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「手を離してやってください」
弱々しい息を出すのも苦しそうな声がする。そちらをチラッと見てマシューが手の力を弱める。ゴホゴホと咳き込みながらアドルフが座り込む。
「ヘンリー殿」
「お久しぶりです。マシュー殿」
執事に支えられながら、ゆっくりとこちらまで歩いて来るが、歩く度苦しそうである。
「マシュー貴様…」
息を整えたアドルフがマシューに睨みを効かせ手を出そうとするが、その手をとり背中側にねじり押さえつける。
「父上…もうおやめください。そろそろ潮時です」
「ヘンリー何を…」
ヘンリーがマシューのそばまで来て手を離してくれと頼み、床に這いつくばった父親の肩に手を置き
「もういいでしょ。これが今まであなたのやってきたことへの神様からの罰です。あなたには何も残らない」
「ヘンリー…」
「今私の状態もそうなのかもしれません。あなたの罰は私が全て受けます…もう諦めてください」
おおっとアドルフが崩れ落ち、それでもまだ何か言いかけていたが途中ふっと動かなくなった。顔を再度あげた時には先程まであったオーラが消え一気に歳をとったように小さくなっていた。
「マシュー殿本当に今まで申し訳ございません。私が亡くなったら爵位は返上すると約束します」
「そう…長くはないですから」
弱々しくも覚悟を決めた顔で笑う。そしてマシューの後ろにいたクレアを見て懐かしいように微笑み
「ああ、姉上にそっくりだ…クレアだったかな?顔を…よく見せてくれないか」
マシューに背中を押されヘンリーの前まですすむと
「ああ、本当に姉上だ…姉上…すみません」
ボロボロとヘンリーが泣き崩れた。急いで執事が抱き抱えソファーに座らせる。クレアは先程座ってた位置に置いてた花束をそっとヘンリーの前に置き
「少しでも心穏やかに過ごしてください」
すまない…と何度も何度も繰り返しヘンリーが泣く。
ヘンリーが落ち着きベッドに戻り、アドルフは何か抜けてしまったかのように呆然としている。執事が食事を用意すると言ってくれたが辞退して帰ることにした。
屋敷入口で待機してた護衛が、2人の姿を見て心底ホッとしている。
馬車に乗り込みリットン家を後にする。
「お父様ははじめからこうなると思ってたんですか?」
「んー本気でグレースに謝って改心してくれたら、クレアを伯爵令嬢にしてあげたかったけど、多分無理だろうなとは思ってたよ」
「もう、いいのですか?」
「なんだかんだ言っても、子供が2人とも自分より先にいなくなるんだ…1人残されるのがどれほど辛いか…あの人が苦しむのはこれからだよ」
「お父様…今日はかっこよかったですよ。普段もこれくらいしっかりとやってくれれば」
「それは無理だよ~ルイスに任せるよ」
既にいつも通りの頼りない顔に戻ってヘラヘラと笑う父親を今までとは少し違う目線で見るクレア。
──お父様は本当にお母様を愛してらしたのね。
◇◆◇
馬車がレオンの屋敷前に止まったのはもう夕方になっていた。音を聞いてジョンがかけてくる。扉も開けてくれてマシューとクレアを迎える。
エドガーが玄関扉を開けて2人を中に入れると
ドナルドも食堂から出てきた。屋敷の中が重い空気だったから普段より長く残ってたノラもいる。クレアはみんなに笑顔でただいまと声をかけていると、階段をおりてくるレオンが見えた。
「ただいま戻りました。ご主人様」
一礼をし顔をあげるより早く自分が抱きしめられていることに気づく。
「よかった…戻ってきた」
「ご主人様!!え?え?え?」
さらに力を込めて抱きしめられる。
「ちょっと何してくれてるのかな」
マシューの声ではっと気づくレオン。腕の中に真っ赤になって固まっている上目遣いのクレアがいて、バッチリ目が合う。
咄嗟に手を離して急いで後ろに下がる。
「君はうちの娘に何してるの?」
マシューがレオンに詰め寄っていると、クレアがヘタッと座り込む。心臓が張り裂けそうなほど鼓動が早く、全身火でもまとったように暑かった。
「やっとですか」
「やっとなのか」
「まあ!そうゆう事なの!!」
「ご主人様ずるい…」
──何?なに?なにがおこったの?え?え?私…
クレアが限界でそのまま倒れた。




