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腐敗

改稿中


 まずいまずいまずい…………!


 俺は今、初めての依頼を前に混乱していた。


 前に王都に来た時に殺しかけてしまった男とその相棒、名前をセイ・ジーンとゼン・ニーンというらしい。


 その二人へのお詫びとして二人の受けた依頼について行く事を了承したが、今俺は軽い気持ちで了承した事を激しく後悔していた。


 てっきり俺はその任務をたった二人で挑むような簡単な魔物退治だと思っていた。


 しかし違っていた。二人が受けていたのは盗賊退治の依頼だった。向かっている道すがらでその依頼内容を聴かされた。


 まだ戦闘にも慣れておらず、それどころか人を殺す事さえしたことのない俺が協力出来るような要素は何一つ無さそうな依頼だった。


 しかしとある理由で俺も行くしか無くなっていた。


 なんでもその盗賊から逃げ切った生存者の話によるとその盗賊の頭領らしき人物は「俺は魔族だぁ」と名乗っていた?らしい。


 セイは「まあ狂人の戯言でしょう。腐敗の女神がお互いの土地を分断している限り魔族がこちら側に来ることなんて出来ないのですから」と笑い飛ばしていたが俺はその話を笑い飛ばす事が出来なかった。


 本来『腐敗領域』にいる筈の『腐敗の女神』が、『腐敗領域』を不在にしていた時があったのを俺は知っている。


 ……なんなら不在にさせていたのは俺だ。


 もし本当にその男が魔族なら俺にも責任がある。その話を聴いた以上は付いていくしかなかった。


 人を殺す覚悟も出来てないままに責任感だけで突き進んでいた。


 「そろそろ見えてきましたよ」


 「………」


 ………まだ覚悟も決まらぬうちに盗賊が拠点にしているという洞窟の前に着いてしまった。





 洞窟の中に入ると周りには大量の大きな木箱が積まれていた。


 そして奥の方からは複数人の笑い声が聴こえてきた。


 「少なくともここに人が居るのは確かなようですね」


 ゼンが洞窟の奥を睨みつけながら武器を構え進んでいった。


 「おう行こうぜエデル」


 セイも俺に一言声をかけるとゼンの後をついて行くように武器を構え進んでいった。


 「あ、あぁ」


 本当にここに魔族が居るのだろうか?もし本当に居るとすれば俺は………


 三人で武器を構え奥に進んでいくと複数人の男達が酒を飲んでいた。男達は俺たちに気付くと各々の武器を取り出し襲いかかってこようとしていた。


 パッと見回してみたがここに居る全員が人間のように見えた。魔族は人間とは全く違う見た目をしているという話を聞いた事がある。ここに居る者たちは全員人間だと断定して良いだろう。


 しかし、それならそれで別の問題も出てくる。俺は人を殺せるのだろうか?こんな土壇場で決断を迫られ答えも出ぬままに武器を構えた。


 戦闘が始まろうかというタイミングで洞窟の入り口の方から馬車の止まる音が聴こえてきた。


 「あの入口にあった木箱を運ぶ役割の者かもしれません。挟み撃ちされると困るのでエデルさん………入口の方へ向かってもらってよろしいですか?」


 セイが顔を盗賊の方へ向けたままに俺へ話しかけてきた。


 正直助かった。この場に人間しか居ないと分かったのなら俺に出来ることはほとんど無い。きっと邪魔になるだけだ。


 道すがらで聴いたが二人とも王都の冒険者の中でもかなり有名なコンビらしい。ただの人間の盗賊に負けることは無いだろう。


 入口の方へ向かうと一人の男が木箱を馬車の後ろに着いた荷台に載せようとしていた。


 後ろ姿しか見えなかったがその男の身長は二メートル程もあり、そして背中には巨大な斧を背負っていた。


 ………あれが魔族なんだろうか?


 その巨漢はまだ此方に気付いておらず、俺も一人では勝てそうも無い相手にどうしようかと動けずにいた。


 ドサッ!


