怒り
「貴様らぁぁぁぁぁ!!!」
弟を失った魔族が激怒していた。
その青い色をした全身には血管が浮かび上がり人間とは明らかに違う金色の瞳孔を持った黒い瞳に怒りの炎を宿し此方を睨んでいた。
まあそれも当然だろう。彼の弟を殺し更にそれだけに留まらずその死体を粉々に砕いたのは俺たちだ。
………厳密にいうと俺は彼の弟の肉体が原形が残らないほどの惨状になってしまうまでの過程に一切関わっていないのだが。
それにパーティーメンバーの二人も死体蹴り行為をやりたくてやった訳では無い筈だ。ただ二人のチームワークがマイナスに振り切った結果起こった不幸な事故だった。
だが現在進行形で怒り狂っている彼に、故意じゃなかった。不幸な事故だった。と言っても聞き入れてはくれないだろう。
「よくも我が弟をこのような姿に!!絶対に許さんぞ!!貴様達を殺したその後に死体をバラバラに引き裂いて『悪滅の雷』の餌にしてくれるわ!!」
そうして魔族との戦いが始まった。
魔族は怒りに身を任せて拳で攻撃して来ているように見えてアーシンのナイフはしっかりと警戒し回避していた。激昂していても冷静な判断力が残っているあたり相手の実力の高さが窺えた。また力も速さもこちらを上回っており人間と魔族の種族としての差を痛感した。
そして今は魔族の猛攻をギルが一人で凌いでいた。
俺はその隙に急いでアーシンに近付きお互いの手札を共有した。
「アーシン、もう一度その毒の塗られたナイフを奴に刺すことは出来ないか?」
「残念ながら無理そうです。どうやら相手も私のナイフをすごく警戒しているようで必要以上の距離で投げたナイフを回避されています。とはいえ正面からの近接戦闘に不慣れな私が奴に近付いて戦いを仕掛けても返り討ちに遭うだけでしょうし」
「その毒を俺とギルの剣に塗ることは出来ないのか?」
「このナイフは私の毒に耐えられるように特殊な素材で造ってあります。エデルさん達の剣も耐えられるかも知れませんがもし耐えきれずに溶けてしまうと武器が使い物にならなくなってしまいます。今そんな危険な賭けをするのはやめた方がいいでしょう」
「じゃあさっきの分身は出せないのか?」
「私の魔力量も高い訳では無いんで出せてあと一回です。なので確実に意味のある時に使いたいですね」
「なるほど………」
「だから今のところ私は役に立ちませんね。今から奴にナイフを投げて牽制するんでその隙にあの男と打開策を話してみてください…………後これを渡しておきます」
「分かった」
アーシンの投げたナイフを警戒して奴が後ろに下がったタイミングでギルに近付いた。そして追加の投げナイフで牽制してもらっているうちに作戦を話し合った。
「ギル、もう一度あの巨大な剣を上から落とすことが出来るか?」
「落とすことは出来るけど当てられるかってことなら話は別だな」
「無理なのか?」
「この魔法は自分が決めた地点に剣が降ってくるって魔法なんだけど剣を生成してから落ちてくるまでに時間がかかるんだ。相手が止まっていてくれたら当てるのも簡単なんだけどあそこまで激しく動かれたらかなり厳しい。それにさっきこの魔法を見られたからな、当然奴も上を警戒してるんじゃないか」
奴が警戒するのも当然か………だが自分達が取れる作戦が見えてきた。
「もう一度その剣を落とす魔法を使ってくれ」
「使うのもちろん構わないけど奴が剣が落ちてくる頃にどの位置にいるか分からない中でどの場所に設置するんだ?」
「ここでいい。俺が奴の注意を引いている間にすぐに準備を済ませてほしい」
「………分かった、エデルも気を付けてくれ」
そして俺はアーシンの投げているナイフを掻い潜りこちらに向かって来ている魔族を迎え討った。
「………ほう?この中では貴様が一番我等のステータスに近いようだな。だがまだ戦いには慣れていないようだ。これでは先程の男の方がまだ戦い甲斐があったというものよ!」
「アーシン!」
俺が名前を呼ぶとアーシンは分身を出してくれた。うまく合図が伝わったようだ。
「ギル!」
ギルの方も名前を呼ぶと同時に魔法を発動したようだった。
「何をするつもりなのかは知らんがその前に貴様らを殺し尽くしてくれるわ!」
魔族の攻撃が更に激しいものになった。俺はその攻撃を凌ぎながら徐々に後退していった。俺一人ではきっと耐えきれなかっただろうがアーシンさんが分身体と二人がかりで援護してくれたからなんとかなった。
そしてアーシンさんが分身体との別方向からの投げナイフを回避させて魔族の位置を調整してもらい、ちょうど魔族がギルの魔法の落下地点に誘導された頃には既に頭上に巨大な剣が落ちて来ていた。
「何いッ!!」
今更剣を回避する事など不可能な位置まで来ている。
「だが甘いッ!」
しかし魔族はその空から落ちて来る剣をその両腕で受け止めた。
「貴様達に一つ言っておく、我は弟より強い!弟の肉体にダメージを与えたからと言って我に通用するとは限らん!」
そしてとうとう巨大な剣は魔族によって粉々に砕かれた。
だが俺達はそれを待ち望んでいた。
魔族は今、落ちて来る剣を受け止めるために顔も、二本の腕も、上へと向けていた。今なら胴体を守るものが何も無かった。
俺はそのガラ空きとなった胴体に
アーシンから先程貰ったナイフを
突き刺した。
「!?…………ガフッ!こ、これが狙いだったか……見事だ………………だが!」
ガシっ!
