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焼き立てより美味しい時間

ピンチの時こそ、男らしく。



――まだダメ


 残酷に響く、この一言に2人は憤慨する。

「どうしてまだダメなんですか‼」

「そうだ、こんなにも焦らすとは君は悪魔か‼」


 ぶーぶーと抗議する2人をなだめつつ、ダメな理由を説明する。


「気持ちはよくわかりますが、もう少しだけ待ってください。

『あんぱん』に限らず、菓子パンという種類の物は焼き立ての香りは確かに魅力的ですが、味に関しては焼き立て《《じゃない方が良い》》んです」


「なぜですか?」


「焼き立てだと食べる際に口の中の甘味を感じる部分が熱すぎて機能しないのと、パン自体の甘さを構築する成分がパンの中でしっかり固まらないからです」


「つまり、この『あんぱん』も少し冷めてからの方が食べた時に美味しく感じると……⁇」


「そうです。惣菜パンと呼ばれる種類はその限りでは無いですが、菓子パンに関してはほぼ全てに共通して言える事ですね」


「「へぇ〜〜‼⁉」」


 説明を聞くなり、さらにお預けが決まった2人はそわそわと身を捩りながら我慢強く待っている。その待つ姿も本当に良く似ている親子だと妙な感心をしてしまう。


「ま、まだかね?」


「まだですね」


「も、もう……イイですか⁉」


「う〜ん、あともうちょっとですね」


――まだ1分も経ってないぞ。


 かれこれそんなやり取りを続ける事約30分。


「よし、粗熱も取れたみたいですし、どうぞ召し上がれ」


「待ちかねました、では早速いただきますね‼」


「あっ、コラ!アン⁉――ええぃ⁉」


 もう辛抱たまらんと言う様子でかぶりつくアンさん、そして恐る恐るだが意を決してかぶりついた公爵。


「「んまあぁ〜〜〜〜〜‼‼‼‼」」


 2人の絶叫が店中に木霊する。

店の入口では護衛の人がその声に反応しているが、決して中に入らぬよう厳命されているので中の様子を覗く位しか出来ない。2人の無事を確認するが果たしてなぜ絶叫したのか、彼が抱く謎は解けないままだ。


「な、なんだ……コレは⁉

こんな……これが、パンだというのか……⁉信じられない……こんな……モグモグ……美味い物が……モグモグ……この世にあるとは……モグモグ……」


「お父様。食べながら話すなんて、はしたないですよ……モグモグ……」


 2人とも食べながら話しているじゃないか。しかも公爵の方が食べるペースが早いし。だがアンさんも負けじと両手に持ちながら食べる。


「……食べっぷりは嬉しいけど、大食い大会じゃないからもうちょっと味わって欲しいかな」


 少し寂しげにポツリと呟くが夢中になっている彼等の耳には届いていない様だ。


「あれ?コムギさん、これ中身がなんだか違いませんか?よく見ると見た目も――」


「お、気付いたね?その通り、中の餡が違うのさ。黒ゴマが乗っているのが粒あん、白ゴマがこし餡。どちらも人気あるから食べ比べてみてよ?」


「私は粒あんですね、粒つぶの食感が好きです!お父様は?」

「ふむ、私はこし餡だな。くちどけの滑らかさと控え目な甘さがとても良い」


 似た者親子でも流石に分かれたか。

実際、餡の好みはかなり分かれるからなぁ。

――あなたはどちらの餡がお好みですか?


「誰に話しかけてるんです?」


「あれ、誰にだろ?オレにもわからないや」


 そうこうするうちに、あれだけあったあんぱんが残り僅かになり、終いには最後の1個になった。


「「最後の1個――⁉」」


「お父様?

お父様の方が多く食べましたよね?だから最後の1個は私の分です」


「何を言う、コムギ殿はそもそも私の為に焼いてくれたのだ、だからこれは私のだ」


「何を張り合っとんだ、この親子は……」


 やいのやいのと揉める2人。埒が明かないので半分こさせ無事に問題は解決した。


「ふぅ――……いやぁ堪能した。

満足だ、本当に……。

――コムギ殿、数々の無礼、誠に失礼しました。まさかこれほど美味なパンがあるとは……。そしてそれを生み出す、この不思議な空間。

いやはや、この公爵オイル・フォン・デュー魔石の件も含め感服致しました。

これからも良いお付き合いをお願い致しますぞ」


「はい、こちらこそよろしくお願い致します。美味しそうに食べてもらえてオレも嬉しかったですよ」


「何かあれば遠慮なく公爵家をお尋ねください、相談に乗りますぞ」


「はい、その時はぜひお願い致します」


「で、出来たら……あんぱんを時々で構わないので……その……口にしたいなぁと」


 さり気なく欲しいアピールする公爵。

そんなにあんぱんを気に入ったのか⁉


「お父様‼ちゃんとコムギさんから購入してください。宰相が物をねだるなんてあってはならない事ですよ⁉」


「わ、わかっておる、そんなに怒らんでもいいじゃないか……だってあんぱん美味しかったんだもん」


「だもん、ってアンタ……」


 可愛こぶる宰相たる公爵に少し冷ややかな視線をアンさんと2人で送る。本当に初対面の時の威厳はどこいった?あんぱん食べて甘々な態度になりすぎだろう。


「ゴホン――では世話になりましたな、コムギ殿。これから私は忙しくなりますが、今日の良き出会いを女神様に感謝しなければ。

ではごきげんよう、さて帰ろうかアン」


「はい、お父様。

ではコムギさん、また今度」


「あぁ、またな」


 2人と護衛の人が去り、シャッターを下ろすとどっと疲れが出て来た。近くにあった簡易イスに腰掛け、今日の出来事を反芻する。


「なんだか嵐の様な1日だったな。

牢に入ったり、いきなりパン焼いたり……まぁ退屈しなくて良いけどな」


 異世界に来てまだまだわからない事だらけで大変かもしれないが、これからもこんな慌ただしい日々が続くのもなんだか悪くはないかもしれない。そんな気持ちを少し抱いたコムギだった。


◇◇◇


 翌日。

前日の疲れは無く、改めてこれからについて考える。これからどうするか。


 ちゃんと営業再開するには人手も材料も足りない。まずはいろいろ確認しなきゃな。


 まず仕入れは市場を見に行って確認しよう。ついでにこのあたりのパン屋もあれば市場調査だ。

 あと必要なのは電気とガスと従業員。

電気がなければ機械が動かない。

ガスがなければオーブンが使えない。

従業員がいなければ店番が足りない。

手作業やワンオペには限界があるからいずれ直面する問題だ。

 熱があれば焼ける石窯は使えるから、しばらくはそれだけでなんとかするしかないか。

しかし大量には焼けないから効率が悪いんだよな。


う〜ん、改めて考えるとちゃんとした営業再開まで、まだまだ道のりは遠いな……。

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