提案
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先程までいた青果市場から肉と魚を扱う市場まで30分位歩く。もちろん市場を見ながらだから、わざと少し時間をかけたからだ。
ここまで市場をざっと見た感じ、店で使う材料で不足しそうな物はなさそうだ。
ドライフルーツも調達出来そうなのも嬉しい。手間を考えればいろいろと便利に使えるからだ。
さて問題の肉と魚、はたして何があるんだろう。
――あった。
確かにあるのだが、ホッとしたのも束の間。
息を呑む程に恐怖と不安が襲う。
なぜなら、目の前にはいかにも凶暴そうな大型の魔物達が入った檻がズラリと並んでいたのだ。
「おおぅらあぁぁ!」
「せいやあぁぁ‼」
「はいぃぃ‼」
……ここ市場だよな?
とてもそうとは思えない声、というより掛け声と怒号が飛び交っている。
確かに市場は戦場と比喩される場所だが、目の前にある光景は本当に戦場だ。
普通の肉なども置いてあるが、スキあらば襲いかかろうと伺い続けてる生きの良い魔物達。それらを捌こうと必死に解体屋の人達が懸命に、専用のステージ型の調理台で文字通り格闘している。
思わず息を飲む迫力、すさまじい光景だ。
こんな所に本当にベーコンやらソーセージとかあるのかな?とりあえず近くにいた人に聞いてみる。
「すみません、ベーコンとかソーセージってありますか?」
「ああ、そこの加工屋にあるよ」
「良かった、あるのか。
ありがとう!」
「気を付けてな」
まただ。
挨拶みたいなものなのかな?
とりあえず案内された加工屋の前に立ち品定めをする。
軒先には多種多様なベーコンブロック、ソーセージ、乾燥肉が揃っていた。
これらは一体どんな味なんだろうか、塩味が強いのか、それとも肉の風味、もしくは臭みがあるのか。
それらの要素の具合によってパンと肉をどう合わせるのか変わってくるから非常に重要なポイントだ。
――よし、試しに買ってみるか。
「すみません、ここにあるものを頂きたいんですけど」
「……兄ちゃん、それ値段わかってるか?
ちゃんと払えるのか?」
「え?」
「払えるのかって聞いてンだ、バカヤロウ‼
うちの商品は安かねぇんだよ、どうなんだ⁉」
「……あ!しまったっ…⁉!
オレ、金がないんだった!」
「やっぱり冷やかしじゃねぇか!
ふざけんな、バカヤロウ!」
「で、出直してきます」
「一昨日来やがれ!」
……金がない!
致命的な問題に直面している事に今さらなが気付く。
開店資金がない!
由々しき問題だ、どうすればいいんだ⁉
どうする……⁉
◇◇◇
ひとまず店に戻り、頭を抱え1人真剣に考える。金が無いのは不安の元だ。
確かに店の中に、食材は最低限は揃ってはいる。しかし、確認した量はせいぜい5日分の食材しかない。不足したら市場から材料を手に入れなければならない。
直面したこの問題をどうするか……。
うーん、考えろ、考えろ……。
店の中で意味もなく、うろうろ、うろうろとする。
わからないことは聞くしかないが聞く相手がいない。……アンさんがいたら何か相談に乗ってもらえたかな?
――なんだか心細くなってきた。
独身ながら今まで寂しくなかったのは一緒の時間を共有する従業員達がいたからだ。
しかし、今、この店にはオレしかいない。
そう考えた途端に寂しさからくる不安が徐々に増してきた。
「――ええい、とりあえず解らない事は聞くしかない!」
不安を振り払う様にオレは再度商会へ向かうため店のシャッターを慌てて閉め、なりふり構わず駆け出していた。
コムギが駆け出し、店の位置から見えなくなった頃、すれ違いで鎧を着たブロンド美女が1人が店の前に立っていた。
「あれ……?
シャッターがしまってますね……⁇
せっかく魔石の件での御礼を言いに来たのに……お留守なんでしょうか?」
すれ違いになった事に気付くわけもなく、また来るか、と思いとぼとぼと帰路に着いた残念なアンだった。
◇◇◇
――というわけで商会に来たわけだが。
前にアンさんがカウンターで尋ねていたな、そこで聞いてみよう。
「すみません、ちょっと聞きたいんですが……」
対応してくれるのはいつもニコニコ笑顔で窓口に立っている焦げ茶色のボブカットをした可愛い系のお姉ちゃんだ。
「はい、何の御用で……あああ‼⁉」
「へ?」
「しょ……っしょ少々お待ち下さい!
