神獣①烈火
「ここまで広い洞窟だとは……それに奥から獣臭もわずかに漂ってきます。
この洞窟でアタリかもしれませんね」
手から出した【温度管理《ヒート&クール》】による炎を灯りとし、暗く先の見えない闇の穴をひたひたと進んでいく。
日の光が入らない程まで奥へ奥へと進む2人を徐々に包み、心身共に飲み込まれてしまいそうな程に重く感じる闇。そして闇の深さに抱く恐怖に掻き立てられてか、胸に去来するリーンの無事を祈る期待と不安。
いつ来るかわからない魔物との遭遇や危険に備え、慎重に警戒しつつ、はやる気持ちがいつの間にか少しずつだが進む足取りを早めている。
「――……⁉」
「どうしました?」
パシェリさんが突如、前を向いたまま左腕をオレの前に差し出し、歩みを静止する。目の前には何も見えない、彼は何かを察したらしい。
「……きます、奥から何かが近づいてきます。注意してください――っ⁉」
パシェリさんが腰の剣に手を掛け警戒する様子に合わせ、オレもとっさに腰を落とし最大限の警戒をする。
――……ズン
――ズン
ズン‼
来た!ここに確かにいたのだ。
リーンを連れ去った犯人が!
いくら洞窟が広いと言っても、それは人間にとってのサイズ、ヤツにとってはそうではない。
見る限り恐らく、羽を満足には広げられのないだろう。
そのせいか、ヤツは四足歩行で歩いている。飛んでいる姿と雷龍鳥という名前から鳥をイメージしていたが、改めて見ると鳥と言うよりは竜とグリフォンの間と言った所の容姿をしている。
巨体から放たれる凄まじい威圧感。
前に倒した大亀の魔物に比べれば一回り小さいが、その分濃縮された存在感がある。
堂々とした風格と凛とした佇まい、確かに古書に記されたり伝説に語られるだけはある。今までの魔物とは違う、代わりに神々しさすら感じるのだから。
「……おでましですね!
となると、奥にリーンがいるかもしれません。
ここは私が引きつけます、その隙をついてコムギさんは奥へ……!」
「……しかし、それじゃ……⁉」
自らを囮にする提案。
相手が相手だけに、とてもじゃないが賛同しかねる。2人掛かりでもどうかという威圧感。
「……ん⁉」
本来ならば暗いはずの洞窟。
だがヤツの額にある3本の角は青白く発光し、オレは手から炎を出しているので周囲を含めそれなりの明るさだ。
その明るさだから気付いた点――それはヤツの口の周りに付いた汚れ。
――いや、《《食べカス》》と言っていいだろう。あれはオレが作った……⁉
「――来たか、待っていたぞ」
「「喋った⁉」」
「……やはり皆同じ反応をするのだな」
落胆しつつ、どこか呆れた様子だが、気になるのは人語を話す事だけじゃない。
「オレ達が聞きたいのはお前が攫ったリーンをどうしたのかって事だ!
――それにお前の口の端に付いた食べカス。
間違いなくオレが作ったサンドイッチだ、リーンは一体どうした⁉」
興奮を抑えきれず、ヤツを指差しながら問い詰める。横で聞いているパシェリさんも万が一の展開に備え、額に油汗を流しながら剣を構えている。
「ほぉう‼
あれは貴様が作った物か、大変美味だったぞ!いささか量が足りなかったが、我の腹ごしらえには丁度良かったわ。
……最近ロクな物を食べていなかったからな」
堪能した感想を述べつつ、ニヤリと満足げに口元を歪め笑う雷竜鳥。しかし聞きたい事はそれではない。
「そりゃどうも。
だがリーンはどうした⁉
それは彼女の荷物の中に入っていたはずだ!」
「あの小さな娘か?あれなら――」
「まさか……⁉」
「ふふふ、さてどうしたと思うのだ?」
信じたくなかった可能性を突き付けられたオレ達。頭に無かった訳じゃない、むしろ一番高い可能性。しかし、不安をかき消すために必死に考えないようにしていたのだが……。
「リーン……」
「くそっ……」
膝から崩れ落ち、大の大人2人がいながらたった1人の少女を救えなかった無力さ、慚愧の念。ふつふつと次第に湧き上がる怒りの炎。
自らを慕う少女の喪失感。
正直、まさかこれ程までに自分の心を揺さぶるとは思いもしなかった。いつの間にか彼女の存在が自分の中で大きくなっていた証拠だ。
だが彼女はもういない。
(守ってやれなかった……。
オレの……せいだ……っ‼)
不甲斐ない自分と憎む相手への怒りに呼応するかのように、灯り代わりにしていた炎は勢いと激しさを増し、バチバチとスパーク音を立て両手を包み込みながら烈火の如く燃え盛る。
「……仇は取ってやるからな」
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