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馬車が止まる。エドガーが先に降りて待っているがその目が怖い。
──降りたくない…
「クレアさん、覚悟を決めてどうぞ降りてください」
「…はい」
小さく答えて、覚悟を決めて降りた。
玄関が開いてジョンがいたが、顔が怒っている。
「荷物預かる…クレアさんご主人様に怒られてね」
とさっさと階段を上がって行ってしまった。
──なんでそんな怖い事言うの…
足がすくんでその場から動けない。
エドガーが上の階を指さしてさっさと行きなさいと促される。
もうしょうがないと階段を上がって執務室の前に立つ。
ふーと息を吐きノックしようと手を上げ、もう1度息を吐いてトントンと扉を叩く。
静かに扉を開け「失礼します」と頭を下げる。レオンの顔を見れずそのまま顔をあげることができない。
「中に入れ」
「はい…」
しばらく沈黙の後レオンがクレアの書いた手紙をトントンと指で叩きながら言う。
「責任を取る必要はないと言わなかったか?」
「…はい」
「母上にも言われてるだろうが、ここが嫌にならない限り出ていく必要はない」
もっと怒られると思っていたが、落ち着いた静かな声で、なんだかホッとした。
「はい」
「とりあえず後はエドガーに任せる」
「は?」
「楽しそうに準備してたぞ。以上だ!私は今から出るから報告はまた聞く」
ポカーンとしているクレアの横を通る際、ポンと肩に手を置き耳元で
「エドガーがやりすぎたら言ってくれ」
と少し楽しそうに呟いて出ていった。
──耳元は…やばいわ
真っ赤になって動かずいると、後ろから不穏な気配を感じる。恐る恐る振り返ると笑顔のエドガーがいて
「さて、では何からやってもらいましょうか」
「こっ…怖いんですけどその笑顔…」
「おや、私は何も怒ってませんよ。ええ怒ってません」
綺麗な顔でそんな怖い笑顔しないでくださいと思いながら、着替えてくるので待っていてもらうことにした。
まず調理場へと言われ入っていくと
「クレア戻ったか!」
「ドナルド用意してくれましたか?」
「ああ、言われた数用意したけど…」
と目線を送った先には野菜を入れてある箱が積んである。もしかして…とエドガーを見ると
「これ下準備お願いします。ドナルド手伝うなよ。時間あまりないので急いでください」
「全部…ですよね?」
にっこり微笑んでエドガーは出ていった。ドナルドがポンポンと肩を叩き頑張れと言ってくれたが、本当に手伝うつもりはないようだ。密かにドナルドも怒ってる。
「黙って出ていくのはないな。せめて挨拶して…じゃない出ていくのがおかしいんだぞ」
「すみません…」
しょんぼりしながらも手は動かしている。作業しだすと慣れたもので案外時間はかからず処理を終えた。
エドガーがまだできてないだろうと嫌味を言うためにニヤニヤしながら来た時には殆ど終わっており、ものすごく残念そうにしている顔を見て心の中で拳を握りしめる。
次はホールの掃除です、とホウキを渡される。出来れば水拭きもと言われる。出来ますか?とニヤリとされたので受けてたちます!とホウキを受け取る。
ざっとホールを8分割くらいに目算し、そのエリア事にゴミをまとめる。ある程度掃けたらゴミを一気に回収し、隅々を再度掃きながらゴミを集める。
水拭きは先に濡らした雑巾を何枚か用意して棒を利用して広い面積一気に拭いていく。力のいる作業だがクレアは慣れているので大丈夫だ。後は細かく乾拭きして終了。
まだエドガーが来ないので調度品の拭き掃除をしてみる。
エドガーがまた悔しそうにしているのが面白かった。
「次は何しましょう?エドガーさん」
「もういいですよ。疲れもあるでしょ。ドナルドがお菓子用意してるそうなので休憩しましょう」
「え?もういいんですか?」
調理場へ行くとジョンもいてお菓子を食べていた。
「なんだもう終わりか?」
「全部仕上げてしまうから面白くないんです」
クッキーをつまみながらエドガーが本当に悔しそうな顔して言うのがおかしくてみんなで笑った。
──ああやっぱり、ここを辞めなくてよかった。
その後そのまま夕食の用意を手伝いご主人様の帰りを待つ。
簡単な片付けをしながら待っているとエドガーが玄関に向かっている。レオンが帰ってきたようだ。
食事を終え執務室に戻るレオンに呼ばれる。
「明日リットン伯爵家に行くそうだが大丈夫か?」
「はい私には関係ない話ですので」
母親と関係あるとしても、既に亡くなっているのと会ったこともない親戚なので問題ないはずだ。
「リーフェンだけで心配ならエドガーもつけるか?」
本当に大丈夫ですと断る。
──執事2人引き連れてなんて…無理無理…
「そうか…今日はエドガーを黙らせたそうだな」
口元を押さえながら言ってるのは笑いそうなのを隠しているのか…
「言われた事をやっただけです」
そうかとまだ笑ってる感じだったがまだ仕事が残ってるレオンの邪魔になりそうだったので失礼する。
「ご主人様…本当に色々申し訳ございませんでした」
と最後に言って部屋を出た。今日の仕事はもうないと言われたので上がらせてもらうことにした。
支度をして明日の事も少し考えたが…なんとかなるかと考える事を放棄して目を閉じる。
昨日寝ていなかったからかベッドに入った瞬間深い眠りに落ちた。