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第十三話

 日が沈み切った頃、私たちの最後の出番が終わった。拍手に見送られながら撤収する。機材を受付で返して、私たちは会場を出た。

 「いやー、楽しかったね!」

 泉李は頬を紅潮させながら私にそう話しかけてきた。

 「初めて人前でやったにしては、なかなか良かったんじゃない?」

 「うん。私もそう思う。目立ったミスもなかったし」

 「MCが少なかったのが良かったのかな」

 「折り返しの一言二言だったもんね」

 「ほかの人たちはもっとMCに時間かけてた」

 「普通MC大事だからね。やらない人あんまりいないし」

 「ミギワはMC全然やってなかったよ」

 「……話すの得意じゃないだから。歌聞いてもらってパフォーマンスできたらそれでよかった」

 「かっこいいね。びゃくやの方向性もそうしようか」

 「MCなし?」

 「うん」

 「いいんじゃない」

 不思議な充実感だ。街灯と道を走る車たちのヘッドライトに煌々と照らされた大通りを二人で歩く。初夏の生暖かい空気で湿った私たちの身体。許された時間を目いっぱい使って歌って弾いたはずなのに、あまり疲れたとは思わなかった。

 「でも、ほんとに今日の出来は良かったと思うよ。結果的にあたしもミギワも体調悪くなってないし」

 泉李が上機嫌に口を開いた。私はそれに笑いながら返した。

 「私は薬いっぱい飲んだけどね」

 「あたしも。明日は一日ゆっくりしよう」

 泉李は私の数歩前を駆けて、そして踊るように振り返った。

 「なんか良いな、この雰囲気。すっごい満足。今死んだって別に良いかも」

 「ちょっと、豊宗祭りまで二か月弱もあるんだよ。今死なれたら困る」

 「えー? 困ってくれるんだぁ」

 「うるさいな。今年いっぱいまでは大丈夫なんでしょ」

 「そうだね」

 天を仰ぎ、泉李は言う。

 「でも、目標は豊宗祭りじゃんよ。今年いっぱいまで生きたって、ねぇ?」

 その時、ぐんと距離が空いた気がした。目じりを下げて笑う泉李と。あの時、あれだけつながっていたはずなのに。

 私は足を止めた。

 「……ミギワ?」

 「八月」

 「え?」

 喉に何かがつっかえているようだった。これはもしかして、泉李には言わない方が救いなのかもしれない。未来がない泉李へ、これ以上未来を与えるのは。

 でも嫌だ。あの時、音楽を通して私たちはつながったのに。

 「八月三十日に、中学生と高校生だけが出れるバンドコンテストがある。三年に一回開催されてて、今年の会場は岡咲の万博公園」

 「…………」

 「偶然だよ。でもこれも、神様がくれたチャンスじゃないかな」

 「……何が言いたいの?」

 「出よう。びゃくやで」

 泉李は面食らったような顔をした。

 「どういうつもり、ミギワ。七月であたしたちは終わりだって」

 「豊宗祭りで終わっても、タイムリミットは四か月もある。それまでにもっとやれることはあるよ」

 「ミギワ……?」

 「言ったよね、泉李は私に。泉李のために弾けって。泉李のために歌えって。それに従ってるだけだ」

 「ま、待ってよ」

 めずらしく泉李は焦ったような口調になる。

 「ミギワはあたしと一緒にいるの嫌なんでしょ。どうしたの急に。おかしいよ」

 「嫌じゃない」

 私はきっぱり断言した。この言葉で泉李の頬を叩いてやったつもりだった。

 「嫌じゃないよ。曲を作ったのも、今日一緒にやったのも、最高だった」

 「……ミギワ……」

 「嫌なのは、音楽を憎んでる私。泉李を拒絶するのは、今の、過去に縛られてる音楽を嫌う私。でも泉李と一緒にいるとその私にならなくて済むんだ。泉李言ったよね。私に音楽は必要だって。それは私には分からない。でも私の音楽を泉李が必要としているのなら、私は音楽をやってもいいと思う」

 私は手のひらを見つめた。あのぬくもりがまだ残っている気がした。

 「上手く言えない。私が本当はどうしたいのか。音楽のことをどう思っているのか。ミュージシャンに戻りたいのか。分からないよ。まだ死にたくなる夜もある。まだ音楽を聴くと気分が悪くなる。でも、泉李の隣なら大丈夫なんだ」

 「でも────」

 「言わないで」

 また一つ、車が私たちを過ぎ去った。私の空虚さをそのヘッドライトで照らしながら。それでも私は立っていた。

 「言わないで」

 私は縋るような気分で泉李を見た。泉李の返事が来るまでに、どれほど時間が経っただろうか。泉李は顔を上げて私を見返した。」

 「いいよ」

 抵抗するのを諦めたような声だった。泉李は困ったように笑っている。

 「あたしの命尽きる限り、一緒にいる」

 「ほんとうに?」

 「うん。今日の思い出に誓うよ」

 「……分かった。ありがとう」

 泉李は頷くと、「よぉし!」と背伸びした。

 「そうと決まったらやることが山積みだよ! もっと曲作って、もっとイベントに出て、準備して鍛えないと!」

 「うん」

 「あ、それともう一つ」

 泉李は肩を組んできた。

 「八月三十日、あたしの誕生日」

 人生最後で最高のプレゼントだ、と泉李はひときわ大きな笑顔だった。


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