紅茶とスコーンと ③返り討ち
その年、帝国は大きな悲しみに包まれていた。
先代皇帝の崩御。
衝撃的な訃報に、これから帝国は大丈夫なのか、と不安と疑問の声が人々の間で囁かれていた。
『帝位を継ぐ皇太子は稀代の傑物と評判だが、若すぎるのではないか?』
病に倒れた皇帝に変わり、ここ数年に渡り帝国の一切を仕切っている皇太子ゼンメル。
その辣腕は大国であった帝国をさらに飛躍させるため存分に振るわれ、少しずつ成果が出始めた矢先の崩御。
(これからという時に……父上……!)
程なくして帝位を継いだゼンメルは悲しみを振り払うかの様にさらに仕事に邁進した。
同情もあるだろうが、なによりゼンメルの熱意と人柄に惹かれた人々の協力の甲斐もあり、汚職や忖度による帝国の膿は徐々に浄化され、帝国の改革はみるみる進んでいった。
だが当時は旧態依然とした貴族至上主義が主流。
出生や血筋を問わず、有能な人財を発掘しては重用し着々と結果を出すゼンメルのやり方に快く思わない者達。彼等の不満は臨界点に達していた。
(このままでは今の贅沢な生活が送れなくなってしまう)
(今の立場が危うくなるだけでなく、平民の下につくなどまっぴらだ!)
(そうなるくらいならいっそ―――)
不穏な動きがあちらこちらで起き始める。
例えばある晩。
(いいか、ゼンメルはこの時間は寝所にいるはずだ。必ず仕留めるぞ)
(…コクリ)
暗殺者一味が闇に紛れ、寝込みを襲う。
が。
「そこまでだ!」
「「「!!⁉」」」
そこには待ち伏せした近衛騎士と帯刀さした皇帝の姿。
「陛下の読みが当たりましたな、全員引っ捕えろ!!」
「ば、バカな……」
例えばある晩餐会では。
「陛下、楽しんでおられますかな?
よろしければ一曲踊ってはいかがですか?」
「うむ、そうするか」
「おお!ではぜひ、あちらにおります我が娘とお願い申し上げます」
「…どうぞよろしくお願い致します」
「うむ」
〜♫
「光栄ですわ、陛下のダンスのお相手が出来るなんて」
「そうか?」
「えぇ、一生の誉れに致します!
……陛下の最後の相手になれましたので……えぇっ⁉」
ダンッ!!
胸に忍ばせた暗器を出した瞬間。ドレススカートの中身が盛大に見えながら背負投げされる貴族娘。
「今だ!捕えろ!!」
「こ、こんなはずでは…!」
「暗殺未遂現行犯、それに数々の不正。貴様はこれからの帝国には必要ない」
「くっ、これまでか……」
時には自らを囮に反抗勢力の貴族を検挙する過激な捕物。
だがゼンメルとしては狙われるであろう事は皇帝になった時から覚悟の上。
常に万全の準備をした結果、自分を殺せるだけの技量がないのか無策すぎるのか。幾度となく襲い来る刺客は返り討ち捕縛され、彼の命を奪うに至る者は誰一人いなかった。
「ぐぬぬ、次こそは!」と刺客も策を練ってくるようになったが結果に変わりはない。
ゼンメルからすればまだまだ余裕があり、むしろ次はどうくるのかと期待する程。
しかし、ふとある日を堺にパッタリと刺客が来なくなる。
来ないなら来ないで安心なはずなのだが、最近の気晴らしが無いと少し残念な気もする。
来ぬ気配の恋人を待ちわびるかの様にポツリと呟く。
「……今日も来ないか」
邪魔者を排除し、あわよくば帝国のトップという権力を一気に得る方法。
暗殺。
少しでも野心がある者ならまだ国がまとまりきっていない、この千載一遇の機会を逃すはずがない。
少し塗装の匂いが残る新しい執務室の机で激務をバリバリとこなしながら、気晴らしになる客を待つも、来る気配は一向にない。
責任感だけでなく、父の死の悲しさを紛らわす意味でも仕事に集中しているため、気付けば夜がふける毎日がいつしか日常になった頃。
――コン、コン、コン
規則正しく響く、ドアを叩く音が執務室に小さく響いた。
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