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日差しを受け目が覚める。
身体の怠さだけは残っていたが、気分はスッキリしていた。起きようとすると抵抗があって起きれず、横向きに身体を動かすとクレアの手を握ったまま、ベッドのそばで寝ている人が見える。まさかと思いながら
「ご主人様…?」
小さな声で言ったつもりだったがピクッと肩が動いて顔をあげた。
「クレア?起きたのか」
「はい…まだ身体は動かせませんが…」
「よかった…他辛いところはないか?」
「大丈夫ですが…あの…手を…」
レオンはまだ手を握ったままだったのでぱっと離したが、すぐに握り直しクレアをしっかりと見つめる。
「すまなかった。怖い思いをさせて…」
「いえご主人様のせいではありません…私は助け出されたのですか?意識をなくしていたので全く…」
そこまで話して、思い出すように聞く。
「ニコル様は?」
握っている手がピクッと動く。
「今は身体を快復させる事を優先しよう。とりあえず何か持ってこさせる」
「あの…ご主人様ありがとうございました。ご迷惑おかけして申し訳ございません」
「クレアが謝ることなんてない」
手を離し優しく微笑みながらクレアの頭を撫でる。そしてすぐ戻ると言って立ち上がり部屋を出て行った。
扉が閉まる音を聞いてから、両手でブランケットを顔まで引き上げる。
──何?何?さっきの何?もう…心臓がもたない!!
クレアは恥ずかしさに耐えきれず身体を動かそうとするが、怠さが勝って動けず顔の火照りが無くなるのを待つしかなかった。
しばらくすると扉の向こう側で人が動いている音がする。トントンとノック音の後ベアトリスが入ってきた。
「クレア!もう大丈夫?」
「ベアトリス様大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ございません」
起きようとするクレアを制して
「そんなのいいのよ。何か食べれそうかしら?スープとかどう?」
「ありがとうございます。スープなら少しは…」
ベアトリスはメイドに指示してスープを持ってこさせる。手伝ってもらい上半身だけ起こし用意してもらったスープを1口飲む。
──美味しい。
まる1日何も食べていなかったので、温かいスープはありがたかった。
少しずつスープを飲んでいるとレオンが着替えて入ってきた。
「少し王宮詰所に行ってまた戻ってくる。ゆっくり休んでくれ」
「すみません。薬の影響抜けたらすぐ屋敷に戻りますので私の事ならお気になさらず…」
「何を言ってるの!ダメよクレア。しばらくはこのままいてもらうから!絶対ダメ!!」
レオンが言うより先にベアトリスがものすごい勢いで言う。クレアもすみませんと方を窄める。
「後お願いします」
「任された。安心して行ってこい」
「ウォルターには言ってないが…」
「そう?まあ俺に任せろ」
「お前に任せるわけないだろ!」
「貴方たち…いい加減にしなさい」
ベアトリスが静かに睨むとレオンはちらっとクレアを見て出て行った。ウォルターはクレアの傍に座り
「食べさせてあげようか?1人で食べるの大変でしょ」
「だ…大丈夫です。もう食べ終わりました」
残念と笑いながらも場所は動かない。そんな息子を完全に無視してベアトリスはクレアから食器を受け取りメイドに渡す。そして手を握りしめ俯き
「今後なんだけど本当にレオンの屋敷に戻らず、ここにいて欲しいのお願い…」
ベアトリスが肩を震わせ小さくなっていく。クレアは焦って空いてる手を重ねて
「ベアトリス様お顔をあげてください。完全に治るまでは絶対無理はしません!」
「本当に?治るまではここにいる?」
「はい」
ぱっと顔を上げニコっと笑って
「じゃあゆっくり休んで、治ったらついでにうち主催の夜会に出席してね。約束よ決まりね」
ウォルターが母親とクレアを交互に見ながらニヤと笑う。さすが母上と関心している。
はいと返事するしかないクレアは、ははっと乾いた笑いをする。
「目が覚めたと言っても無理するのはダメね。もう少し休んで」
「残念だけど俺も仕事に戻るね。また来るよ」
横になるのを手伝ってくれベアトリスとウォルターは部屋を出て行った。
──夜会とか冗談よね…?メイドの仕事をしろって事かな…
スープを飲んで体温上がったのか、熱が出てきたのか…クレアはまた深い眠りについた。
◇◆◇
王宮騎士団詰所で団長が報告を受け頭を悩ます。レスターについては執事の証言やその娘の証言で立証できそうだが、ニコルがあれから何1つ口をわらないのだ。執事もニコルは無関係と主張するのでどう裁けばいいのか…。
「クレアさんに証言とか…」
「却下でお願いします」
「ニコルに会って直接…」
「断固拒否で」
「…だよな」
「目は覚めたのか?」
「はい」
団長は少し考え込んでレオンを真っ直ぐ見て
「クレアさん次第だが、やはり1度ニコルと会ってもらわないと先に進まんかもしれん。レオン、お前が立ち会いで構わん。クレアさんに聞いといてくれ」
「…分かりました」
その後通常業務に戻ろうとしたが、まだ傷も万全では無いだろうと団長に帰れと手を振られた。他騎士たちにも仕事を奪われ、いても邪魔者扱いされるので帰ることにした。ジンだけは雑用を押し付けようとしていたが、それは当然つぶされていた。
公爵家に戻る前に自宅に戻る。1度着替えたら出る事としばらく公爵家に滞在するとエドガーに伝える。
「クレアさんは?」
「今朝方目は覚めたがまだ動かせる状態ではないな」
「皆心配していたので伝えておきます。レオン様もよかったですね」
「ああ」
「おや今回は素直に認めるんですね」
「あまりいじめてくれるなエドガー」
レオンは着替えながら長年ついてくれている執事に笑いかける。
「失礼しました。私も嬉しいですから」
手際よく滞在する用意をしながらエドガーは答える。すぐ出ると言うレオンに、用意した荷物を手渡し玄関先まで見送る。
見送った後、調理場に行き休憩していたドナルドとジョンに説明する。
「クレア無事だったか…よかったな」
「全くあんなご主人様はもう見たくないし、相手にしたくない」
エドガーは思い出して顔をしかめた。
「確かにな」
ドナルドは笑っているがジョンは神妙な顔をして尋ねる。
「クレアさん…戻ってくる?」
エドガーとドナルドは顔を見合わせるが、2人とも首をふる。ジョンが泣きそうになっているが
「別の立場で戻ってくる可能性はあるでしょうね」
エドガーが笑って答えるとドナルドもそうだなと笑う。
「え?」
意味が分からず混乱するジョンの背中をバンバンと叩きながらドナルドが笑い、エドガーも笑っていた。




