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紅茶とスコーンと ④勧誘

「入れ」


ドアが開き、夜食が運ばれてくる。

手元の書類に集中しているため、いちいち目視しない。だがいつものメイドとは違うらしく、足音が軽い。


「お夜食をお持ち致しました」


軽いはずだ、横目で見る姿と声から察するに自分と同じ年くらいの少女らしい。

緊張しているのか無表情ポーカーフェイスだ。

そう言えば、最近何人か雇ったと報告があったのを思い出す。クビにしたメイドらは各所に出入りできる立場を利用し、城内で賄賂、盗みや横領など色々悪さをしていたためだ。

 

これ幸いにと血の入れ替えを図るべく、貴族派閥と共に使用人達も粛清した結果、使用人の平均年齢がかなり下がったらしい。



「どうぞお召し上がりください」


コトリと置かれた男性の食用にしては小さめな器。

表面は優しく波を立て、仄かに香る料理はライトに照らされ、薄暗がりの執務室でキラキラと輝いている。


どうやら今日の夜食は野菜入りのスープの様だ。付け合せにはいつも通り黒麦のパンが添えられている。


食べやすいよう一口大に切られた野菜と、その旨味を殺さないように丁寧に仕上げられたスープ。口当たりはさらりとして良い余韻とのどごし、具材と黒パンが程よい満腹感を与えてくれる。


「うむ、今日も美味い。良い出来だ。

しかし、仕方ないとはいえ毎度黒パンのもさつく食感はどうも気になるな。

何度試させても中々良くならん。

この分じゃ改善されるにはどれだけかかるやら…」


スープ《メイン》よりパン《付け合せ》に文句がある皇帝。

汁気を吸わせ食べる黒パンの質に常々不満を持っており、厨房に美味くできないか指示をしているのだが一向に良くなる気配がない。

せっかくのスープの美味さもパンで減衰してしまう虚脱感が最近の悩みだ。


「……もう一踏ん張りするかな」


あまり満腹になると眠気が襲うため、常に腹は七分目と決めている。それに合わせた食量なので、食事に時間はあまり掛けない。

いちいち気持ちを切り替えるのも疲労の原因の1つ。なるべく切り替えすぎないようにと効率を突き詰めた結果だ。


「……よろしければ、こちらをどうぞ」


片付けた皿と入れ替わるように、スッと紅茶とスコーンが用意される。


「これは?」

「少しでも気が休まるかと思いまして」

「うん?」

「毎日遅くまで働き詰めでお疲れでしょう?何日休んでいらっしゃらないんですか?皆、口にはしておりませんが心配しておりますよ?」

「……そうか。すまない、だが大丈夫だ」

「帝国は皇帝陛下あってこそ。

倒れられたら一大事ですもの。ご自愛ください」


勧められるまま紅茶を一口。



「ふむ…」



飲むなり、険しい顔になる。

「これは……⁉」

「あ、あの…?」

「スコーンは……と」


スープに入った野菜よりは少し大きい、一口大のスコーン。

丸い形にうっすらついた焼き目。

ボリュームと風味を出すため酵母を入れるため、パンとも菓子とも言える不思議な食べ物。


「ほぅ……」


何よりも特徴なのは紅茶や飲み物と馴染むプレーンな味。

甘すぎず、サクサク、ほろほろと口の中で優しく溶けてゆく味わい。

張り詰めていた頭の疲れも和らぐような見事な出来栄えだ。


「これは貴様が作ったのか?」

「えぇ、はい。お口に合えばよろしいのですが……」

「そうか」

「……っ??」

「どうした?」

「いえ、なんでもございません。

それでは失礼致しま――」

「待て」


ビクッ!!

