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プロローグ

 目が覚めて、身体じゅうを掻きむしる。内に籠った熱を、傷を開けて排するように。

 私は泣いていた。いつもと同じ夢。ステージに立っている夢だ。私はギターを弾いていた。爪が剥がれ落ち、血塗れになって、血反吐を吐くまで歌って藻掻く夢。しかし何も聞こえない。私の音も、歌も、何も聞こえない。誰も居ない真っ暗闇のステージの上で、ただ一人、夜明けは来るはずだと無垢に信じて、ずっと、ずっと。

 そしてついに夜明けは訪れず、そしてついに私は崩れ落ちた。そういう夢だ。

 私は猛烈な吐き気を催した。薬を飲んでなんとか耐えきった。

 私は弱くなった。音楽が私を惨めにさせる。

 ベッドに戻って、目を閉じた。明日も生きのびられたらと、ただ願いながら。

医師が私に宣告した病名は、やたら複雑でもう忘れてしまった。

かつて一世を風靡した天才少女シンガーソングライター『ミギワ』が私だ。早い話が私はミュージシャンとして潰れてしまった。見えない悪意に踊らされて手足がちぎれそうだった。レコーディングに向かう途中、どうしようもなく誰かに見られて笑われている気がした。私のことをよく思わない人がネット上に複数存在することは知っていたけれど、それを吹っ切ってやっていたけれど、時が経つにつれ擦り切れていく精神に、私はもう限界を迎えていた。

 何故か冷や汗が止まらない。街歩く人がみんな私のことを見て笑っている気がする。一旦そう思い込むと抜け出せない。一歩も進めなくなる。

家から出られなくなり、ミュージシャンを休止するまでそう時間はかからなかった。休止という名の、引退だった。

 一年間ひたすら家に籠もって回復に努めた。テレビもラジオも触らずに、ただずっと、ひたすら音楽から離れた。ギターを見るだけで怖くなる。弦は見る影もなく緩くなって、埃が積もってやっと私の嫌なものを覆い隠した頃、家を出ようと思った。

 けれど未だに音楽は聞けない。吐く。身体全体が拒否をする。遮音性の高いヘッドフォンで耳を守ってやっと、普通に暮らしていけるようになった。

 かつて死ぬほど大好きだったものが、今や私を殺すものになった。そしてその悔恨という泥にまみれて、惨めに醜く薄汚れたものが今の私だった。

 そんな私のまま十六歳になってしまった。

 父親の故郷であるA県の岡咲市。私も小学校まで住んでいた。東京と比べれば田舎だ。

 一人になりたかった私はアパートで一人暮らしを始めた。ギターは実家に置いてきた。これからも取り出すことはないだろう。けれど捨てられなかった。なぜだろう。分からない。

 目を覚ますと殺風景な部屋が目に入る。生きていくための最低限の物しか揃えていないから。

 朝のシャワーを浴びて、浴室の鏡に映った自分を見る。肩まで伸びた黒い髪の毛に、目まで届きそうな前髪。百五十センチの身体は起伏がなく細身だ。ミュージシャンだった頃はよく可愛いと言われた顔立ち。切れ長な目と細い顎がそんなに良いのか。そんなもので評価されるのも気に食わなかったな、と今更ながら懐かしく思う。

 真新しい制服に袖を通す。なんとなく自分が新しくなった気がした。

 「いってきます」

 誰も応えない。それはそうだ。だって一人なんだから。

 夜時(よとき)(みぎわ)、十六歳。高校一年生としての新生活が始まった。


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