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あれからジンとは会ってはいないが、毎日花と手紙が届くようになった。
返事など出す必要ありませんとエドガーに言われそのままになってる。
さすがにちゃんとお断りしないと…と重なった手紙を見て思うようになっていた。よしっと短い手紙を書いてエドガーに渡す。すごい顔で見られたけど、大事な手紙なのでよろしくお願いいたしますと念押しした。
手紙が届いた後、何も届かなくなった。
ノラと洗濯物を干しながら
「断ってよかったと思うよ。男爵の子息だもん、クレアが苦労するだけよ。でも騎士に惚れてもらったなんて自慢していいよ」
「多分私みたいなのは見たことなくて珍しかっただけだと…」
自分で言ってなんだか少し落ち込む。そんな事ないよってノラは笑いながらクレアの背中をバシバシと叩く。痛いですと言いながら、慰められると余計虚しくなってきた。
洗濯を終わらせて昼食の用意をしようと調理場に行くとドナルドが用意をしていた。
「ドナルドさんもう手は大丈夫なんですか?」
「完治はしてないけどもう大丈夫だ。クレアには迷惑かけたな」
「よかったです。でもまだ無理はしないでくださいね私補助には入りますから」
「ああ頼む」
では…と手伝おうとした時、ジョンが慌てて呼びに来た。
「クレアさん!とにかく玄関まで来て欲しいってエドガーさんが!!あっそうじゃなくて顔を出さず確認して欲しいと…」
「何?どうしたの?」
「とっ…とにかく階段裏まで!!」
ドナルドの方を見ると、行ってこいと言ってくれたのでジョンと階段裏まで急ぐ。
「あの人、クレアさんの知り合いか確認して欲しいそうです」
小声でジョンが言いながら、玄関でエドガーと言い争ってる人物を指さす。
「だから、クレアを出せと言っている!」
「ですから少しお待ちください」
「いつまで待たせるんだ!!俺は…」
──なんでここに!!
その男を見なくても聞きたくもない声で誰か分かる。ジョンが心配して顔を覗き込んでくれるが、今は見られたくない顔をしてると思い、背けてしまう。
隠れている意味もない。ツカツカと進んで、エドガーの前に出る。
「なんの用?ヨハン!!」
「クレア」
「クレアさん!!」
エドガーは自分の前に出たクレアが手を握りしめ、肩から震えてるのを見て、後ろに庇おうとするもクレアは動かなかった。
「用も何も…お前俺に黙ってこんな所まで」
「あなたに言う必要ないでしょ」
「なっ!!」
顔がみるみる赤くなってクレアを睨み
「誰に言ってる!!俺はお前の婚約者だ!!」
と右手を振り上げクレア目がけて振り下ろす。
叩かれる!!クレアは咄嗟に目を閉じるが痛みは感じなかった。
──ん?
目を開けるとヨハンが振り上げた手を後ろから掴んでるジンがいた。
「お前誰に手をあげるつもりだ…」
「何しやが…痛い痛…離せ!!」
右手でヨハンの手をつかみ、後ろから膝を狙いつつ、つかんだ手を後ろ手に回し体制崩れたヨハンの背中に乗る。左手には大きな花束を持っているが、花びらひとつ落ちない華麗な動きだった。
「ジン様!」
「クレアさん大丈夫ですか?」
ヨハンを押さえつけたままにっこりと微笑む。ジタバタと動くのでさらにキツめに押さえつける。花束は一旦エドガーが受け取って預かった。
「聞き捨てならない事を言ってたが…」
「離せ…!!俺は婚約者だ!!」
「違います!!」
「だそうだが…どうしようかな?」
もう何もしないと約束させ、ヨハンはジンとエドガー、なぜだかドナルドにまで囲まれ小さく椅子に座らされている。
3人の後ろにジョンとノラの壁があって、クレアはその壁の隙間からヨハンを見てる。
「で?お前は誰?」
ジンが低くゆっくり威圧を込めて聞く。
「…ヨハン・ヘレフォード。クレアの婚約…」
「違うだろ」
首元閉める様に持ち上げる。エドガーが急いで止めに入る。
「子供の頃にそんな話もでかけましたが完全に消えてます」
「消えてない!!…俺の中では消えてない!!俺はずっとクレアを…」
またジンが動こうとしたが止められている。
「は?領地内の女の子連れ込む、言うこと聞かないと叩く、お母様亡くなった時も笑いに来といて!!」
「あれだけ側に来ないで嫌いだって何度言っても、嫌がらせに来てたし…本当に顔も見たくないんだけど」
本当に…辛くて涙が出そうになるのを辛うじて耐える。
「ちっ違う!!」
「いやいや何が違うって言うのさ。あんたそれは無理だわ」
「男としてどうなんだそれ?」
「ひ…酷いです」
周りが騒がしくなったのでエドガーが1度落ち着きましょうと場を収める。
「ヨハン…様の話も聞きましょう」
「嫌い嫌いって言うのも裏返しだろ?女の子連れてたら嫉妬してくれた…グレース様の時はみんな暗かったし1人くらい笑っといた方がいいかと…夜部屋に行った時ルイスいたから帰されたけどあの時だって俺を受け入れるつもりだったよな…?」
ボソボソと喋りかけ
「え?本気で俺の事嫌いだったのか?」
ジンがまた首元を閉め上げる。眼は怒りに燃えており、椅子ごとヨハンを倒す。
そのまま馬乗りになって殴りかかろうとした時
「ジン!そこまでだ」
レオンの声が響く。
「この場は私が預かる。ヨハンと言ったか?エドガーと執務室まで来てくれ」
「あっあのご主人様!」
ちらっとクレアの方を見たが、そのまま階段を上がって行ってしまった。
──あーもう…
「クレア大丈夫?」
「大丈夫か?」
「クレアさん…」
3人が優しく声をかけてくれると我慢してたものが溢れる。
こんな騒ぎになってしまったらここにはいられない…。
「クレアさん…すみません」
ふぁっと肩を抱かれ目の前にジンの胸があった。離れようとしたが力強く押さえられて無理だった。
「コラコラどさくさに紛れなにやってる」
ドナルドがジンを剥がそうとするがなかなか離れなかった。ノラさんが間に入ってやっと力を緩めてくれ解放される。
「本当は今日大事な話がしたかったんです」
ジンがクレアをまっすぐ見て、少し寂しそうに言う。