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見送ると言ったものの、ここは公爵家。階段降りてから出る扉を間違えた。裏庭側に出てしまい戻ろうとすると、メイドたちが休憩しながら話しをしていた。
「この家で夜会なんて久しぶりよね」
「ご子息2人の婚約者探しなんでしょ?」
「奥様張り切ってらっしゃるもの」
「噂だと末の王女様がレオン様の相手よね」
「王女様16歳でしょ?歳離れるけど」
「それくらい問題ないわよ」
「ウォルター様には公爵家令嬢かしらね」
「どなたが来ても見目麗しく楽しみよね」
まだまだお喋りは続いていたが、クレアの足は自然と後ずさっていた。ノラも続く。
「いや違うと思うわよ。レオン様はきっと…」
「王女様とか…やっぱりご主人様はすごいですね」
「クレア、ちょっと待って。何かの間違いよ。確かめるまでは勝手に考えないで…」
「ノラさん間違いなんてないですよ。公爵家のご子息ですよご主人様は」
「あっ馬車来てます。すぐに私も戻るので皆さんに伝えといてくださいね」
「クレア!お願いだからレオン様に確認してね。絶対違うと思うから!!いい?」
はいと答えながらノラが馬車に乗るのを確認して手を振って見送る。最後までノラが何か言っていたが聞こえていなかった。
どう戻ったのか覚えていないが、クレアの為に用意してくれてた部屋まで戻ってきた。扉を開けて中に入るとクレアについているメイドが慌てていた。
「よかったです。クレア様どこに行かれたのかと」
「ごめんなさい。お客様をお見送りしてて…」
「奥様心配されてたのでお知らせしてまいります」
本当にすみませんと謝ってベッドに座りそのまま動けなくなっていた。
──それが当然…よね。私…何を期待していたのかしら
「クレア大丈夫?顔色悪いけど」
ウォルターが心配そうに顔を覗き込む。
「母上はもう少ししたら来るからね。怒られるよ」
「すみません」
いつもと明らかに様子がおかしいので横に座ってさらに聞く。
「何かあった?」
首を振って黙っていた。
「まあいいけど」
ウォルターは1度立って部屋のクローゼットの前まで行き扉を開ける。
「夜会で着るドレスどれがいい?俺はこれがいいと思うけど、これ母上が選んだでしょ。1度ドレス着てダンス練習しないとね」
「え?ドレスではなくメイド服を着ますが…」
ウォルターはピタッと動きを止めてからクレアの方に向き直し腰に手を当て首を傾け低い声で
「何を言っているの?クレア」
「ベアトリス様に夜会に出てと言われたので裏方のお手伝いかと…」
クレアは慌てて答える。
「あのね、我が家は使用人いっぱいいるの。クレアを手伝わせるなんて有り得ないよね」
そうですが…と下を向いて小さい声で答えるクレアに、ウォルターは少し怒った口調で話した。
「何か聞いた?」
「いいえ…」
ウォルターはクレアの前まで行き膝をつきクレアの手を取る。
「夜会当日、俺にエスコートさせてくれる?クレアが1番だって自慢しながら案内してあげるよ。ね?はい決まり!」
ベアトリス並の強引さで勝手に決められ、クレアがびっくりして返事を返せない内に絶対ねと決めてしまう。急いで辞退しようとした時
「クレア!!まだ出歩くのはダメって言ったわよね!体力戻っていないのにすぐ疲れるでしょ!!」
ベアトリスが怒りながら入ってきたのでウォルターはすっと立って母親の後ろから口元に人差し指を1本立て
『ないしょ』
と声を出さず口の形だけで伝え、部屋から出ていった。その後もベアトリスのお説教は続いていた。
「これくらいにしとくわ。夕食まで1度休んでね」
ベアトリスがクレアの頬にそっと触れ、そのまま肩にぽんぽんと手を置いた。その手がとても暖かく心地よかった。
「申し訳ございませんでした」
クレアが小さな声で言うとベアトリスはにっこり微笑んで部屋を出ていった。パタンと扉が閉まる音と同時に目を閉じると少し眠りについた。
◇◆◇
王宮から戻ってきたレオンはすぐにクレアの元に行きたかったが母親から呼び出され兄とともにお茶を飲んでいた。
「は?なん…だと?」
「だから、夜会当日は俺がクレアをエスコートするからお前はいいよ」
「何を勝手に決めている!エスコートは俺がする」
「俺もう約束したしね」
2人が睨み合ってるのを見ながらベアトリスは静かにお茶を飲む。
「クレア、当日はメイドとして手伝うとか言い出すから、1番輝いてるのはクレアだよって教えてあげたいからね」
「だからってなんでお前なんだ!!」
「選ぶのはクレアよ」
鋭い声にレオンがたじろぐ。
「レオン。貴方クレアをどうしたいの?」
「!!」
「それをきちんと伝えなさい。それすら何もしてないのに偉そうに言う資格はないわよ」
「クレアの返事次第だよね」
レオンは下を向いて考え込む。お茶を一気に飲み干し部屋を出て行った。
「やれやれ手間がかかるね」
「ウォルター貴方はそれでいいの?」
笑いながらウォルターも部屋を出ていく。
◇◆◇
「だから、絶対クレア信じちゃってるの」
「は?レオン様が王女様と婚約?聞いた事もないですよ」
「いや、アレ分かりすぎる程態度に出てるだろ」
「ですよね…だいたい初日から声かけたのなんてクレアさんだけですよ」
「初っ端からか?」
はははっとドナルドが笑う。
「ちゃんと言わないご主人様が悪い」
「ちょっと呑気に笑ってる場合?ああもう絶対ややこしくなりそう。エドガー明日様子見てきてよ」
「え?なんで私が?」
「あんたしか公爵家に行けないでしょ!!」
面倒なとは思ったがノラの勢いと、ニヤニヤしてるドナルドと心配してるジョンに見られて、渋々分かりましたと答えた。