七つの厄災』の相手は『七つの厄災』にしか務まらないと言われたら確かにそうかも知れないが、イリエステルは同じ『七つの厄災』と呼ばれる存在を殺して苦しまないだろうか?俺が彼女を無理矢理王都に連れていってしまったからこその惨状の尻拭いを彼女にさせている様で申し訳なかった。
「………………俺にも何か手伝える事は無いだろうか?」
いくらイリエステルの事を心配していても、俺が『悪滅の雷』に勝てないという事実は逆立ちしたって変わらないだろう。
だが、せめて彼女が少しでも傷付かなくてもいい様にそばに居てやりたかった。
「ありがとうエデル………でも大丈夫。エデルに私が頼りになる存在だと知って欲しい………手を離してみて」
手を離したら周りにイリエステルの呪いが広がってしまうのでは無いのだろうか?
「今私の呪いの範囲にいるのは私とエデルとアレだけ」
「………分かった」
イリエステルと繋いでいた手を離した。
その瞬間腐敗が広がった。
周りに生えていた草木が瞬く間に腐っていき、そしてそれは『悪滅の雷』も例外では無かった。その巨大な体が徐々に徐々に腐敗している様だった。
だが代わりにイリエステルも体が麻痺して動けない様子だった。
「………!?イリエステル!」
「大丈夫、体が麻痺して動けないだけ」
どうやら体は麻痺していても口は動かせるみたいだ。
「私は体が動かなくなるだけだけど相手は死に向かっている」
そうか!相手の発している電磁波の圏内に居てもイリエステルは麻痺して体が動かなくなるだけだが相手はイリエステルの呪いの範囲にいるだけで体がどんどんと腐っていくのか!
………これは俺が下手に介入したら邪魔になりそうだ。
せめて手伝う事は出来ないだろうかと思っていたがそれは俺のエゴに過ぎない。イリエステルに危険が及ばない方法があったのならきっとそれに越した事は無いのだろう。俺は自分にそう言い聞かせた。
だが腐敗し苦しんでいる筈の『悪滅の雷』の様子がおかしかった。
夥しい量の魔力を自らの眼前に溜めていた。
明らかに何か恐ろしいモノをこちらに撃ってくる前兆だった。
「エデルはやく逃げて」
「………なぁ、アレはイリエステルがくらっても平気な攻撃なのか?」
「私は女神、決して死ぬ事はない………でも肉体の損傷が激しかったら再生までに時間がいる…………だからエデルはやく逃げて」
つまりイリエステルが傷付く可能性も十分にあるって事じゃないか!なら話は別だ!
「ひとまず逃げようイリエステル!」
俺はイリエステルを連れてこの場から逃げようとした。
だが俺がイリエステルの手を取り逃げようとするのと相手が魔法を放つのはほぼ同時だった。
巨大な雷が俺達に向かって放たれた。
いくら強くなっても人間の移動速度で雷の速度に勝てるわけもなく、せめてイリエステルだけでも守ろうとしたが、当のイリエステルが俺を連れたまま雷を越える速さで魔法を回避した。
「怪我はない?」
「……………………おう」
死ぬかと思った。
「これでエデルも分かったと思う。アレはとても危険。逃げて欲しい」
「………俺が逃げたらイリエステルはまたさっきと同じ方法で奴を倒そうとするのか?」
「そう」
「ならやっぱりダメだ。俺も手伝わせて欲しい」
もし彼女の安全が確定している様な方法が有れば素直に退避しただろうが、またさっきの方法を取るのなら話は別だ。俺にはどうしてもイリエステルが死にはしなければどれだけ傷付いても構わないという考えにはなれなかった。
「だめ、とても危険」
「頼む、手伝わせてくれ」
お互いに一歩も譲らなかった。『悪滅の雷』は再度魔力を溜め始めていた。
「……………分かった、エデルも手伝って」
先に折れたのはイリエステルの方だった。
「ありがとう、イリエステル」
「少し森に戻るから五秒後に私を召喚し直して欲しい」
「何か作戦があるのか?」
「私もエデルも傷つかない方法がある」
「それだ!」
そんな方法があるのならそれ以外に取る手段なんてないだろう。
そしてイリエステルが消えた。さっき言ってた様に森に戻ったのだろう。
俺は心の中で五秒数えてもう一度イリエステルを呼んだ。
「イリエステル!!」
その瞬間、女神が降臨した。
イリエステルが森に戻ったのは例の剣を取りに行ったからだろう。神々しく輝く剣を片手に持っていた。
そして何よりも彼女にはいつもと違う部分があった。
翼が生えていた。朱い色をした三対の翼だ。
その翼を広げ剣を携えた姿はまさに戦女神だった。
剣を装備した朱い女神が、黒く巨大な怪物と相対しているその光景はまるで一つの絵画を見ている様だった。
「………エデル?」
はっ!?つい呆けてしまっていた。
「その翼は一体………?」
「私の本来の姿………それよりエデル、胸当てを外して服を脱いで欲しい」
「………は?……………いや、分かった」
