第七話
翌日学校に行っても白峰さんの姿は無かった。念のため入院という形になったらしい。テストは病院で受けたようだ。
仕方なく帰ろうとすると、白峰さんのクラス担任に呼び止められた。白峰さんが私を名指しして、学校が終わったら入院している病院まで来るよう言っているらしい。
「夜時さん。帰る?」
「あ、いや……実は白峰さんに呼び出されてて」
「呼び出し? なんで?」
「入院してるらしくてさ」
「……行かなきゃダメなの? それ」
「まぁ、ダメかな」
「へぇー」
松下さんはどうして夜時さんが病院まで行かされるんだ、と不服そうだった。
「明日には一度退院するらしいんだけど」
「ふぅん。ちなみにどこ?」
病院名を伝えると、松下さんは驚きで目を丸くした。
「それ、うちのお父さんがいるところ」
「それほんと?」
「うん。……ちょうどいいや。私も行く」
「え?」
私が思わず聞き返すと、松下さんはスマホを取り出した。
「お父さん、さっきからメッセージ送ってるのに返事も無いし既読も付かないらしくて。多分電源切れてるのに気づいてないっぽい。だからお母さんが帰りに顔見に行けって」
指定された病院に着く。受付で言われた階に行き、看護師さんの案内についていく。個室の中に通された。
「ここって、もしかして……」
個室に入る時、松下さんはそう呟いたが、私がそれを拾い上げる前に白峰さんの声が飛んできた。
「あ! ミギワ!」
白峰さんはベッドに腰かけ窓の外を見ていた。私を見つけると、パッと笑顔になる。私に会うからだろうか、黒髪のウィッグだ。
「来てくれたんだね! うれしい。それとお友達さんも」
「…………」
「……松下さん?」
「ああ! えっと……その……この前は、失礼を……」
「いいよいいよ。気にしないで」
「…………」
「松下さん?」
少し様子がおかしい松下さんに声をかけると、彼女は弾かれたように顔を上げた。
「ごめん! やっぱり私、お父さんに会ってくる! 帰る時また連絡して! 迎えに行くから」
「うん、いいけど……」
松下さんはそそくさと個室から帰っていった。引き戸がゆっくり閉まり、私は白峰さんに向き直る。
「それで、私は何で呼び出されたの?」
「そうそう、話があってね。座って座って」
白峰さんはご機嫌な様子で傍にあるパイプ椅子を指さす。
「ゼリーとか食べる?」
「……いらない」
「そう」
ベッドの上で胡坐をかいて私と向かい合う。
「話っていうのは、昨日の続き。言い残したことがあって。とりあえずあたしと一緒にやるって話、どうなの?」
私はスカートの端を掴んで後ずさった。松下さんに縋り付きたい気分だ。もう病室から逃げ出したかった。
「い、嫌だって言ったら?」
「あたしの音は聞けるんだよね?」
私は目を逸らした。後ずさった先で、病室の壁にぶつかる。もう逃げられなかった。傍にある引き戸に手を伸ばす。
「逃げるの?」
白峰さんの言葉は銃弾になって、私の手を弾いた。私は手を引っ込め、拳を握る。
「……逃げたいよ」
「そっか。でも逃げた先にある場所は、ミギワの居場所じゃないよ」
「……やめてよ。そんなはずがない」
「いつまでも音楽から逃げて、それで良いわけ?」
「良いよ……!」
私の声の熱が病室を駆け巡る。白峰さんはそれでも首を振った。
「それでもミギワは音楽しかないよ。ミギワの吐いた言葉も、ミギワが生んだ音楽も、全部全部そう言ってる! あたしはそんなミギワが好きだった! じゃあ、ミギワ自身は!?」
「私……自身……?」
「自分の今までやってきたこと、全部無かったことにする気なの!?」
私は今までずっと逃げてきた。だってそれしか自分を守る方法が分からなかったから。それが正しいと信じ続けてきた。
今の私は、ずっと過去の自分としか向き合ってこなかった。
「私が……逃げてきたのは……」
「ミギワが傷ついたのは、過去の音楽でしょ! どうしてこれからの音楽で変えようとしないの!?」
喉の奥が熱かった。何かを叫びたかった。でも喉が引きつってできなかった。
「私……は……」
私はずるずると壁を伝って座り込もうとした。しかしそんな私の制服の胸倉をつかみ上げ、白峰さんは言う。
「ミギワには、これからの音楽が必要だよ。そしてそれができるのはあたしだけ。そうでしょ」
「…………」
「ミギワ。あたしと組むか、一生そのままか。どっち」
白峰さんが私を見ている。そしてその瞳の中に私がいた。もう逃げられない。もう、逃げることは許されない。決断しなきゃいけない。
私は彼女の手を取った。