ノース山脈②てんし
リーンのちょっと昔話です。
戦闘シーンの描き方は難しいです……
暁から濃霧に辺り一面覆われ、少し肌寒さを感じる2日目。昨日は拓けて視界の良い所で一泊した。
朝早くから行動しているため、休憩を適度に入れながら進む。奥へ、奥へと進むにつれ、危険度の高くない魔物に襲われる機会が増えてきた。
だがそこは手練の騎士2人がいる。
危なげなく撃退しながらさらに歩みを進める。
「とりあえず辺りを散策しつつ、今日はもう少し奥まで進みましょうか。
危険度は多少上がるかもしれませんが、この辺りは何もないですしね」
ノース山脈に入ってからずっと道無き道を進んできたが、パシェリさんが先行し道や安全を確保してくれるのでスムーズに歩く事が出来る。
安全が少しでも確保されているという安心感が警戒感からくるストレスを緩和するのを実感している。
非常にありがたい。
「さすがパシェリさん、斥候隊長だけあって手慣れてますね。歩きやすくて助かります」
「いえいえ。
後軍のため、状況確認や安全確保するのが斥候の仕事ですからね、これくらいお手の物ですよ」
パシェリさんは涼しい顔をしつつ、再び自信ありげに道を剣で切り拓きながら、ずんずんと進んでいく。息を切らさず、ペースも乱す事なく進む背中がなんとも頼もしい。
「リーンも大丈夫?
結構ペース速いけど……」
「全く問題ないでありますよ。
行軍訓練や特殊部隊の仕事と比べたら、魔物と遭遇しなければこれくらい、ただのハイキングと同じであります」
「そ、そう?
ハイキングとはだいぶ違う気がするけど……」
そういや、リーンの騎士としての実力評価はパシェリさんより上なんだっけ。なら、そうゆう感覚になるのも自然……なのか?
しかし、よく考えたらこんな小柄な少女なのに色々経験してるよな。それなりに苦労もしてるだろうに、ちゃんと結果を出すだけでなく、見えない努力を悟らせないあたり偉いと思う。
「――リーンは偉いね」
「えっ?
なんでありますか、いきなり⁉」
「いや、ただなんとなく、そう思ったから」
「いやいやいや――……全然偉くなんか無いでありますよ!
たまたま上手くいったり、やるべき事をやる中でたくさんの人に助けてもらってきたおかげで今の自分があるだけであります」
ブンブンと左右に手を振り、恐縮と謙遜をしつつ、顔を少し赤らめるリーン。
こうゆう謙虚な姿勢がきっと皆から助けて貰える要因なんだろうな。
「リーンは要領もですが、人当たりも良いですからね。
それにこう見えて、負けず嫌いでガッツがあるのが大きいと思いますよ。
もし彼女相手に油断したり甘く見たら――……痛い目にあいますから、ね」
先頭を歩くパシェリさんが背中越しに付け加える。表情はわからないが、確かに耳にした最後の一言には妙な重みがあった。
それもそのはず。
パシェリの脳裏には刻みつけられた恐怖の一場面が思い出されていたからだ――……。
◇◇◇
実力主義の帝国騎士団において、リーンの実力を印象付けた『事件』。
それはまだリーンが見習いとして入団したての頃、訓練における模擬戦での事。
「ほぉ、あの小娘が噂の新入りか?