踵を返し、入ってきた時より早く、何やら急ぎ逃げる様な足取りのメイド。

だが執務室の主の呼び止める声には抗う事が出来なかった。


「こちらへ」

「え、いや…あの……」

「いいから来い」

「……失礼致します」


招かれるまま、再び皇帝の机の前に立つ。三度聞く足音は――無い。

蚊ほどの音も無く、近寄る少女の顔を今度は正面からしっかり皇帝は捉えていた。


「さて――どうゆう事か聞こうじゃないか。

なに、どうせ逃げられないさ。

見事な紅茶とスコーンの褒美にチャンスをやろう」


「チャンス?それに一体何を――」

「ありえないのだ」

「?」


皇帝の口から出る諦めと無念さを乗せた溜息混じりの言葉。

込められた想いが深刻さを物語るかの様に重いトーン。

警戒を表に出さないよう注意していても先程から抱く違和感と相まって動揺する少女は慎重に言葉を選ぶ。


「な、なにがですか⁉」

「紅茶とスコーンだよ」

「……へ?な、なにか不手際がございましたか!?」

「ない」

「なら、何が――」


拒否の言葉に狼狽する少女。

何がなんだか理解できず、ポーカーフェイスは崩れ、年相応の感情豊かな困り顔になる。


「完璧すぎるのだ」

「それの何がいけないのですか?

当然の仕事をしたまでです!」

「だからありえないのだ。今の城内でこのクオリティが出せる者は一人としておらん。腕が良くても悪事を働いていた故、解雇したからな」

「っ⁉」

「最近入れた者はまだまだ未熟。我慢しているが常に微妙な味の紅茶とスコーンに辟易していたのだ。

だがそんな中。

貴様が温度も焼きも完璧な物を持って現れた。

あまりにタイミングが良すぎる。

それもご丁寧に無味無臭の毒を入れてなぞ、疑うしかなうであろうが」

「……気付いてらしたんですか」


ズバリ、の指摘に観念したのか、ゆっくりと気付かれない程わずかに踵を浮かせ臨戦態勢に入りつつ、少女はメイド役から暗殺者として本来の冷たい感情の無いポーカーフェイスへと変わる。


精神的に追い打ちをかけるべく、皇帝は首から掛けた小さな飾りを見せながら、さらに厳しい口調で攻め立てる。


「当然だ。毒は常日頃から飲み慣れているし、この魔道具【健康維持スッキリ】があるから効かん」

「ご冗談を。この毒は一口で大型の魔物すら1分と経たずに死に至らしめる特別な劇薬ですよ?魔道具で防げるなんて、そんなまさか……」

「信じられなくとも我の無事が何よりの証拠だろう?

移動の足運びといい、帝城最奥のこの執務室まで潜入出来た貴様は優秀な暗殺者の様だ。


が」


「なんです?」

「経験が足らないようだな」

「……っ!」


図星か、それとも本人も自覚してない小さな過信か。

挑発の言葉に一瞬見せた動揺。

生まれたわずかな隙を皇帝は見逃さなかった。


「ぐっ、このっ!」

「ほう、さすが華奢な身体の割に腕力も中々だな。だが、あいにく我の方が上の様だ」

「くっ……っ⁉」


腕で振り払った机上の書類を目くらましに、素早く身柄を抑える。

少女は抵抗すると同時に何かを必死に口に運ぼうとするが、その手が勤めを果たす事はなかった。


「おっと、何か飲もうとしたな。

これは…先程の毒か。簡単には死なさんよ、背後いらいにんを吐いてもらわねばならん」

「吐くわけないでしょう、暗殺者にも誇りがあります」


組伏せた半身から覗かせる強い眼差し。

覚悟と信念が窺える、確かに誇りに満ちた仕事人だからこそ出せる真摯な眼光が皇帝の心を掴んだ。


「……いいだろう」


バッ!!


不意の解放と同時に距離を取る少女。

本来ならばすぐに撤退すべき場面。

だが暗殺者としては抱いてはいけない、興味という感情がその場に少女を留まらせた。


「どういうつもりです?」

「気が変わった」


何やらおもちゃを見つけた子供の様に悪戯な笑みをうっすら浮かべる皇帝。


「貴様の腕を見込んでの話だ。

帝国うちで働く気はないか?」


ご覧いただきましてありがとうございます。

スコーンはプレーンなのも良いですし、色々な具材が入っていても美味しいですよね。


菓子とパンか定義付けが難しいですが、イーストを使う事が多いので、生地を発酵させて焼く、プロセスが同一のためこの作品ではパンの扱いにさせて頂きます。

ご了承ください。

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