いいですか、必ず待っていてくださいね、必ずですよ⁉」
「はあ」
……なんなんだ?
オレを見るなり狼狽してたけど。アンさんはお嬢様って呼ばれてたし、その連れって事でなんかあるのかな。
すると
「お待たせしました。
こちらへどうぞ。」
さっきとは別の美人受付が案内してくれる。
こちらは黒髪ストレートで切れ長の目が少しキツめのキャリアウーマン的な印象だ。
「こちらでお待ち下さい」
「はい……」
そう言われ案内されたのは前回と同じ部屋。ここは応接室なのかな?
カチャカチャとお茶を用意される。
うーん、香りのよいハーブティーだ。
シンプルなスコーンと合わせたら美味しそうだ。
スコーンはほろり、ほろりと口の中でも崩れる食感がたまらない。ただ水分を飛ばしつつ、粉の割合が多いものなので、飲み物がないと食べづらい。ティータイムに愛される食べ物として広まったのだから当然だが。
なんて考えているうちに、ショー二さんが現れた。
「おお!よくぞいらっしゃいました!
再会できて光栄ですよ」
「ど、どうも」
大袈裟だな、なにかあるのか?
と勘ぐってしまう。
「いやあ、氷の魔石の採取成功おめでとうございます!」
「あれ?誰から聞いたんですか?
まだ誰にも言ってないのに」
――そう、氷の魔石を採取出来たと知っているのはアンとその父親、公爵だけのはずだ。
「何を仰いますか、公爵様がアンお嬢様の手柄だと触れ回っているじゃありませんか」
なぬ?
どうゆうことだ⁇
「ちなみになんて聞いてるんです?」
ショーニさんに内容を尋ねると意外そうな顔をする。
「まさか……知らされてない、と⁇
私共には、公爵の御息女であらせられるアンジェリーナお嬢様が従者と共にドラゴンを征伐の上、氷の魔石を手に入れ、国王陛下に献上したと、聞いております。
――違うのですか?」
なんか話にすごい尾ヒレが付きまくって話がピチピチ跳ね回ってるけど。
「ええと、間違ってもいないような、だいぶ間違ってもいるような?」
内密の話となっている以上、事実を知っている自分としてはなんとも言えない複雑な心境だ。
「……?
いずれにしろ、アンジェリーナお嬢様が氷の魔石を国王陛下に献上した、という事実は間違いありません。
なにせそのおかげでお嬢様は武勇ありと、名誉挽回出来たのですから」
「名誉挽回?」
「少々よろしいでしょうか?
貴方はお嬢様の従者、もしくは近しい方と思っていたのですが……。
失礼を承知の上でお尋ねしますが、貴方様はどこのどなた様で?」
たしかに今さらだ、良く考えたらアンの時も自己紹介が遅れたしな。気を付けなきゃな。
「オレはコムギ・ブレッド。
職業は『パン職人』だ」
「『パン職人』?
はて、そんな職業聞いた事がありませんが……。
まぁご友人でも明かされない事実はありましょう、ここだけの話ですが――」
つまりはこういう事らしい。
アンジェリーナ、アンさんは公爵令嬢。
見目麗しく、文武両道の才女。
にも関わらず、貴族らしくなく、騎士団に入隊し日々危険に身をさらす生活。
そんな彼女は貴族の女として嫁にもいかない、いわば半端者と蔑まされていたらしい。そして《《忌避したい事情》》の為に箔を付けるべく何か手柄を、と言う事で魔石の献上という話になったらしい。
「なるほど……、彼女には事情があったのか」
だから危険を顧みず、わざわざ雪山までついてきたのね。
しかし今更だけど無茶したよなぁ。
「国王陛下は、いたく感激し軍事部での採用やら良縁の結婚を進めたいようですよ」
なんかドラマとか漫画みたいな話だな。
まぁ彼女が幸せになるなら良いか、アンさんがいたから魔石が手に入ったんだし。
その事実は変わらない――彼女への感謝も。
「して、貴方は今日はどんな御用で?」
「ああ、実は金が欲しい。
何でも良いから、稼ぐ方法はないか?」
「なるほど。
ならばこちらからも提案をさせて頂きたいのですが……」
「なんですか?」
提案⁇
なんだろう、俺に出来る事で金になるなら今はなんでも来いだが。
「――是非ともパンを売って欲しいのです!」
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