 突然、俺の後ろに積まれていた木箱が急に落ちて音を立てた。


 巨漢は音の方へ、つまり俺の居る方へと顔を向けてきた。そして俺の存在に気づくとその背負っていた大斧を手に取り此方にズンズンと歩み寄ってきた。


 「ほう?ネズミがいたのか。お前たちは………冒険者か?」


 巨漢はこちらに武器を構え余裕を感じる声で話しかけてきた。


 が、俺はそれどころではなかった。転げ落ち蓋の空いた木箱から出てきたのは、なんと人間の少女だった。


 「んーっ、んーっ」


 その少女はこちらに何かを伝えようとしていたが口に縄を結ばれ話すことが出来ないようで、俺も縄を解いてやりたかったが敵が目の前にいる状況で出来るようなことでもなかった。


 「チッ、まだ暴れる元気が残っていたか。だが見られたからには生かして返すわけにはいかねぇなぁ!」


 男は両手に持った大きな斧をこちらに叩きつけてきた。避けようとも思ったが足元に動くこともできなさそうな女の子がいたせいでその場で受け止めるしか無かった。


 ガキィン!!


 洞窟に金属同士のぶつかる音が重く響いた。


 俺は辛うじてその攻撃を剣で受け止めることが出来た。だが腕は痺れ、剣もたった一度受け止めただけでヒビが入り、もう一度その斧を振るわれたら同じように防ぐことが出来そうに無かった。


 くそっ、ゴーレムを倒して強くなってなかったら今ので死んでたぞ………!


 「ほう、魔族である俺の渾身の攻撃を受け止めたか。この不動盗賊団の頭領である俺の攻撃を」


 やはり魔族だったのか………!?ならばこの男は俺がどうにかしなければ………!誰かの命を奪う事になるかもしれないなんて迷っている場合ではない……!


 しかし俺の覚悟とは裏腹に、大斧を受け止めた剣にはヒビが入り、俺の腕も痺れて満足に動かせずにいた。


 「喋る余裕もないか?まあしょうがないな、魔族の一撃を受け止めただけでも自慢できることだ。………まあお前はもう誰にも自慢話を出来なくなるんだけどな!!」


 二撃目が来た。未だ万全じゃない体、折れかけの剣、受け止められる自信はなかったが、周りの状況が俺に受け止めるという選択肢しか与えてくれなかった。


 「終わりだ!死ねぇぃ!………なにぃっ!?」


 だがその大斧が俺に届くことはなかった。イリエステルがいつのまにか俺の横に手首を掴んで現れていたのだ。斧はそのイリエステルがもう片方の手で受け止めていた。


 そして彼女は受け止めていた斧をそのまま握り砕いた。更に流れるように盗賊団の頭領の頭を蹴り抜こうとしていたので急いで制止した。


 「駄目だ!イリエステル!」


 「………人前では出てきては駄目という言いつけを破ったのは謝る。でもこれはエデルを殺そうとした」


 「………頼む」


 ………もう彼女に誰の命も奪ってほしくないんだ。


 「…………分かった」


 「な、なんだその女は………急に現れた?………しかもあんな細腕で魔族である俺の斧を砕いた………!?おい貴様ぁ!その女は一体なんなんだ!」


 盗賊団の頭領はイリエステルに殺気を向けられ怯えているようだった。


 「イリエステル………その木箱の上に置かれている縄を使って魔族の男の手足を縛るから手伝ってくれ」


 「………?あれは魔族じゃない。人間」


 !?


 「そうだったのか!?」


 ならこの男は………何故魔族なんて自称していたんだ?