それは作戦と何か関係があるのかと最初は疑ったが、イリエステルはこんなタイミングでふざける様な奴じゃないという事に思い至り素直に上半身裸になった。
「じゃあ次にこれを持って」
これで三度目になる例の強力な剣を渡された。
「そして最後にこう」
イリエステルは俺を後ろから抱きしめた。
その瞬間『悪滅の雷』が二射目となる雷を放って来た。
イリエステルは俺を背後から抱きしめたままその魔法を上へと避けた。
「私が回避に専念するからエデルは隙を見て攻撃して欲しい」
「分かった」
言いたいことは多々あったがイリエステルを信じて素直に従った。
その後は放たれる様々な魔法を避けて隙を見て切り掛かるという行為を繰り返した。
どうやら『悪滅の雷』はイリエステルを殺すための膨大な魔力と時間を要する魔法から、威力は落ちるが俺を殺すには充分な連射できる魔法に切り替えた様だ。
火が、雷が、氷が、風が、様々な魔法がこちらに向かって幾つも飛んで来た。
だが俺はイリエステルを信じて飛んでくる魔法を気にせず攻撃のみに集中した。
そしてとうとう『悪滅の雷』を瀕死の状態まで追い込んだ。
既に魔法が飛んでくるという事は無くその巨体は既に地に倒れ伏していた。
俺達は警戒しながらも『悪滅の雷』に近づいた。
近づくと魔族の女性を象った部分が涙を流していた。
『悪滅の雷』にも死を怖がると言った感情はあるのか………
だが確かに俺は、世間から『七つの厄災』と呼ばれているイリエステルに様々な感情がある事を知っている。
同じ『七つの厄災』である『悪滅の雷』に感情が有ったとしてもおかしくはないだろう。
しかし、だからと言って見逃すという訳にはいかなかった。
『悪滅の雷』はイリエステルと違って存在する限り生きとし生けるもの達に死を振り撒き続けるだろう。それに何より人間の土地側に来た魔族に関係している時点で必ず倒さなければいけない対象だった。
俺は剣を深く深く突き刺した。
俺の都合で命を奪う事を何度も何度も謝りながら。
そして『悪滅の雷』の体が光となって消え、永い歴史の中でこの世界の住人を苦しめ続けていた『七つの厄災』の一つが無くなった
かに思われた。
『悪滅の雷』をここまで歪めた悪人達の魂の残り滓は、あり得ない事だがもし『悪滅の雷』の怪物が倒された場合どうするかという事も既に設定していた。
もし『悪滅の雷』の怪物が何者かに倒されたらその倒したものに寄生する。
という事を既に設定していたのだ。
『悪滅の雷』を倒し凱旋した英雄が急に新たな『悪滅の雷』となる。悪意に染まり切った設定だった。
だから『悪滅の雷』が完全に死に至るという事は絶対に無い。
なら何故『悪滅の雷』の怪物は泣いていたのだろうか。
それは決して死ぬ事が怖いからという理由では無い。
自分と同じ『七つの厄災』と呼ばれる者が人間と手を取り合って自分を倒そうしている光景を見て怪物は激しく羨やみ嫉妬した。
自分を倒した人間は、自分と同じ存在である『腐敗の女神』を完全に信頼していた様だった。
どうして自分はこの世界の全てから嫌われ、唾棄されているのに同じ存在である『腐敗の女神』は人間と手を取り合っているのだろう。自分達は孤独の中でしか存在出来ないのでは無いのか。どうしてそこにいるのが自分では無いのだろう。
『悪滅の雷』は今まで「悪人達を殺せ」という創造主からの命令に、「魔力の高いものに寄生して破壊を振り撒け」という悪人達の残留思念からの命令にただ従うだけの無垢な存在だった。
だが自分と同じ存在であるはずの『腐敗の女神』が人間と共に自分に挑んでくるのを見て羨望という初めての感情を抱いた。
そして怪物はその羨望と、自分達の様な存在に近づいても何の影響も受けない人間への興味を抱いたままその人間の魂に寄生した。
その魂の中は今まで寄生して来たどんな魂よりも居心地が良かった。
自分が今まで寄生して来た魂は『悪滅の雷』に対する怨嗟が、恐怖が、渦巻いていた。だが、この魂は『悪滅の雷』に対して悪感情を抱いて無かった。それはただ麻痺しないせいで自分が寄生されているという事に気付いてないからという理由だったが怪物にはそんなことは関係無かった。
しかし今まで怪物の行動指針を定めて来た残留思念達は、早くその人間の魔力を奪い殺せと、早く次の高魔力保持者の元に移動しろと命令して来た。
怪物はその自分に命令してくる存在を初めて鬱陶しく感じた。
だから怪物は自分の中から、今までずっと自分に命令して来た者達の残滓を消去した。
そして怪物はこの魂を永住の地に決めた。
自分の中でそんな事が起こっているなんて事は知らないエデルは気付かなかった。自身のギルドカードに変化が訪れている事に。
・使用魔法
《転移魔法》
《召喚魔法》
対象:『腐敗の女神 イリエステル=スカーレット』
『悪滅の雷 』
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