神獣⑤転身
夜空を駆ける一筋の光。
蒼白く羽ばたく光は瞬く間に北のノース山脈からドワーフの谷を超え、帝都まで流れ行こうとする。
人々が寝静まった時間である事もあり、光の存在に気付く者は少ない。中には偶然気付いた者も少なからずいた。
ある者は神々しく幻想的な光に見惚れ、ある者は不幸の報せではないかと畏怖した。
「な、なんだあれは⁉」
「近付いてくるぞ!」
「寝ている奴は叩き起こせ、緊急事態だ‼」
帝都中心部にある目的地、堅牢な作りである皇帝が住まう居城。何事かと物見達は慌ただしく警報を鳴らし、物々しい警戒態勢が取られている。
なんの事はないと気にも留めず、中庭に降り立った光の背からオレ達は軽く飛び降り、久々の帝国の地をゆっくりと踏み締めた。
「うーん……!
綺麗な星空だったな、それに速い。
本当にあっという間に着いたな」
「感動的な光景でした……!
まるで空が宝石箱の様に輝いてましたよ‼」
「すっごくきれいでしたね!
あんなにきれいな景色は初めて見たであります!神獣さん、素敵な空の旅をありがとうであります」
疲れもなんのその、思いがけない夜空の旅にいたく感激したリーンとパシェリさん。
2人で今回の魔石探しは自慢話に出来るとはしゃいでいる。
「はっはっは、これしき神獣たる我には造作もない事よ!」
「……でも寝坊したけどな」
「ぐぅむっ……⁉それを言わんでくれ……」
感激しているオレ達から礼を言われ上機嫌になり、むしろちょっと調子に乗っている神獣…いや駄鳥。さすがに有頂天にならぬよう、少しは戒めねばなるまい。
「なんだ、どうした⁉一体何事だ⁉」
武器を構え、臨戦態勢で駆け付けてきたのはタイガー騎士団長以下、騎士団の皆。マイスさん、それに――。
「全員待て。
まさか、そこにいるのは……コムギ、パシェリ、それにリーン……か?」
次第に集まる兵士達が持つ松明の灯りに照らされ、先程まで夜の闇に包まれていた中庭がまるで昼間の様に煌々《こうこう》と明るくなる。
炬火に照らされ、鮮明にオレ達の姿を視認した一同は安堵と驚嘆が入り混じった声を上げる。
特に驚嘆の主たる理由。神獣と呼ばれる雷竜鳥、その存在と姿に。
「よくぞ、無事に戻った――……本当に、本当に良かった――……‼」
心からの安堵を吐露する皇帝。
その眼にはうっすらと涙を浮かべている。
「只今戻りました。
魔石も手に入れ、ドワーフとの親善も無事に終えられました。それもパシェリさんとリーンのお陰です。2人にはとても助けられましたよ」
「そうか、ご苦労だったな。
さぞや疲れたであろう、まずはゆっくり休むと良い。
報告はまたゆっくり聞くとしよう。
パシェリ、リーン、無事で何よりだ。大任大儀であった!」
「「ははっ、ありがとうございます!」」
労われた2人は恭しく臣下の礼を取る。
注目と喝采を浴びる姿は誇らしげで堂々としていた。
「ところでさっきから気になっているのだが……あれは……?」
皇帝だけでなくそこにいる全員の視線を釘付けにしているもの。圧倒的な存在感を醸し出し、威風堂々と鎮座している神獣。気にならないはずがない。
「気圧されそうな程のこの威圧感、堂々とした佇まい……この魔物は一体……」
タイガー騎士団長や騎士団の兵士達も冷や汗を流しながら正体のわからない相手に警戒態勢を緩めることなく身構えている。
「コムギよ、我から話すのが良いかもしれん」
「「「「「喋った‼⁉」」」」」
突如発せられた言葉。
まさか人語を話すとは思いもよらず、皆一様に度肝を抜かれる。
「あぁ、それが良いだろうな。よろしく頼む」
「では、帝国の長よ。
自己紹介といこう、我はお前達が雷竜鳥と呼ぶ者。神から与えられた正しき名は、神獣、神也鳥だ」
「神獣――だと……⁉
おとぎ話や伝説の中だけに登場する架空の生物ではなかったのか⁉それがまさか、目の前に――」
自らを神獣と名乗る魔物。
実在の事実を信じられず、これは夢か幻かと仰天する皇帝。その他一同も同じ感想らしい。だがどこか神々しさを感じさせる重厚な存在感が嘘偽りではないと本能的に確信させる。
「申し遅れました、神獣殿。
私は現皇帝カイザー・ゼンメルと申します。
お会い出来て光栄で御座います。
――して、ご用向きは……?
なぜコムギ達と一緒に⁇」
「うむ、我には神より与えられた使命があってな。その使命を果たすべく、コムギと共に来たのだ。
さっそくですまんが、しばしこの場所を借りるぞ?すぐ終わるのでな」
「え、あ…はい。
それは構いませんが……」
「そうか、すまんな。
では娘よ、卵をそこに置いてくれんか?」
リーンが抱えている少し重そうな卵を自分の目の前に置くよう指示する神獣。
中庭に敷き詰められた柔らかく整備された芝生に優しく置かれ、その上から覆いかぶさるように乗りかかると徐々に神獣の身体が淡く光り輝き始める。
「な、なんだ⁉」
光は少しずつ光量を増してゆき、次第に兵士達が持つ松明《松明》の光を集めたよりも明るくなり眩く輝いている。
輝きは一段、また一段と強さを増す。
そして最後。
フラッシュの様に辺りを一瞬、光が白い世界に染めた後。
ぼんやりとした光の粒子に包まれた卵だけがそこに残った。先程まで確かにそこにいた巨大な神獣の姿は、ない。
「い、一体何が起きたのだ――……⁉」
「神獣はどこに……」
「それにあの卵は⁇」
突如、目の前で起きた不思議な現象に驚きを隠せない一同。注目した先に残された未だ淡く光る卵は少しずつ輝きを失っていく。
――いや、輝きが卵の中に染みていくと言った方が正しいだろう。
遂に光は消え、中庭を照らすのは松明だけとなる。夜の黒と炬火の橙が染める中、緊張と静寂だけがその場に残る。
まるで自分達は夢でも見ていたのではないか、そう錯覚する程の出来事だった。
「な、何がどうなったんだ?卵だけになったけど……」
「神獣さんが光になって消えたであります⁉」
取り残された卵にゆっくり、ゆっくりと周りを囲うように皆で近付く。
見た所、光が消えた後の卵には特に何かしらの変化も無い様子。勇気を振り絞り、オレが卵に恐る恐る触れようとした、その時。
――……ピシッ
静寂と殻を破ろうとする音。
「なっ⁉」
――ピシッ
――ピシッ!
――ピシッ‼
中から力強く殻を突き、懸命に外へ出ようとする雛。たどたどしく、もどかしそうに、しかし必死に頑張る姿をいつの間にか注目するオレ達は応援していた。
「頑張れ、あと少しだ!」
「もうちょっと、もうちょっとであります!」
「よし、あとはそこだけ……!」
「ぴぃっ――‼」
生まれた!
特徴的な羽や角、姿形は元のまま。だいぶ小さくなった雷竜鳥が卵から現れた。
もしかしてこれが転身と言うやつなのか?
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