 だが今はそんな事よりも目の前で怯えている男をどうにかせねばならなかった。


 木箱を荷台に固定するように置かれていたのだろうロープで男をぐるぐると縛った。


 未だにイリエステルに怯えていたので楽に縛ることが出来た。


 後はゼンとセイが来るのを待ってからこの男を騎士団のところまで連れて行き引き渡せば良いだろう。


 縛った男に剣を突きつけたまま待つ事数分、イリエステルが姿を消した。どうやら洞窟の奥から二人が戻ってきたようだ。


 「すみません奥の方にこの盗賊団のリーダーはいませんでした」


 「数だけは多かったんだがなぁ」


 「この盗賊団のリーダーはこいつだそうです」


 「………この大男が?」


 「………おい、それよりエデルの足元に転がっている女……」


 「気絶しているみたいですね。もしかしてこの木箱の中に入っていたのですか?」


 「そうです」


 「もしかして…………セイ、木箱を全部開けてください!」


 「………!?そういうことか!」


 二人は周りにある木箱の蓋を全て開けた。


 そしてその箱全てから年若い女性たちが出てきた。


 「これは……人身売買!」


 「しかもこの娘の服……貴族のやつじゃねぇか?」


 「そんな!?貴族の誘拐だったら騎士団が動く案件じゃないですか!」


 ゼンとセイは貴族の女の子が誘拐されていたことにひどく驚いていた。


 「………騎士団が出張ってないことがそんなに気になるか?フッフッフ、俺たちの後ろにいる方は騎士団にも大層出資しているみたいでね」


 「まさか……!裏に貴族が!?」


 「そしてなんで俺がお前らが木箱を全部開けるまで悠長に待って今も話に付き合ってやってると思う?」


 「………!?まずい!エデルさん!!」


 カイがこちらに声をかけるのと同時に盗賊団の頭領を縛っていたはずの縄が解け、奴は俺の顔に向けて何かを投げてきた。


 俺は反射的に腕を盾にし顔を守った。


 そして盾にした腕に何か細いものが刺さった。これは………針?


 「馬鹿め!ワイバーンですら瞬く間に動けなくなる神経毒だ!あとはこの女を人質にすればお前たちは手を出せなくなるよなぁ!」


 「ヒッ!」


 頭領は俺の足元に倒れている少女に飛びかかろうとしていた。


 既に気を取り戻していた女の子は怯えた表情をしていた。


 俺は反射的に女の子の前に立ち頭領の胸の中心を持っていた剣で貫いた。


 「なっ!?ガハッ、なんで………毒が………効いて……な…」


 そして不動盗賊団の頭領の身体からどんどんと力が抜けていき………遂には事切れてしまった。


 つまり


 俺は初めて人を殺した。


 その事実に思考が行き着いた瞬間体の底から強烈に込み上げてくるものがあった。


 俺は洞窟の外の茂みに走り胃の中のものを全部吐き出した。


 「………もしかしてエデルさん、人を殺したのは初めてですか?」


 「………いや、奴の投げた針に塗られていた毒が今頃効いてきてしまって。………でももう大丈夫だ」


 全然大丈夫じゃなかったが、元々は彼らへの償いで自ら付いてきたのだ。それで彼らを恨むのも筋違いだし、彼らに良心の呵責を感じて欲しくなかった。


 俺はドクドクと破裂しそうな心臓を無視してセイとゼン、誘拐されていた女性たちと一緒に盗賊団の利用していた馬車を使って帰路に就いた。




 


 ギルドまで着くと依頼の報酬をどうするかと聞かれたが、元々は彼らの治療費や壁の修繕費の代わりに付いていっただけだ。それに魔族が居なかったと分かっただけで十分だった。


 気分が優れないから後日また話そうという事で一言謝ってギルドを離れた。宿屋などで休めれば良かったが王都に着いて真っ直ぐギルドに向かったせいでどこの宿も取っていないことに気づいた。今から宿屋を探すのも億劫で《転移の指輪》を使って『腐敗領域』の小屋まで戻ってきた。


 そして小屋のベッドで眠りについた。


 




 夢を見た。


 この世界に来る前の夢だ。


 俺には一人の仲の良かった幼馴染がいた。と言っても『男の』だが。


 同じ高校に進学したそいつは虐められていた。俺はそれに気づくのが遅れてしまった。


 勿論助けないという選択肢は無かった。今すぐにでもどうにかしてやりたかった。


 だがそれと同時に俺はあいつと対等で居たかった。助けた側と助けられた側なんていう上下のある関係になるのが嫌だった。だから本人に気づかれないように裏からそのイジメをやってる奴らをどうにかしようと決めた。


