ドワーフ⑧さけのちからとこくはく
※この世界では未成年飲酒の決まりはありません
「えへへぇ〜……あったかぁい……。
ねぇねぇ、コムギしゃん?
このあいだみたく、あたまをなでなでしてくださぁい。
あ、それからぁ、ぎゅっ〜!てしてくれたらうれしいでありますぅ……」
酔った勢いで絡みつくように、がっしりと無防備な魅力を武器に携え、抱きついてくるリーン。どうしたものかと考えつつ、無下にもできない葛藤から硬直する。
「え、えっとリーン……とりあえずちょっと落ち着こうか……」
腕に少し力を込め、リーンを剥がそうとするが、それ以上の力強さで抵抗され、むしろ更にビタッ!と張り付くリーン。
こんな小さな身体のどこにこれだけの力が⁉
「えへへぇ……だめでありますよぉ?
アタシはコムギしゃんの『ごえい』だから、ぜぇったい!はなれないのでありますぅ」
「にへらぁ」と勝ち誇る様な満面の笑みを浮かべる彼女を見て、これは諦めるしかないと悟るオレ。
「あらあら、まあまあ!
リーンちゃんはコムギさんが大好きなのねっ⁉」
興味深そうにオレ達の様子を見ていたドゥーラさんがさらに焚き付ける。リーンは耳をぴくりとさせ、即座に反応し勢い良く返事をする。
「もちろんでありますぅ!
つよくてぇ、
かっこよくってぇ、
やさしくてぇ、
おいしいパンもつくれるコムギさん。
アタシはだいすきでありますぅ‼」
唐突な、しかしこれ以上ない素直な告白と賛辞に、心臓の鼓動が早まる。久しく感じる機会のなかった、純粋な好意を向けられる嬉しさからだろう。
酒の力も手伝った若さによる勢いのある言葉が、ドキドキとオレの胸を緊張させる。
「ガハハハ‼
若いのぅ!甘酸っぱいのぅ‼
どれ、コムギ殿の返事はどうなんじゃい⁉」
「さあ」
「さぁ‼」
「さあ‼‼」
ちょっと面白がっているからか、意地悪そうな笑みを浮かべるパシェリさんを含めた、ドゥーブル一家の筋肉野郎共はポージングしながら煽り、ドゥーラさんはニコニコしながらただ見届けようと待機している。
間違いなくからかわれているが、オレも男だ。何かしらの返事はせねばなるまい。
リーン、か……。
よく気が利いて、愛想も良く、礼儀正しい素直な子。
小柄だがそれを補って余りある程に活動的な彼女の頑張りと、太陽の様に明るく周りを元気にする屈託の無い笑顔。懐かれて悪い気がする男はまずいないだろう。
オレ自身もリーンに励まされたり助けてもらった。なにより彼女のひたむきに頑張る姿は好感が持てるし、これからも手伝ってもらいたい。
――よし。
「オレは」
「「「「オレは?」」」」
「リーンを」
「「「「リーンを⁇」」」」
その次の言葉がいかなるものか。
わくわくと期待し、固唾を飲んで見守るドゥーブル一家。
だがそこへどこか聞いたことのある、わずかに空気の漏れるような音が聞こえ始める。
――すぅ……――すぅ……
「……ん?」
「えっと――……リーン、寝てますね……」
「「「「残念っ‼」」」」
「――コムギしゃん……むにゃむにゃ……」
リーンを用意してもらった客室に寝かしつけた後、結局ドゥーブルさん一家と飲み明かし、オレも一晩泊めてもらう事になった。
◇◇◇
翌朝。
いつもより少し早く目が覚めたリーン。
わずかに痛む頭を押さえながら考えるが、昨晩から今に至るまでの記憶が曖昧だ。
「あれ――?ここ…は……えぇっと…」
まず、ここはどこか?
宿屋のベッドではない。
上質だが、空間に配置された家具は最低限。
宿屋でないここはドワーフの長、ドゥーブルの屋敷内の客室。
だが、なぜ自分がここにいるのか?
「コムギさんがドゥーブルさんに認められて、果実水を飲んだところまでは覚えているのでありますが――その後は……あれ?」
知らぬが仏。
もし彼女が昨夜の自分を知ったらあまりの羞恥に悶絶し、コムギやパシェリと顔を合わせる事は出来ないだろう。
特に。あろう事か、《《自分の気持ち》》をコムギが知ってしまったなど――。
「とりあえずコムギさんが認められたので良かったであります!次はノース山脈で魔石探し、頑張ってコムギさんのお役に立つであります‼」
すっかり疲れが取れ、やる気に満ち、意気込むリーン。
メイドに呼ばれ食堂に向かう途中、廊下で同じく食堂に向かうコムギと会う。
「オ、オハヨウ。
ヨ、ヨクネムレタカナ?サ…サア、アサゴハンタベヨウカ」
「は……はい。……??」
コムギの様子がおかしい。
いつもと違う態度、違和感の理由を朝食後ドゥーラからこっそり教えてもらった彼女は人生最大の羞恥を覚え、もう酒は飲むまいと誓うのだった。
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