紅茶とスコーンと ②予想
「して、どうだった?犯人はわかったか?」
「残念ながら確証に至るまでは・・・。ですが、心当たりまでは突き止めました」
「・・・どこの誰だと思う?」
「私の後釜についた者、もしくはそれが率いる者達でしょう。
故郷をなくした今、どこにも属していない流浪のはずなので恐らく金で誰かしらに雇われたのかと」
「・・・因果なものだな」
「えぇ、全く。止せば良いのに、特に今の帝国を相手にするなど、随分と一族の質も堕ちたものです。
『戦いとは戦う前に決す、無用な犠牲は避けるべし』
基本中の基本でしょうに・・・」
ため息をつき、呆れ、はき捨てた言い方をするミセス。同じ道にいた者として許せない様だ。
「実行犯はそいつらだとして、黒幕は誰だと思う?」
今宵の密会の核心はそこにある。
実行犯よりも問題なのは、裏に誰がいるのか。
なぜこの帝国を狙ったのか。
確かに一時は落ち目ではあったが、英雄のおかげで危機を脱し、かつて以上の力を付けつつある、この帝国相手に戦いを挑もうとする不貞の輩から帝国を守らねばならない。
「誠に言いにくいのですが、結界の破壊痕にわずかに残された魔力の波動を探ったのですが・・・おそらく黒幕は『魔人』かと」
「『ヴァクテリア皇国』が相手だというのか・・・!」
「もし本当にそうなら考えうる限り、最悪の相手です。
今回の襲撃失敗で当分は時間を稼げるでしょうが、次はどんな手でくるか・・・」
「考えるだけで頭が痛くなるな」
予想だにしていなかった黒幕の正体。
確証がないにせよ、おそらくこの予想は当たっているだろう。
理由は2つ。
理由の1つは、実行犯であろう暗殺を生業とする幻の鼠人一族の存在。
報酬次第でどんな相手でも必ず抹殺する実力者揃いの彼等を集団で雇うとなると相当の金銭を積むか、余程の見返りがなければならないはず。
それが出来るほどの資金力があるのは国レベルでしかありえない。
2つ目の理由は魔人の存在。
現在帝国は食糧難からの復興に伴い周辺国とギクシャクしていた関係から友好的な関係に戻りつつある。そして結界の破壊による帝都襲撃となると相当に入念な準備と卓越した魔法技術が求められる。それが出来るほどの技術を持つ人材は残念ながら帝国より劣る近隣国にはいないはず。仮にいたとしても、各地に散らばる帝国の諜報部がマークしているはずなのだ。つまり、情報がないにも関わらず帝都の結界が破壊出来る者となると生まれ持って破壊の魔法に秀でるといわれる魔人という可能性に行き着く。
魔人の存在と国力。
以上の観点から選択肢を絞り出すか、やはり相手が悪すぎる。
西方に位置するもう一つの大陸唯一の国『ヴァクテリア皇国』が相手などさすがの皇帝も予想だにしていなかった。
「ヴァクテリアは他国とほぼ国交を断絶している上に、海を隔てた立地ゆえ情報が手に入らん。かといってなんの情報も無いのでは対策の打ちようも無いしな」
「当面は警戒と情報収集に注力します。何かあればまた部下達から報告があがるはずです」
「わかった、引き続きよろしく頼む」
話が一区切りになったところで、傍らにある紅茶に口をつけ、一息つく。
いつも仕事や話が一区切りになったところで紅茶を飲むのが皇帝の癖。
「ふぅ……しかし全く次から次へと難問だらけだ敵わんな。さすがに参ってしまいそうだ」
「あら?そうなんですか?むしろなんだか喜んでいるようにも見えますが?」
「悪い冗談はよしてくれ、そんな訳ないだろう」
ミセスは顔を覆っていた頭巾の口元だけを緩ませ、意地悪そうに笑う。闇に浮かぶ彼女の笑みはどこか妖艶さを纏っている。
「昔から危機的状況を楽しむのが陛下じゃないですか。ご自分の命が狙われているのも関わらずそれを心待ちにしていたり、次はどう来るのかと期待していたり。
お忘れですか?」
「若気の至りだ。まだひよっこだった時分ゆえ、血気盛ん過ぎたと反省してるよ」
「今もあまり変わりませんよ?
いつも危ない場面になればなるほど燃える芯の熱い人。でも熱さの中に冷静さと優しさを秘めた人。それがご主人様ですよ」
慈母の様な眼差しで真っ直ぐに、ただただ正直な感想を伝えただけ。不意打ちの感謝と信頼の想いが乗せられた言葉に驚いてしまう。
「そうか?自分ではいつも至らない人間だと自省してばかりだ。今回の襲撃とて、結界の綻びに早く気付いていれば被害を最小限に、いやそもそも襲撃自体を防げたはずだからな」
「自分を責めないでくださいませ。誰にでも失敗は付き物ですよ、大切なのはそこから何を学ぶか、そこからどう自分がどうすべきかを考え、心のまま正直に実行することではないですか。私に陛下が教えてくれた事じゃありませんか」
「そうだった、か?」
「そうですよ、だから今の私がいるのです。
名も命も自分すら捨てたあの日、陛下に拾い上げてもらった私自身が証人です」
「・・・忘れたな、そんな昔の事は」
視線を外し、この話は終わりだといわんばかりにもう一口紅茶をすする。
室内を照らす灯りのせいかもしれないが、心なしか皇帝の顔が赤くなっているように彼女には見えた。子供の照れ隠しのような姿に思わず、ふふ、と笑いがこぼれてしまう。
「なんだ」
「いえ、なんでも」
「・・・変わるものだな」
「なにか?」
「いや、なんでも」
主人と従者。
今でこそ2人きりの時はそれ以上にも見える関係だが、かつてはそうではなかった。
標的と暗殺者。
狙われる側と狙う側。
今とはまるで違う関係だった2人を繋いだ一杯の紅茶とスコーン。
あの時の味は今でも忘れられない。
二口目の紅茶を口にしながら皇帝は昔の事を思い出していた―――。
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暑い日が続きますが体調管理に気をつけながら少しずつ頑張ります。
皆様もお気を付けて、ご自愛ください。
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