 学校の教師にイジメの事実を訴えても取り合ってもらえなかった。


 イジメをやってた奴らは議員の息子達で、幼馴染以外にも被害にあっている生徒がいた。


 だから俺は友人達と協力してそいつらが悪事をやっている現場を撮影した。


 警察に提供しても、もみ消される可能性があると言うことでその動画をネットにアップロードした。


 すると個人の特定をされてその三人は炎上し、転校を余儀なくされていった。


 その朗報を届けてやろうと久し振りに幼馴染の家まで行き、そいつの部屋のドアを開けた。



 そいつは首を吊っていた。自分の部屋で。



 意味が分からなかった。漸くあのクズどもが去ったのになんで死んでしまったんだと思った。




 首を吊った幼馴染を見てから数日経ちその子の母親から一冊の日記帳を見せてもらった。そこには孤独であることへの絶望が書かれていた。誰にも寄り添えず誰からも寄り添われることもなく一人でクズどもからの仕打ちに耐えていた幼馴染の絶望が。




 ………俺は何をしてたんだ。


 何よりもまず幼馴染に寄り添ってやるべきだったと。虐めを行なっていた奴らを成敗することがそいつにとって一番の事だと思っていたが、そいつに取っての一番必要だったのは一緒に居てくれる奴だった。


 子供の時から仲良くしていた俺がその役目をするべきだった。


 幼馴染はもう戻ってこない。













 目を覚ますとイリエステルが横にいた。


 「起きた?」


 「ああ、急に来てベッドを使って悪かった」


 「それは全然構わない。むしろもっと使って欲しい。でも私は怒っている」


 「助けに来てくれたのを無下にした事だよな」


 「あと足元にいた人間の雌なんか見捨てて逃げてほしかった。あの男に対峙したせいで今エデルはこんなに苦しんでいる」


 「それは出来ない」


 俺は恩を返すためにあそこにいたんだし、何より女の子を見捨てていたら一生気に病み続けたと思う。


 「なら私にあの男を………」


 「それは絶対に駄目だ」


 「何故………何故さっきのことといいピンチになっても私を呼ばない?敵の命を奪うなら私を呼ぶことが一番早い」


 「俺はイリエステルに誰も殺してほしくないんだ」


 「………私は既に数えきれないほどの命を奪っている」


 「でも………それはイリエステルに掛かってる呪いのせいでイリエステルの意思じゃないだろ」


 「……」


 「だからいくら相手が悪人でもイリエステルに自分の意志で命を奪ってほしくないんだ」


 「エデルの言葉は嬉しい。すごくすごく嬉しい。私にそんなことを言ってくれるのはエデルだけだから。でも私はそんなエデルだから死んでほしくない」


 「今回助けてくれたのは本当に感謝している。でも………」


 「私は人間の命を奪う女神と恐怖されても構わない。エデルが生きているのなら。だから他のお願いは聞いてもこのお願いだけは絶対に聞けない」


 「………じゃあ俺のこと見張ってる水晶玉をこっちに渡してくれ」


 「…………………そのお願いだけは聞けない」

 

 「おい」


 「聞けない」

 

 「じゃあ小屋の外に積まれているあの剣を俺にくれないか?」


 あの剣があるだけで俺が死ぬ確率がガクッと減るし


 「……………そのお願いだけも聞けない」


 だけもって何!?


 「でもこの剣があるだけで俺が死ぬ可能性がぐっと下がるぞ」


 「エデルがピンチになったら私が出てくるから大丈夫」


 「………ついでに聞くけど俺がピンチかどうかってどうやって判断してるんだ?」


 「エデルが敵と出会った時」


 「は?」


 「エデルが敵と出会った時」


 最初じゃねーか!!


 このままじゃ俺に経験値が入ってこない。


 俺はこれからの異世界生活が女の子におんぶに抱っこになる可能性があることに戦慄した。






この小説を読んでくださる皆様のおかげでブックマーク登録件数が30を超えました。本当にありがとうございます。


 次から2章を書くつもりですがその前にこの話を含めた1章の改稿作業に入るかも知れません。話の内容を変えることは無いと思いますがどうかよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『セイ・ジーン』と『ゼン・ニーン』ねぇ…… 成る程『成人』と『前任』ってことね!(全力で目逸らし)
[良い点] 選択を間違えない、って過去に何があったか分かって良かった
[一言] イリエステルはエデルを自分に依存させて共依存に持ち込みたいのかな?人のぬくもりを知っちゃったから仕方ない
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