まずい!首を掴まれた!
「この身体が毒によって死に絶える前に貴様の命だけでも!…………………ん?急に身体が楽になった……のか……?」
首を掴まれたことによる身体的接触ッ!俺の能力が俺に牙を剥いて来た!
「「エデル(さん)っ!」」
「………何故かは分からんが我に毒は効かなかったようだな!さて………そこの人間共」
ギルとアーシンが見たことない程の怒りの表情を魔族に向けていた。
「この人間を助けたいだろう?」
「当たり前だっ!この女を代わりにやるから!」
「人質に取るならこの人の方にしてください!」
「…………………貴様らにとってこの人間は余程大切なようだな!この人間の命を助けたくば貴様ら……ここで殺し合え。制限時間は………この者の命が尽きるまでだ。勿論自死を選んでも此奴は殺す」
「ぐっ……!」
首を絞める力がどんどんと強くなっていった。
「さあ早くしないとこの」
ガキィン!!
魔族が最後まで言い終える前に二人とも既に切り結んでいた。
「エデルさんのためなんです!決してこの男が居なくなれば二人っきりになれるとか思っていませんよ!」
「エデルのためなんだ。決して今のうちに不安の芽を摘み取っておこうなんて思っていないぞ!」
「うわ………あの者等嬉々として殺し合っておる………貴様の仲間達はどうなっておるのだ?」
そんなこと俺に聞かれても…………
首を絞められていて声が出せない。
「……うっ…………」
どんどんと意識が……
「ほらどうした!この者はもう死にかけておるぞ!」
「「こいつがすぐに死なないから!」」
「フハハハハ愚かな奴らめ!どうせ最後には全員殺すというのに」
人質を取り越に浸っていた魔族は知らなかった。
今自分が首を絞めている人間エデル・クレイルが殺されそうになって怒りを感じる存在は目の前にいる二人だけでは無いということを。
魔族は知らなかった。
今首を絞めている人間がどんな存在に執着されているかということを。
魔族は知らなかった。
今自分がどれほど恐ろしい存在にどれほど恐ろしい感情を抱かれているかということを。
魔族は知らなかった。
今自分が首を絞めている人間と『腐敗の女神』が決めた召喚の条件《ピンチになるつまりエデル・クレイルが生命の危機に瀕する》を達成してしまったことを。
エデルは知らなかった。
人前では出て来るなと厳しく言い含められていた少女が既に限界を迎えていたということを。
「ん?なんだ貴様いつからそこにいた?」
「…………」
イリエステルが俺の手の先にいつの間にか現れていた。
「ぐおっ!」
イリエステルは俺の首を絞めている魔族の手を片手で引き千切った。
「ゴホッゴホッ!ありがとうイリエステル。………助けに来てくれたんだよな」
「うん、エデルを助けに来た」
手が引きちぎられた魔族は俺との接触が無くなったことで身体が毒に侵され死んでいた。
パーティメンバーの二人は俺が解放された後すぐに殺し合いを止めてくれたようだ。良かった、何故か二人は殺し合いを止めてくれないんじゃないかって思ってしまっていたから。
「ちょっと!貴方何処から来たんですか!まずはそのエデルさんと繋いだ手を離しなさい!」
アーシンさんがイリエステルに突っかかっていた。
「やめないか!この娘の正体が俺の想像通りならエデルから引き離したら俺達が死んでしまう」
多分その想像であっていると思う。
「紹介するよ。彼女はイ」
「私は『腐敗の女神』」
イリエステルは彼女を仲間に紹介しようとした俺の言葉に重ねるように自ら自己紹介をした。
「なっ!?貴方がエデルさんと手繋ぎデートをしたという!?」
「やっぱりか………俺の名前はイーギル・ナイトエイジ。エデルの相棒をしている者です。どうかよろしくお願いします」
「なんで…………」
なんで彼女は自ら世界的に嫌悪されている『腐敗の女神』という呼び名を名乗ったんだ…………?
「エデル」
イリエステルは小声で俺を呼び耳元で疑問の答えを囁いた。
「私の本当の名前を知っているのはエデルだけで良い。いや………エデルだけが良い」
それは一体どういう………?




