最終話
私は一人で泉李の墓参りに来た。誰もいない、二人きりだ。
「あっけないな」
墓石に水をかけながらそう呟く。
「死んだら所詮骨になって消えるよ。人の思い出は一生じゃない。私もいつか、泉李を忘れるかもね」
泉李は何も答えない。
「私は泉李を許さないよ。一生裏切ったって思ってる。でもそれでいいんでしょ」
「一つ、謝りたいことがあるんだ。美紅と河川敷で話してたことあったよね。あん時、実は起きてたんだ」
「起きてたなんて言い出せなくてさ。泉李が私に付きまとった理由、聞いた。あれで私は泉李に同情したんだと思う。ごめん。泉李が一番されたくないことだもんね」
「もう謝ったから遠慮しないよ。勝手に死ぬな、ばか」
「泉李が死んで私までおかしくなったよ。ほんとふざけんな。もう色々分かんないまんまだし、待ってるっていう約束を守らなかった。最低だ」
「でもまぁ、そうだな」
「許してあげるよ。相棒だから」
「泉李が向き合わせてくれたものだから。感謝してる」
「私はずっと逃げてたから。でも逃げた先で美紅と、それとあんたと出会えた。私を思い出せた。だから……ありがとう」
「そういえば、コンテスト。優勝はできなかったけど、審査員賞もらった。特別にライブできるらしい」
「迷ったけど、出ることにした。九月十三日。私の誕生日なんだ。知ってた? まぁ知ってたか」
「じゃあ、泉李。また来るよ。報告することができたらだけど」
「あ、そうそう。言い残したことがあった」
「私もあいしてるよ」
ステージへ上がる直前、私と美紅は隣り合ってステージを見つめていた。美紅が話しかけてくる。
「ねえ、新曲だけどさ」
「うん」
「白峰さんっぽいよね」
「分かる?」
「わざと?」
「泉李と一緒に作ったつもりになってたからかな」
「そっか」
美紅は納得したような口ぶりだ。
「ずっと、言ってないことがあったんだ」
「なに?」
「『ミギワ』って知ってる? 二年前くらいに活動休止したミュージシャン」
「うん」
「あれ、私なんだ」
「知ってたよ、初めから」
「だよね」
私は乾いた笑いを上げる。
「でも、だから仲良くしてたわけじゃないよ。あの時言った言葉は本気」
「知ってるよ。そんなこと」
焦ったように言う美紅を見て可愛いと思った。
「私、このことステージで言おうと思うんだ」
「汀が、それで良いと思うの?」
「うん。他ならない私が。それに……」
私は耳につけたダイアモンドのピアスを触った。泉李の遺骨から作ったダイアモンドだ。それは強く煌めいて、私を導く篝火のようだった。
「相棒にも、一人でできるってところ、見せないと」
そう言うと、美紅は微笑んだ。目じりには少しだけ涙を浮かべていた。
「きっとよろこぶ」
「うん」
前の出番のバンドが終わった。続いて私たちのセッティングが始まる。
「そろそろだね」
「楽しみ? それとも緊張してる?」
「どうだろ。分かんないや」
私は左手で美紅の手を握る。右手にはずっと、あの時交わした泉李との感覚が残っている気がした。
ステージに出た。拍手が私たちを迎える。強く照り付ける照明が、ほこりの一つ一つをも鮮明にしている。
私の右隣に、ギターを立てる。泉李のものだ。左隣にはキーボード。真ん中に私。
天井を仰いだ。
暗い暗い会場の中で、強くまばゆく白い光が燦燦と降ってくる。
「びゃくやだ」
私はギターをかき鳴らした。




