17
自分から足を踏み込んでしまった。でもあのまま見過ごすこともできない。
「立てますか?」
手を差し出すとその手をそっと握り
「大丈夫です体調悪くて座っているのではないので…出来ればこちらに座ってくれませんか?」
「申し訳ございません。ニコル様とお会いするのも本来禁じられておりますので…大丈夫なようでしたら帰ります」
手を離してもらうように退けようとするも、離さずそのままニコルは立ち上がる。
「ここで待ってたらまた会えるかもと思ってました…本当に会えるなんて…」
まだ握っている手を強引に自分の顔に近づけ手の甲にキスをする。
「ニコル様!!」
「ベアトリス様から何か聞いているかもしれませんが…」
少し間を置いてクレアを見つめる。
「これだけは信じてください。私はあなたを巻き込むつもりはない…父はあなたが誰であるか知らない。言うつもりもありません…」
苦しそうに泣きそうに愛おしい人を見るようにクレアを見つめる。
「私は…何もしておりません。ただ少し介抱しただけです。ニコル様にそのように言っていただく存在ではありません」
真っ直ぐなニコルの瞳や言葉が何故?と。何故私なのかと怖くなってくる。
「いえ、あなたです。あの時私の全てを救ってくれたのはクレアさん…あなたです」
「醜い争いにあなたを巻き込みたくはない…ですがあなたを諦める事もできない…」
握っていた手に力を込める。さらに1歩前に距離をつめられた時、蹄の音とともに上から声がする
「そこまでだ」
──ご主人様!!
ニコルはゆっくり振り返り上からの目線を睨み返した。しばらくそのままだったがふと手を離す。
レオンが馬から降りてニコルの前に立ち鋭い眼光で睨みつけ尋ねる。
「ニコル・リットン…だな?」
「クレアはハミルトン家預りの者、用があるなら公爵家を通してもらおう」
「正式に手続きしても取り次いでもらえないと思うが…」
「そうなれば諦めろ」
「!!」
さらに厳しい目でレオンを睨むがそれを完全に無視して
「クレア」
「はい!」
名前を呼ばれびっくりして返事する。手を掴まれレオンの方へ引っ張られる。
「帰るぞ」
そのまま馬に乗せられ、レオンも後ろに騎乗し向きをかえ出ようとした時
「クレアさん!!また…」
走り出したあとは聞こえなかった。
◇◆◇
時は少し…朝まで戻る。
◇◆◇
馬で王宮まで戻ってくると、報告書や引き継ぎなどですぐには帰れなかった。騎士団執務室で処理をしていると父親からの呼び出しがあり、公爵家に寄ることになった。
急ぎ処理を終え公爵家に着いたのは夕方だった。
「は?」
「だから、今説明したでしょ。クレアがリットン家の騒動に巻き込まれないようにしないとだめなの」
「安全を考えると我が家で預かる方がいいだろ」
「え?」
「はじめから娘として迎えればよかったのよね…クレアが働きたいって言うから」
「ちょっと待ってください」
「ニコルが狙っていても、ウォルターと婚約でもしてもらってうちに来てもらえば完璧でしょ」
「婚約!?」
「まあそれは後々考えるとして、お前の屋敷で今のようには難しいだろ」
「…」
いきなりの情報で考えがまとまらない。リットン家?娘?婚約?
「明日でいいからクレア連れてきてね」
「…困ります」
「レオン?」
「クレアはもう屋敷の一員ですし今いなくなるのは困ります」
元々人が少ないのにさらに減らされるのは…
「別の人すぐお願いするから大丈夫でしょ」
「屋敷から出なければいいのでは?」
「それでもお前の屋敷には護衛もついてない。何かあった時すぐに対応もできない」
「しかし…」
「それとも反対する何か別の理由でもあるか?」
「…ないです」
ないはず…だ。ないが何かはっきりとしない。
父母に逆らえるはずもなく明日連れてくると約束して公爵家をあとにする。
屋敷に戻るとエドガーがノラと何か言い争っていた。
「何をしている?ノラはまだのこっていたのか」
「レオン様!!なんかクレアの様子おかしかったの。見に行ってって言ってるんだけど」
「お帰りなさいませ」
「ノラ様子おかしいとは?」
「なんか誰か見つけたみたいな感じで、私も先に帰らされたしなんだか心配で…」
何か嫌な予感がする…レオンは馬に再度またがり
「ノラ場所はどこだ!」
「商店街抜けた先の椅子があるあたり」
最後まで聞かずに馬を走らせる。
急いで向かうとクレアが手を掴まれてる光景が目に入る!
◇◆◇
屋敷まで戻ってくるとノラもまだいた。
「クレア顔色悪いわよ。大丈夫?」
「ノラさん大丈夫…です」
「え?何か危なかったのですか」
声は飛び交うがレオンは聞いてない。馬から降りるとクレアの手を引いて執務室まで連れていく。
バンっと扉を開け中に入る。
「あっあのご主人様」
「会わない様に言われてなかったか?」
「…」
クレアは下を向くしかなかった。
「自ら会いに行ったのか」
いるとは分からなかったが、自らあの場所に行ったのは否定できない。
「そんなに…会いたかったか」
「それは違います!!信じていただけないと思いますが…それは絶対ないです」
「明日から公爵家で過ごしてもらう」
「ご主人様!私は…」
「もう決まったことだ。明日エドガーに送らせるから準備を。今日はもう下がれ」
「あっ…」
「下がれ」
レオンはクレアを見ないように背を向けている。クレアは一礼して部屋を出たが、執務室の扉が閉まるのと同時に、この屋敷…レオンとの間にも扉がしまった気がする。