報告と驚愕③中央食堂にて
迫る変態巨漢賢者の魔の手から逃げ出し、昼食のサンドイッチを作るべく厨房に入る。
帝国の中枢たるこの城で日夜働く全ての者に食事を提供する中央食堂。その広さ、働く人数も設備も以前調理した騎士団の兵舎食堂とは比べるべくもない。
食を支える最前線がそこにあった。使用許可を貰うべく厨房の責任者を探していると見覚えのある顔と目が合う。
「ん……あれは……⁉
コムギ殿ではないですか!お戻りになったんですね」
キョロキョロしていたオレの姿を最初不審がっていたが、視認するなり嬉々と駆け寄る彼は騎士団宿舎にある食堂の料理長クックさん――なぜここに?
「あれ?クックさんじゃないですか。
騎士団の食堂は良いんですか?」
いるはずの無い人間がここにいる不思議。
素朴な疑問を問い掛けると待ってました、言わんばかりに嬉しそうな笑顔で答える。
「いやぁ、以前教えて頂いたマヨネーズで料理の幅と使いこなそうと努力してるうちに自分でも驚くくらい技術が上がりまして。それが評価されたのか異動になりましてね。兵舎食堂は若い奴らに任せて、今はこの中央食堂で副料理長をしております」
「そうなんですか、栄転したんですね。
おめでとうございます!」
「いやいや、これも全てコムギ殿に教えて頂いたおかげです。新しい味の世界の扉が開けて、もう料理をするのが楽しくて楽しくて!!
その甲斐あってか料理も皇帝陛下を始め、城の皆様に好評でしてね
。若い奴らの指導にも熱が入りますし、刺激的な毎日を送らせて頂いてます。こんな日々が過ごせるなんて料理人冥利に尽きる、本当にありがたい事です……コムギ先生には足を向けて眠れませんよ」
「よしてくださいよ、先生なんて。
オレは何も、クックさんの努力が認められたんですから」
「いえ……消えかかっていた料理人としての炎を灯して頂いただけでなく、技術や知識まで教えて頂いたんです。
ぜひ先生と呼ばせてください」
「う、うぅん……」
しきりにペコペコと頭を下げるクックさんの姿を、周りの料理人達は意外そうな顔で見ている。
広い厨房は見渡しやすいフラットな造り。
その入り口で談笑するオレ達へ徐々に注目の視線が集まる。
「なんだ、副料理長《仕事の鬼》が頭を下げてるぞ」
「一体あの人は誰だ?」
「おい、まさかあれは英雄コムギ殿じゃないか!?」
作業の手を止める者が増え、にわかにざわつき始める厨房。……このままでは仕事の邪魔になってしまうかな。
「クックさん、挨拶はこれくらいにして。
すみませんが、ちょっと厨房を使わせてもらって良いですか?」
「もしかして、また何か作るんですか?」
「えぇ、まぁ」
「どうぞ、どうぞ!!
ちょうど端の作業台がそろそろ空けられますのでそこを使ってください」
指示されたのは厨房の端にある、他の人の邪魔にならない作業台。先ほどまで使っていたようだが、道具を片せば使えるらしい。
「ありがとうございます。
よし、作業はそこでやるとして、何を作ろうかな……?」
「コムギ今日は何を作りますか?マヨネーズならこちらにありますが……」
クックさんの方へ向き直るとボウル一杯のマヨネーズが!
どんだけマヨネーズ好きなんだよ!?
「マヨネーズは全てを制す魔法の調味料です!マヨネーズをかければ、あら不思議♪これさえあればなんでも美味しくなりますぞ!」
クックさんがマヨラーに目覚めすぎて、もはやマヨ狂になっている。
マヨネーズはカロリー高いから食べ過ぎは良くないんだよ、過ぎたるは及ばざるが如し。なんでも『バランスが大事』なんだよな。
「……バランス、か」
ふと思い付いた言葉をカギに、少しずつ作りたいサンドイッチのイメージが固まりつつあった。確認のため材料保管庫に移動し、何があるか物色する。
六畳二間ほどの広さの食材保管庫には店を開けるくらい見事な品揃えがあり見るだけで製作意欲が掻き立てられる。ふと奥に目をやると『ある物』に目が止まる。
「お!これとマヨネーズを組み合われば……。それに合うのは――……よし」
方向性が決まり、改めて保管庫を見渡すと思い描く材料は全てあるようだ。どうやらイメージ通りの物が作れそうだ。
さ〜て、いっちょやりますか!
◇◇◇
……ゴクリ
……モグモグ
……カチャカチャ
城内一階にある中央食堂。
普段の昼食時は職務から解放された兵士や職員らが気を抜き騒がしい時間。
だが今日は違う。食事を取る者らは座るなり黙々と作業的に食事を口に運び、食事を終えた者からそそくさと食堂を後にする。
とは言うものの、音をたてづらい空気が張り詰め、食べるペースもほとんどの者がいつもより遥かに遅く、席を立てる者がなかなかいないのだが。
理由は食堂の一角にある王族特別区画。
特別といっても簡素な仕切りがあるだけで空間としては繋がっている。
何もない平日であるにも関わらず、食堂が妙な緊張感に包まれているのはここから漏れ出す気配が原因だ。
区画内に設けられた専用席に座る皇帝以下、先ほどまで執務室にいた一同。
帝国内でもこれだけの重鎮が揃い、また彼らに料理を振る舞う事など滅多にあることではない。料理人からすれば一生自慢出来る位にとても栄誉な事であるが、同時に凄まじい重圧に耐え、仕事を全うしなければならない。
万が一、失敗したら――……。
辿る末路を考えるだけでも恐ろしい。
「まだか……」
「まぁまぁ。すぐ来ますよ」
「何が食べられるか楽しみですね〜!」
「サンドイッチ……と言っていましたが、どんなものでしょう?」
「サンドイッチはパンに色々挟んだものですよ、あぁ考えただけでお腹がペコペコになってきたであります……」
「ご主人のサンドイッチ、待ちきれないっピ!!」
仕切りの向こうで厳かに食事をしている兵士らの緊張を余所に、食事が運ばれてくるのを、まだか、まだかと沸き上がる興奮をどうにか沈めながら楽しげに期待しながら待つ面々。
――バタン!!
突如静まり返った食堂に響く入口扉を開く音。
ついに来たか、と期待に胸が踊る。
ある者は姿勢を正し、ある者は少し椅子に浅く掛けなおす。
ついに食べられる。
今日ははたして何が出てくるのだろうか?
ワクワクと待ちわびる彼等。
だが。
「申し上げます!魔物の大群が帝都に向かっております!!」
「なんだと⁉」
予想だにしない報告。
食堂に裏切られた期待と動揺が交錯するのだった……。
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サンドイッチバーガーの登場です!
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