どれ、軽く見てやるか――おい」
「はっ!なんでありますか、副団長」
「わしが稽古をつけてやろう、掛かってくるがいい」
「えっ⁉
あ、はい。ありがとうございます!」
副団長からの直々の声掛け。
突然ではあったが、滅多にない機会だとリーンはすぐさま剣を構え、相手と向き合う。
「む……ぅ……」
「ん……くっ……」
じりじりと睨み合いつつ、互いに攻撃する機会を伺う。
周りの訓練をしていた者達は手を止め観衆と化している。
かたや隙を窺う挑戦者、対するは実力の程を知りたい観察者《副団長》。
攻めと受け。この模擬戦における両者の挑む姿勢、発する熱の違いは誰の目にも明らかだった。
「どこからでも、いつでもよいぞ。
獣人風情がどこまでやれるかな」
「……‼」
評判を聞くに才覚はあるようだが、所詮は入団したばかりの見習い。しかも年端も行かない少女と侮る騎士団副長。
栄えある騎士団のナンバー2、つまり帝国で2番目の強さを誇るのだ。タイガー騎士団長、同格のマイス参謀以外に自分が負けるはずがない。
その証拠に、これまで彼等以外の相手に負けた事はない。
犯罪者、チンピラ、元軍人――どんな屈強な相手だろうと自慢の剣術でねじ伏せてきた。
積み上げてきた勝利に裏付けされた自負が彼を傲慢にしていたのは間違いない。
しかも、よりによって獣人が相手。
身体能力はたしかに高いかもしれないが、洗練された自慢の剣術の前では無力。
(やれやれ、どれほどの手加減をしたら良いものか……)
今でこそ実力主義で差別意識が無い帝国だが、この当時は獣人を見下す人間至高主義の旧思想派がまだ残っており、彼もそんな考えを持つ一人だった。
見下した態度で臨んだ彼だったが、自らの慢心を含め判断と思想が《《誤りだった》》とすぐに気付く。
「――いきます……ふっ!」
「よし、こい――っ‼⁉」
「やあぁぁぁっ‼」
「え、あ、ちょ、――待……っ‼‼」
参謀であるマイスと並ぶ実力者である副団長。
これまで彼は全ての相手を自慢の剣術で屠ってきた。
にも関わらず。
始まるやいなや、リーンは獣人ならでは高い身体能力を活かした奇襲に似た先制攻撃を仕掛ける。
息もつかせぬ怒涛の連続攻撃は、思わず見ている者の目を奪う程に、華麗でありながらも力強い剣撃の鋭さと技術の高さが冴えていた。
完全に後手に回り、防戦一方の副団長は一杯一杯になりながらもなんとか絶え間ない攻撃を凌いでいる。
予想だにしない、あまりに一方的な展開。
観衆は息を呑み、ただただ驚愕するしかなかった。
(((強いとはわかっていたがまさかこれほどとは……)))
「ばっ、バカな!
こ……このわしが手も足も出せんなど、あって……たまるかぁっ――……ぅぐっ⁉」
体力で勝る獣人リーン。彼女の攻撃の雨嵐は一向に止むことない。むしろ激しさを増すばかりで必死の防御も虚しく、ついに副団長は力尽きてしまう。
模擬戦が始まる前の予想とはまるで逆の結果。
軽視していた相手に手も足も出なかった彼のプライドは粉微塵、肉体的にも精神的にも徹底的に打ちのめされてしまった。
「ありえん……わしが獣人に負け……た……だと……」
獣人が騎士に、それも副団長に土を付けた。
帝国史上初めての、この衝撃的な出来事は瞬く間に噂となり広まる事となった。同時に彼女が起こした差別や軽視を見直そうという気運も徐々に高まっていく。
そして、模擬戦以降リーンは旧思想派相手にちょっかいを出される事が増えるようになったが、彼女はことごとく徹底的に返り討ちにした。その度に実力と名声を手にしていくので、ますます人々の差別意識は希薄になり、皇帝カイザーゼンメルが目指す真なる実力主義へとシフトする一助となったのは間違いないだろう。
……ちなみに副団長を含めリーンに敗北した旧思想派はいまだ心身の傷が癒えず、ある者は獣人を恐れ、ある者は屋敷から出られずに静養しているらしい。
一方、当のリーンは勝利の勢いそのままに騎士団での訓練や実戦、部隊長などを経てめきめきと飛躍的に実力をつけていく。
明るく朗らかな人柄もあるのだろう、いつしか獣人軽視など無くなり、彼女は人々の中心にいるようになった。
その目覚ましい活躍が実力主義を掲げる皇帝の目に止まらない訳は無く、数多の功績を上げたリーンは若くして皇帝直属の近衛騎士に抜擢される。もちろんこれは前代未聞、後にも先にも実力で差別と戦った先駆者たるリーンだけに与えられた名誉な評価の証である。
そして同時にもう一つリーンが得た評価がある。
基本ストイックな彼女は模擬戦や数ある勝負の中で決して油断せず容赦をしない。……最初の犠牲者となった副団長が良い例だろう。
リーンを表する人々の共通認識、それは。
『天使の様な可愛らしい外見だが決して慈悲や容赦は無い、まるで地獄へ誘う死神のよう』
返り討ちにあった被害者はもちろん目撃者の話に尾ひれが付いたのも相まって、本人が気付いた時にはすでに遅し。いつしか彼女には『天死』という物騒な二つ名が流布され、どうしたものかと苦悩する日々が始まった……。
「うぅ……もっとかわいいのが良かったでありますぅ……」
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