刺客
あれからイーギルとパーティを組みいくつかの依頼を達成した。
最初に共闘したのがスライムの群れとの戦いの時だったからその時は分からなかったが、イーギルは強い。騎士団に所属していたと言うだけあって戦い方が上手いのだ。純粋なステータスならゴーレムや盗賊団の頭領を倒してその分強くなった俺の方が少し上のようだがイーギルはステータスに出ない部分の強さもしっかり持っていた。正面から戦ったら負けるのは俺の方だろう。
「今日の依頼も無事に終わって良かったよ」
「そうだな………ところで今日も付いて来る気か?」
パーティを組んでからというものイーギルは毎日俺が宿屋に戻るまで護衛と称して付いて来ていた。
「ああ、頼むよ」
なんで護衛する側から頼まれているんだろうか。
「いやここまででいい」
たまたま結果的に妹を助けただけなのにここまでしてもらう必要は無い。
「でも心配なんだ。今日だってオークと戦ってる時いつもより動きが悪いように見えた。やっぱりまだ他の生物の命を奪うことに抵抗があるんじゃないか?幾ら君が強くてももし人間から襲われた時ちゃんと対処できるのかい?」
この世界で人の命を奪うことに忌避感を感じていたら肝心な時に何も出来ないだろうと少しでも慣れるために最近は人型の魔物の討伐依頼を中心に受けていた。
「最悪これを使うから大丈夫だ」
俺は手につけた『転移の指輪』をギルに見せつけた。
「…………分かった。だけど注意してほしい。相手はかなり力を持った貴族だと思う。雇う刺客も一定以上には手練のはずだ」
「分かった」
「じゃあ、知らない人が部屋を訪ねて来ても絶対にドアを開けちゃ駄目だぞ。それと知らない人が何かをくれるって言ってきても絶対に付いて行ったり物を貰ったりしちゃいけないからな」
俺は小さな子供か!
そしてギルと別れた。
そんなエデルの後をつける人影があった。
(あれが今回の標的のエデル・クレイルか………)
その人影とはエデルの殺害を依頼された暗殺者の女だった。
女は依頼主から聞いたエデル・クレイルの情報を基に暗殺の方法を割り出していった。
(標的はあの不動盗賊団の頭領を倒したほどの強さを持つ。しかもそいつを倒したことで更に強くなってるはずだ。相手は人を殺すことに慣れていないとはいえ正面から挑むのは危険だろう。だからここは搦手で油断を誘っての毒殺が無難か)
女は町娘に変装し標的の泊まっている宿屋の部屋の前まで侵入した。
コンコン
女が部屋の扉を叩いてみても返答は無かった。
(やはり出てこないか………もちろん相手も警戒してるだろう。さて………どうするか)
女は次の手段として自身の服を破き始めた。
「助けてください!そこで男の人たちに襲われてしまって!どうか部屋の中に入れてくださいませんか!」
ドンドンドンッ
(相手も警戒してるだろうからこれでは無理かもしれないが一応試しておこう。直接的な戦闘は最後の最後まで取っておきたいしな)
普通だったら扉を開けない。何故なら本当に襲われて切羽詰まっているのなら最初にコンコンなんて普通の叩き方をしないからだ。考えたら分かることだ。女もこれで標的が扉を開けるとは思っていなかった。何よりこの世界でそんなことで女を匿おうとするような人間はいない。もしその襲った男達が貴族だったら自分にまで被害が及ぶからだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
ガチャッ
だが標的の男は襲われたといっている女性を放っておけるほどにこの世界に染まり切ってなかった。
(嘘っ!本当にこんなことで扉を開けたのか!?)
「とりあえず中に入ってください!」
(馬鹿め!こんなことで警戒を解くから死ぬことになるのだ!恨むなら自分の甘さを恨むんだな!)
「あ、ありがとうございます!」
女は男の手を取ってお礼を言う振りをしながら指の間に挟んでいた短い毒針を刺した。
(体内に入って数秒で命を奪う毒だ。これで任務終了か)
「いや、それより外にまだ男たちがいるかもしれません。扉を閉めるんで横にずれて貰って良いですか?」
「え?」
(なんだと!?)
男はピンピンしていた。女はその事実に驚愕した。女の暗殺者としての一番の武器が自身の毒作成スキルだったからだ。
(もしかして作成する毒を間違えたのか?それとも量を間違えたのか?この私が?今までそんなことは無かった筈だ。何故だ。何故この男は死んでいないんだ)
女は訳がわからず動きが停止した。
「と、とりあえずこのベッドに座ってください」
男は放心している女をベッドに座らせた。
「…………もう外も暗いですね。今晩俺は部屋の外にいるんで明日の朝までここにいて下さい。もしこの部屋に誰か入りそうになったらそいつらは叩き出します。安心してくださいこれでも俺強いんで。何か食べたり飲んだりしたかったら部屋の中のものを勝手に食べて貰って構いません」
男は女性が男に襲われた後同じ男である自分と一緒の部屋にいるのは怖いだろうと部屋の外に出て見張りをした。
(この男は馬鹿なのか!自分も今命が狙われていると分かってる筈だ!何故私に部屋を明け渡して自分は廊下に出ているんだ!)
女は心の中で標的の男を馬鹿と呼びながらもその顔は真っ赤に染まっていた。女はチョロかった。
女は生まれた時から暗殺者になるべく育てられた。その人生は厳しい修行と他者の命を奪うことだけで彩られてきた。
女にとってそれは初めての優しさだった。たとえその優しさが本当の自分では無く襲われた町娘に向けられたものだったとしても、自身の今まで色仕掛けの為に使ってきた肢体すらも要求しない無償の優しさは女の人生の中で初めての経験だった。
朝になって男が部屋の中に戻ると女は消えていた。
「っていうことが昨日の夜あってな?」
「……そんな怪しさの塊みたいな女を不用意に入れちゃ駄目じゃないか!昨日言ったじゃないか知らない奴が訪ねて来ても絶対に部屋には入れるなって!」
「………あのーすみません」
ギルドでギルから説教を受けていると女性が話しかけてきた。
「あれ?昨日の………」
昨日自分の部屋に匿った黒髪の女性が話しかけて来た。
「エデルの知ってる奴か?」
「さっき話してた女の人だよ」
「…………ほーう?」
「昨日はありがとうございました。私はアーシン・サントと申します。是非昨日の恩を返したいのでエデルさんのパーティに入れて下さいませんか?」
「冒険者だったんですか?」
「はい今日から冒険者になりました。だけど腕には自信があります!だからどうかパーティに入れてください!」
「やめておこうエデル。今の僕たちの状況的にこんな得体の知れないのを身内に引き込むべきではないよ」
「は?アンタには聞いてないんだけど」
「は?このパーティに入りたかったらエデルの相棒である俺の許可がいるに決まってるじゃないか」
「きもっ」
「なんだと?」
この二人は相性が悪いのかもしれない。
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