ドワーフ⑥酒とパンと職人
今回はパンが出ます!
夏に向けたパンと言えばコレ!
ぐっすり休んだ翌朝。
宿で朝食を取りながら3人で作戦会議をしている。
ちなみに朝食の内容はライ麦パンに岩塩のスープ、野菜の塩漬けとシェーブルチーズと呼ばれる山羊の乳から出来る白いソフトチーズだ。
驚く事に、この山羊は王国にいる時に捕獲出来なかったエスケープゴートらしい!
パシェリさん曰く、山間に住むエスケープゴートをドワーフは昔から飼育しているらしく、運搬作業だけでなく乳や肉も食用として無駄なく利用するとの事だ。
ブーランジュ王国で手に入らなかった物をまさかここで口にするとは。
話を戻し、どんなパンが酒飲みのドワーフにウケるのか。酒のツマミにも、食事にもなるパン……落ち着いて考えると中々難しい課題だ。
「パシェリさん、根本的な質問ですみません。ドワーフは普段どんな物を食べてるんですか?」
「基本的には干し肉やチーズ、あとは塩漬けの野菜とかですかね。
お伝えした通り、酒と相性が良い物が昔からドワーフの食卓には並びますね」
「酒と相性が良い物、ねぇ……」
チーズや干し肉はまぁわかる。
元いた世界でもチーズやジャーキー等は鉄板だったからな。野菜の塩漬け、これも話を聞くに浅漬けに近い物のようだ。
見事なまでに酒とベストマッチするおつまみだ、それで身体を壊さないとは酒飲みドワーフ恐るべし。
「この街で手に入る食材って他に何があります?」
「残念ながら――あまりないですね」
「嘘⁉」
「……そう言われると思いましたよ。
パンは時々食べるので材料は揃うと思いますが、本当に他の食材はあまり期待しないでください。
とりあえず後で市場へ見に行ってみましょうか」
◇◇◇
ドワーフの市場は小さな区画にぎっしりと店が整然と並んでいる。買う人、売る人互いに顔見知りと言う感じで誰が何をいくつ買うか、どこで何を売っているかを把握して要領良くテキパキと買い物をしている。
「ずいぶんとこざっぱりとした市場でありますね、なんというか効率的な感じですけど活気があまり無いし……」
そう、リーンの言う通り市場であるにも関わらず、ここはあまり活気がない。さらに言えば愛想がない、接客なんて言葉は皆無だ。
まぁ顔馴染みばかりに売る訳だし、食事もツマミ程度ならばこうなるのも無理はないかもしれない。
とりあえず何を扱っているのか確認すべく、食品を取り扱う店を何軒か覗いてみるが、店主であろうドワーフ達は見慣れないオレとリーンを奇異な目で見るなり、警戒感を顕にする。やはり他と交流がない分、警戒しているのだろう。
……そう言えばワフウでもじろじろと見られていたな。
「どうですか、コムギさん。
使えそうな物はありますか?」
「う〜ん……これは難しいなぁ……」
チーズや干し肉、野菜などは確かにそこそこあるのだが、ただこれらをパンに練り込むだけでは芸も能も無い。しかも食べ慣れている物ならなおさらだ。
なんとかしてドゥーブルさんの鼻を明かしたいところだが……。
「ツマミになりつつ、パンにも合う。
そんな都合の良い物はさすがにないか……」
◇◇◇
市場を離れ、昼食と小休止しながらどうしたものかと途方に暮れていると、パシェリさんが街外れに畑地帯があると教えてくれた。期待半分の市場で収穫無し。せめて何かヒントが見つかるかもと一縷の希望を託しつつ、せっかくなので見せてもらう事に。
「う〜ん……本当に困ったなぁ……」
「コムギさん大丈夫でありますか?
それに集中して考え込むのは良いでありますが、足元には気を付けてくださいね。
でないと、転んで危ないでありますよ」
「――痛てぇっ⁉」
「言ったそばからもう……。
大丈夫でありますか?」
少し高台にある畑までの坂道。
ずっと腕を組みながらうんうんと頭を悩ませていると、ふと何かに躓き、危うく頭から転びそうになった。心配そうにリーンとパシェリさんが駆け寄るが、幸いオレにケガは無い。
しかし何に躓いたのか?
石か、凹みか、と足元を見ると畑からはみ出した蔓に引っ掛かったらしい。随分と細いがしっかりと筋の通った蔓だ。
「……あれ?
