神獣②炎雷
両手から激しさを増しながら立ち上る炎。
オレがイメージするのは『火炎放射器』。パン屋や洋菓子店では生地の表面を砂糖で焦がし炙りパリッとしたカラメリゼする為に使用される。
今まで【温度管理《ヒート&クール》】で生み出した炎は延焼させるとか温める使い方が多かったが、相手は明確な敵。危険な使い方でも構わない。
この胸をざわつかせる、どうしようもない行き場の無い怒りの炎を【空調管理】で起こした竜巻に乗せ、雷竜鳥にぶつけてやる……!
「焼けて消し炭になれ‼」
――ゴオオオオオォォォォォッ‼‼‼
「んなっ⁉」
両手から放たれた豪炎は螺旋を描きながら巨体を一瞬で呑み込んだ。狭い洞窟の中、時間的にも空間的にも逃げ場などあるわけもなく、正面からもろに喰らった以上、無事であるはずがない。
「ぐあああっ――⁉」
「す、すごい……」
目の前で起きる異変。
洞窟中を赤とオレンジで明るく照らす猛火。
暖色に満ちた光景と、それを作り出した張本人を見比べ改めて規格外の存在だと再認識するパシェリ。
「まだだ!
リーンの敵討ちだ、欠片も残さず燃やし尽くす‼」
「くっ――……いい気になるなよ‼」
――パリッ……パリッ…バリ、バリバリッ‼‼‼
額の3本角から放たれたのは、雷の嵐。
小さく細い放電は唸り声にも似た雷鳴を轟かせながら次第に大きく太い雷へと成長していく。身を炎に焼かれながらも、雷龍鳥は反抗の意志を示し、雷は意志に従う様にコムギとパシェリを狙い撃つ。
逃げる為には攻撃を止めざるを得ない。
そうする間に巨体を覆っていた炎は消えかかっていた。
「我にここまで傷を負わせるとは見事。だが、許さん!
貴様が炎なら、我は雷で黒焦げにしてやろう!
神也鳥をナメるなよ‼」
「そっちこそ『パン職人』をなめるなよ!
丸焼きにして焼き鳥サンドにしてやる‼」
「「はああぁぁぁっ‼」」
互いに怒り心頭。帝国騎士としては優秀なパシェリでも、この場ではただの騎士。とてもでは無いがついていけない次元の戦いの見届け役に徹するべく、安全を確保するため少し離れた岩陰に隠れた。
炎と雷。
洞窟という閉鎖された空間で激しくぶつかりあい続ける天変地異とも言える程の2つの凄まじいエネルギー。
避ける事の出来ない周りの岩肌や石は熱で溶け変質してしまっている。
変形するだけでなく中にはガラス化したり、《《なんとも言えない不思議な輝きを放つ綺麗な石》》が散見され、最初とはまるで景色が違っている。豪炎と轟雷の光をキラキラと乱反射し煌めく洞窟は幻想的ですらある。
「夢でも見ているのか……しかし…暑い……」
洞窟内の温度はみるみる上がり蒸し暑い、まるでサウナだ。洞窟に入ってしばらくは寒いくらいだったのに、今では着ている鎧の中はじっとりと汗まみれだ。見届けるべき戦いは激しさを増すばかり。ぎゅっと握り締めた手から汗が止まる気配は一向にない。
「まさか人がこれ程のチカラを使う様になっていたとは……我が眠りについている間に世界では色々な変化が起きていたようだ」
「……?何言ってるんだ⁇」
「だが我とて急ぎの大事が控えておるのだ、ここでもたつく訳にはいかん。巣が壊れるかもしれんが、仕方ない。
喰らうが良い――『雷之御技』!」
―――バリバリバリバリッッッッ‼‼‼‼
今までで一番の電光が辺りを照らす。
雷が幾重にも束ねられた蒼白く太い龍を模した3本の稲妻。
龍の如くうねる疾雷がバチバチと雄叫びに似た雷鳴を激しく轟かせながら洞窟を駆けていく。
「コムギさんっ⁉」
「う、うわああぁぁっ⁉」
疾雷は荒れ狂うようにうねりながらコムギへ狙いを定め、遂には標的へと向かってゆく。
いくら優れた能力を持つコムギでも、あれだけの雷をまともに喰らったらひとたまりもない。一瞬で黒焦げになってしまう。
次の瞬間。
コムギの視界は電光で真っ白になる。
そして――全身を包む光。
覆われた光の中に現れた白い空間に自分の意識だけがゆっくりと、まるで時間が止まったかのように流れてゆくのを感じる。
もうダメか――リーンの仇は取れなかったな――。
店には結局戻れなかった――。
ウル、リッチは元気にやってるかな――。
ショーニさん、イスト王――それに……アンさん。
元の世界も含め、みんなにもう一度。
美味しいパンを食べさせたかったな……。
オレの人生、これまでか。
色々あったけど、あっという間の35年だったな……。
あぁ……なんだか温かくなってきた……。
何かに包まれているような、どこか懐かしいような……。
まぁでも、このまま眠るのも良いかもな。
感電って痛いらしいけど、痛みが無いままならそれが一番――……。
少しずつ意識が遠のいていく中、微かに何かが耳に聴こえてくる。
「―――……さん」
――なんだ、何かに呼ばれたような……?
いや……きっと気のせ……。
「コムギさんっ‼‼」
――気のせいじゃない‼
「……はっ⁉」
「「気が付いた!」」
バッと上半身を起こすと、まず目に飛び込んできたのは自分の身体。いつもと変わらないトレードマークのコック服だ。
そして、傍らにはパシェリさんと……
「良かった――‼
死んじゃったかと思ったであります……コムギざん、無事で良がっだ……‼」
泣きじゃくる獣耳の少女がいた。
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