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クレアがハミルトン家に来て3日がたっていた。
ベアトリスは朝から晩まで、クレアと行動し今まで体験したことがない贅沢をさせてくれた。
「経験は大事よ。邪魔になるものはひとつもないわ。クレアにはもっと色々見て欲しいし、感動して欲しいし、考えても欲しいの」
「ありがとうございます。感謝しかありません」
「だからいつでも娘になってくれていいのよ」
ベアトリスのここは揺るがない。クレアは笑ってごまかすも実際その価値が自分にないことも分かっている。
──ベアトリス様本当にお優しい…お母様も素敵な友人がいて幸せだったのね。
トントンとノックした後リーフェンが公爵を連れて入ってくる。
「あら、旦那様こんな時間にどうされました?」
「やあ君がクレアだね。あっ大丈夫座ってくれ」
ドミニク・ハミルトン公爵、ベアトリスの夫でありレオンの父親である。席を立ったクレアだったが
「ご挨拶遅れました。クレア・ブランドンと申します」
挨拶だけして腰を落とす。
ドミニクは懐かしむように目を細めクレアを見る。
──ご主人様に似てるな…
「グレースは私にとっても大事な友人だったのだ。我が家だと思ってゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます」
「でだ…君にも少し関係ある話なので今ここでさせてもらってもいいかな?」
はいと答えるも、公爵が話す事で自分が関わることなんてあるのだろうかとソワソワする。
「リットン伯爵家なんだが…君の母親グレースには弟がいるんだが知ってるか?」
ブンブンと頭を振る。全くの初耳である。
「その弟…ヘンリーがあまり良くないらしい」
「あのヘンリーがですか?グレースを姉とも思わず、虐げてきた罰がやっと…」
「ベアトリス」
ドミニクに制されコホンと咳払いをしてベアトリスは扇で口元を隠す。
「お身体そんなに悪いんですか?」
「今すぐどうと言う事ではないが…ね」
はじめて知らされたが叔父である。病気なのは可哀想だなと思っていると
「ヘンリーは結婚してない。正確にはしてたが夫人は出ていった。子もいない…これがどうなるか分かるか」
「爵位を継ぐ方がいないと言うことですか?」
「そうだ。君の祖父にあたるアドルフ・リットン伯爵は欲深い人でな。どうしてもとなったら君たち姉弟に目をつけるかもしれん」
「ルイスはブランドン家を継ぐからまさかクレアを…」
ドミニクも考え込む。そうなる可能性もあると言うことか…
「ダメよ!!実の娘でさえあんな仕打ちが出来るのよ。会った事ないクレアに孫娘として愛情なんて持つわけないわ。誰が渡すもんですか」
ベアトリスが泣きそうな悲鳴のような声をあげる。クレアは側により背中をさすり手を取って大丈夫ですと笑う。
──ん?あれ…そうなると…
「ニコル様は?ニコル様もリットン家の方ですよね?」
「ああ彼は…彼の父親がリットン伯爵の弟なんだよ。伯爵はこの弟に爵位を渡したくないみたいでな」
ああそれで私と繋がり持とうとするのかしら?あれ?ニコル様はこの事知ってた?助けたのは偶然だったはず…天使とかなんとか言っていたけど、やっぱり私がどうこうではないのね…
グルグル考えると分からない事ばかりで纏まらないので放棄した。
「私がリットン家と関わらなければいい話ですね?」
「そうだな…このままここに居てもらえれば隠し通すこともできるが…ベアトリス…」
「お…お話した方は信頼出来る方ですので心配ないです!外に連れて行った時も娘としてですから」
ドミニクは頬杖つきながら少し慌てて話す妻を見ているが、フーと大きく息を吐き、今後のことは考えるからと出て行った。
「こうなるとレオンのところに戻るのはやめた方がいいわね」
「え?それは困ります!!」
このままここで贅沢するために出てきたわけではない。それにあの場所で働くことがとても楽しくて、離れたくない。
とりあえずはドミニクの判断に任せるとの事で今日のお茶会は終了した。
「じゃあクレア、ダンスの練習しましょうか」
「え?」
「さあ行きましょう」
またまた断れる状況ではなく練習ホールまで連れて行かれる。家事全般なんでも器用にこなすクレアだが、手芸とダンスは何をどうやっても上達せず、ブランドン家ではふれることがなかった。
「ベアトリス様すみません!ダンスだけは、ダンスだけはお許しください!!」
涙目で訴えてみたが…
ふふっと笑い、ダメよ~と引きずられる。
リーフェンが後ろからついて行くが、相手は自分だろうか…と不安になっていた。
頑張った…頑張ってはみたが結果はボロボロだった。リーフェンが立てなくなるほど足を痛め、練習を見ていたメイドが思わず声をかけてしまうほどクレアにダンスの才能はないのかもしれない。
まあ得手不得手もあるわね。とベアトリスが笑いを堪えながら言うので
「もう…いいですよね?ダンスは?」
「これから必要になるのに何を言ってるの。やり方を考えるわ!」
必要になることなんてないですからと言ってみてもダメだった。
ベアトリスが考えた次の手とは
「音楽から学びましょう。音を理解したらそこから動けるかもしれないしね」
と言い出し、次の日講師としてやってきたのはハミルトン家次男ウォルターだった。