この蔓についているこれは……⁉」
◇◇◇
約束の3日後。
ドゥーブルさんが待つ屋敷に足を踏み入れたオレ達。勝負の会場となる食堂で待っていたのはドゥーブルさんを含めて3人のドワーフ。
他の2人のうち1人、40代くらいだろうか?目尻に少しシワがあるが柔らかな笑みと落ち着いた雰囲気を纏う気品のある女性。
残る1人、オレより一回りはデカくガタイの良い男性。
知的さを感じさせる眼鏡を掛けたツーブロックヘアのマッチョ。なんだろう、既視感かな?
初めて会う気がしないの事を不思議に思っていると《《彼ら》》に似ている人物がオレの横にいた。
「バジィル、久しぶりだね。
元気そうで何よりだよ、工房の組合長になって張り切っているらしいね」
「兄上こそ、騎士団ではご活躍のようですね。母上から聞きましたよ、斥候隊長に昇進なさったと!
やはり流石ですね、兄上は」
「うふふ……バジィル、お客様の前ですよ。落ち着きなさいな」
やはりパシェリさんの家族だったのか。
面影があるというか、やはり似ている。
バジィルさんは父似、パシェリさんは母似と言ったところか。バジィルさんはドゥーブルさんに負けず劣らず立派な体躯でパシェリさんより一回り大きい。
「ウォホッン……‼
それで?
約束の酒に合うパンは用意出来たんじゃろうな?
見るがいい、今日の勝負のために最高級のエールを用意した。これに合わなければ――……どうなっても知らんぞ」
ドゥーブルさんが豪快な咳払いで和やかな団欒の雰囲気を吹き飛ばし、真面目な本題へと切り替える。
途端にピリッと張り詰めた空気が食堂を満たしていく。
長を務める者ならでは、ドゥーブルさんから発せされる威圧感に思わず飲み込まれそうだ。
「……リーン、『あれ』を出して」
「はいであります」
泊まっている宿屋で借りたバスケットから皿に載せたパンをテーブルの上に乗せる。
人数分置かれたパンを3人がしげしげと観察し、まだほのかに香る焼き立ての匂いに頬を緩める。
「これがパンだと……こんなものは見たことが無い。
それになんだ、『これ』は……⁇」
「説明は後でします。
さ、まずはどうぞお召し上がりください」
先に説明しては魅力が半減してしまう。
まずは食べてもらわねば。
「う、うむ……では頂くとしよう」
――ザクッ……‼
「うももももっ⁉⁉
なんだっ、これはっ――‼⁉
いっ、いかん。
手が、口が、エールを欲してしまう――‼‼
くっ――!!てっ、手が勝手に……」
驚愕しつつ苦悶と歓喜の狭間の表情を浮かべる彼ら。
口にしたパンを流しこもうとするべく、最上級エールの入った木製ジョッキに手を伸ばさずにいられないらしい。
目論見通り、どうやらイケそうだ。
「バリバリとした歯応えのある皮から、急に変わる塩味の強い、噛む歯を包み込むほどに柔らかいふわりとした生地。
そして、その中から時折顔を出す白、赤、そして緑!
これらの粒がパンにコクやジューシーさ、塩味を与えておるのだ――――くっ……も、もう我慢できん‼」
――グビッ‼
――グビッ……‼‼
――グビッ……ッ……‼‼‼
――飲んだ。
――飲んでしまった。
「まさか本当にこんなに酒に合う、いや酒の為に生まれたとしか言いようの無いパンがあるとは……」
愕然とした表情――いや。
酒とパンを交互に口にする度、恍惚とした表情へ変わる3人。
「……ふぅ」
沈黙。
静まり返る食堂。
無我夢中で酒とパンを口へ放り込み、魅了された味の余韻に浸るドゥーブル一家。その様子にオレ達は確信を得た。
「……コムギと言ったな、ワシらの世界は狭かったようだ。
外の世には凄腕の職人が、食べ物があるのだな。
脱帽だ、ここまで見事に最高級のエールを美味しく飲まされてはな。
コムギ殿。貴方は自らの技によって見事に要望に応え、素晴らしいパン職人だ。
度重なる非礼を詫びよう、貴方の勝ちだ」
よっし‼
良かった、まぁ『これ』のお陰で今回の勝ちに繋がったんだ。あの蔓に感謝しなきゃな。
「して、コムギ殿。
このパンは何が入っているのかな?
食べた事がある味だが。
それにこの緑の粒はまさか……⁇」
「この緑の粒は早取れの大豆、『枝豆』と言います。
街外れの畑に生えていたのを使わせてもらいました。
白いのはチーズ。
赤いのはベーコン。
緑のは枝豆。
彩りを意識しつつ、味や食感のバランスも考え作りました。
そう――このパンは枝豆とチーズとベーコンのフランスパンです」
いかがでしたでしょうか?
こうゆうおツマミパンも悪くはないかなと。
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