ドワーフ⑤約束
いきなり暑くなりましたね。
お身体には気を付けて日々過ごしていきましょう。
「パン職人⁉なんじゃ、それは‼
ブハッハッハ‼
良いか、若いの?
職人というのはワシらの様な、道具作りの『技を極めんとする者』を言うのだ。
パンなんぞ酒のツマミにもならん、腹の足しにするだけのものじゃろ。
そんな誰にでも作れる物に『職人』なんて仰々しい」
――あ"⁉
隣に座るリーンは感じたらしい。
隠す気のないオレの全身から溢れ出る怒気を。
ガタガタと身を震わせ、額から汗がつぅっと滴っている。
――このガチムチ、言いやがったな?
世界中のパン職人を敵に回す事を。
軽く見られがちなパンだが、形や材料は歴史とともに変化し人類史上、紀元前から存在する最古の料理の1つだ。
数多の時代や職人達の研鑽により今の形に至り、未だなお日々進化を続けている、無限の可能性を秘めた『未完の大器』それがパンだ。
オレはこの仕事に誇りと責任を感じている。きっと他のパン職人達の心もそのはずだ。
だが、このガチムチは――‼
「な、なんじゃその顔は……⁉
ふ、ふん‼ちいっとばかり凄んでも脅しにはのらんぞ、若いの。
職人を名乗り、自負を語るには『技』がなければならん。ワシにその技を見せてくれれば発言を謝罪し、ノース山脈への立ち入りを許可するとしよう。
どうじゃ、良い話じゃろ?
お題はそうさな……『ワシらの食事』に合う美味いパンを食わせてみい。
それが出来ぬならば信頼たる資格は無しと見なすゆえ、即立ち去るが良い」
ふむ――……技、か。
「つまり、食事に合わせて美味いパンを食べさせれば良いんだな?ならばお安い御用だ、食べさせてやろうじゃないか‼」
互いに、職人として語るには技を見せれば良い、というシンプルな価値観の一致からの合意。
オレとドゥーブルさんの互いの職人として矜持と意地を賭けた戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
「あ、あの……コムギ殿……」
そこへおずおずとパシェリさんが横槍を入れる。
剣呑とした雰囲気に当てられているからか、顔面蒼白で怯えている様だが大丈夫か?
「パシェリさん何か……?」
「ち、ちょっとこちらへ……」
「⁇」
誘導されるままに部屋の隅でひそひそと話をする。なにやらパシェリさんは何かを警戒しているのか神妙な顔をしている。
「コムギさん、ドワーフの食事がどの様な物かご存知なのですか?」
「いや、知らないけど……普通の食事じゃないの?」
「あぁ……やはり……。
ドワーフの食事は《《酒ありき》》なんですよ。酒は濁り酒からビール、ワイン、蜂蜜酒なんでもありですが、水代わりに酒を飲むのでいわゆるツマミが食事なんです。
実際、私も帝国に行ってから食事があまりに違うので驚いたものです」
「なるほどね、文化の違いか……。
それは確かに重要だ、よく考えたら当然なのに盲目的になっていたな。
教えてくれてありがとう、パシェリさん」
「ドワーフとしてではなく、帝国の一員として私はコムギ殿を支持してますから協力しますよ」
ついカッとなって危うく見落とす所だった。
こうゆう時こそ冷静にならなきゃな……ドワーフの食べ物の嗜好も含めて確認しないと、恐らくこの勝負に勝てない。
後でパシェリさんに色々聞かないと。
「なんじゃい?
さっきから、ひそひそと話をしおって?
パシェリお前、まさかワシらドワーフを裏切るつもりか?」
「オヤジ殿違いますよ、フェアな勝負にするためコムギ殿に協力するだけです」
「フェアじゃと?」
「そうです、コムギ殿はドワーフと初めて接するのです。しかし勝利の条件がオヤジ殿の主観とあってはフェアではないでしょう?
アドバイスや協力はしても足りないくらいだと思いますが」
「……ぐむぅ、なるほど確かに公平ではないな。
それはワシが早計であったわ。
ならばこうしよう、ワシを含むドワーフ3人を納得させる事ができれば良しとしよう、それならどうだ?」
柔軟な妥協点の提示。
感情的なタイプかと思いきや、過ちを認め冷静に即断できるあたり、さすが一族の長を務めているだけある。
「よし、わかった。
その条件でやろう、ドワーフ全員に美味いと言わせるパンを作ってやるよ」
「フン、ワシらは酒飲みじゃが、味には五月蝿いからな!ゆめゆめ甘く見ないことじゃ!
期限は3日じゃからな、尻尾を巻いて逃げ出すでないぞ」
「おぅ、首と舌を洗って待ってろ」
職人としての面子を賭けた勝負。
リーンとパシェリさんに引き剥がされるまでテーブル越しにバチバチと火花を散らし、半ば引き摺られながら屋敷を後にした。
「もう……コムギさんったらまさか勝負をする事になるなんて……。
相手はドワーフの長なんですから、我慢するなり辛抱しないと帝国との関係が危うくなるじゃないでありますか。
もし断絶するような事になったら、とヒヤヒヤしましたよ。今もまだしてますけど!」
宿へ向かう道中、リーンに呆れられながら叱られてしまう。諭される内容があまりに胸に刺さる正論ゆえ、何も言い返せない自分の短慮が情けない。
自分の半分くらいの人生しか歩んでいない少女に、説教とお叱りを受けているオレの姿を前を歩くパシェリさんが乾いた愛想笑いをしながら見ている。
「ごめん、リーン。
だが、これは避けては通れない、男の――いや職人の意地を通すための試練なんだよ」
「はぁ……」
なんと言っていいやらと呆れつつ戸惑うリーンとパシェリさんを横目に、なんとしても酒飲みのドワーフ相手でもパンは美味いと言わせたい意欲に燃えるオレ。
――見てろよ、絶対に勝つ‼‼
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